作曲家の没年
ドヴォルザーク没後100年にちなみ,先日,弦楽器奏者(プロ)の友人がドヴォルザークの室内楽の演奏会を開いた。そこに集まった同世代の仲間たちの間で,「今年没後100年ということは,われわれが生まれたころはまだ没後50年にもなっていなかったんだなあ」ということが話題になった。
50年というのも決して短い年月ではないが,たとえば1870年代生まれの私の祖父母だったら,ドヴォルザークの「現役時代」を大人として知っている世代ということになる,と考えると,ずいぶん「身近」な感じがする。彼らは,ドヴォルザークどころか,ブラームス,ブルックナー,ヴェルディの晩年を知ることができたはずだ。
私が生まれたときは,リヒャルト・シュトラウスやプフィッツナーは何か月かの差で,もう死去していた。それ以後死んだ主な作曲家には,まず,
チレア(1950)
シェーンベルク(1951)
プロコフィエフ(1953)
カールマン(1953)
オネゲル(1955)
エネスコ(1955)
シベリウス(1957)
ヴォーン=ウィリアムズ(1958)
ヴィラ=ロボス(1959)
ブロッホ(1959)
ドホナーニ(1960)
イベール(1962)
ヒンデミット(1963)
プーランク(1963)
といった人たちがいる(かっこ内は没年)。ここまでは,生きている時間が重なっていたということに少し感慨があるというだけである。
「音楽的物心」がついてから以降だと,
ストラヴィンスキー(1971)
マルタン(1974)
ジョリヴェ(1974)
シュトルツ(1975)
ショスタコーヴィチ(1975)
ブリテン(1976)
ハチャトゥリアン(1978)
オーリック(1983)
カバレフスキー(1987)
メシアン(1992)
ロドリーゴ(1999)
といった人々があげられる。これらの人々は新聞で死亡記事を見た。
実際には,もちろん,若いころヒット作を生み出した場合は,それはその時代の音楽であり,死亡の年代と直接の関係はない。また,常に時代の流れを意識していた人もいれば,若いころに身につけた(多くはそのころすでに古くなりつつあった)語法で通した人もいる。
上記の祖父母のことに戻るが,考えてみると彼らの生まれたころというのは,ベートーヴェンの没後50年前後にあたり,ちょうど私の世代にとってのドヴォルザークと同じ「時代間隔」になる。
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