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Jun 09, 2004

ニコライ・ギャウロフ追悼

 6月4日だったと思うが,帰宅して開いた夕刊で,ニコライ・ギャウロフが74歳で死去したことを知った(詳しくは→ここ)。記録を繰ってみると,私はギャウロフを6回聴いたらしい。
 初来日は確かNHKホールができた1973年のイタリア・オペラだったと思う。NHKホールで歌って,自分の声が吸い込まれていくようだ,と語ったという記事が妙に記憶に残っている。

 私が最初に聴いたのは1981年のスカラ座初来日のときのフィエスコ(『シモン・ボッカネグラ』)。このときは,スカラ座というもの全体に圧倒されて,個々の歌手がどうだったのかは印象が薄れてしまっているが,プロローグとオペラの間に横たわる25年の歳月をつなぎ,ドラマをまとめたのはギャウロフの存在感だった。
 次が1982年にウィーンで見たバンクォー(『マクベス』)で,出番は第2幕まで(途中で殺されてしまう)なので第2幕のカーテンコールに一人で登場し,万雷の拍手を受けていた。
 最後は1999年の藤原オペラのコッリーネ(『ラ・ボエーム』)で,ミミはもちろんフレーニ。もう70歳近かったわけだが,かつて書いたように,舞台上での身のこなしは十分若者だった(フレーニはかなりドタドタだった)。

 これまでに私は,たいした年ではない歌手の思いがけない死や,晩年にちょっと聞いた大歌手の死というのには何度か出会ったが,好調の時期を含めてたびたび聴いた大歌手が老齢になってから死んだというのは,ほとんど初めての経験である。

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Comments

TBありがとうございます。

『シモン・ボッカネグラ』でのアバド以下のラ・スカラが全力を投入した存在感は圧倒的でした。このオペラ、ワタシは得意ではありませんが、演出を含め印象に残る舞台でした。

最後にギャウロフを聴いたのはチューリヒでのロッシーニでした。既に声からは色が失せておりましたが、舞台上での動きには全く衰えは感じませんでした。

Posted by: Flamand | Jun 09, 2004 at 10:14 PM

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