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Jun 13, 2004

An American in Bukuro

 数年前,池袋の大衆居酒屋のカウンターにいたところ,西洋人の男が2人入ってきた。隣に座ったので,どこから来たのかと英語できいたが,大きい方の年上の男が,英語はわからない,ドイツ語ならわかる,とロシア語やドイツ語で答えてきた。(ロシア語がわかったわけではないけれど,結果としてだいたいそういう意味だった。)
 それでその2人は,聞いてみるとなんと,東京芸術劇場で翌日演奏するサンクト・ペテルブルクのオーケストラのチューバとトランペット奏者だった。ソ連時代の音楽家は東ドイツとの交流がかなりあったので,ドイツ語なのだろう。私がキーロフ・オペラの来日公演を何度も見た,といったら,いろいろな音楽団体・オペラがひとつの劇場組織(ein Theater)になっているというようなことを一生懸命説明してくれた。
 急いで付け加えるが,私のドイツ語は,英語で言えば中学1年の3学期ぐらいで,ほとんど現在形のみという代物だが,向こうのドイツ語もまあ中学2年の後半ぐらいで,なかなかの「好勝負」だった。

 同じ店に米国人が1人でやってきて,隣になったことがあった。北京駐在で仕事をしていて,休暇で初めて日本に来たという。本名Pikeで,中国語表記「白…」という名刺をもらった。
 中国語ができるから,漢字の知識がある。壁にかけられた札の「若鳥立田揚」(こういう字で書いてあった)を見て,自分の知るところでは若鳥というのは young bird の意味だと思うがあれは何だ,というので,Tatsuta は地名(だったと思うが…)であり,a kind of fried chicken 云々と説明した。(あとで中国語のできる同僚にきいたところ,「揚」という字には油で揚げるという意味はないとのこと。)
 もっとも彼は,私との話は半分上の空で,掃きだめの鶴ともいうべき美人の店員Mちゃんの方ばかり気にしていた。

 同じく池袋で,これは今年の3月ごろのことだが,焼鳥屋のカウンターにいたところ,西洋人の三十代ぐらいの男が1人でやってきた。英語のメニューはないかなどと(英語で)言っているので,横から口を出してメニューの概要を説明してやった。
 ヨーロッパで仕事をしてシドニーに帰る途中で,東京には初めて寄ったという。おおらかなオーストラリア英語で,today はほんとに to die と発音する。シドニーにも日本料理店は多いが,自分は生ものは苦手で,焼き鳥でよかったとのことで,何の店なのかもわからず入ってきたらしい。
 けしからぬことに日本酒を知らないというので,少し分けてやったらけっこう気に入って,自分で注文していた。
 彼が帰ってからマスターが,通訳料です,といってお銚子1本サービスしてくれた。

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Comments

ワタシも仕事上様々な外国人を相手にしたことがあります。

若い頃にビックリされたのはインド人でした。カリフォルニア出張中に同じ会社のインド人を日本料理屋に招待したことがありました。彼はメニューからなんと「テリヤキ・ステーキ」を選びました。ワタシは慌てて「それって、ビーフなんだけど?」と注意すると。件のインド人は「勿論知っているが、自分はクリスチャンなので牛は喰う」とのたまわりました。

ヒンドゥ教徒=牛喰わない、インド人≠ヒンドゥ教徒、を身をもって実感したとともに、その後の「インド人は理屈っぽい」という先入観が植え付けられた瞬間でした(;´_`;)

Posted by: Flamand | Jun 13, 2004 at 04:31 PM

さっそくありがとうございます。私は仕事で英語をいつも扱ってはいますが,話す機会は多くないので,上記のようなことは印象に残ります。

Posted by: IZK=TSH | Jun 13, 2004 at 06:56 PM

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