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Aug 01, 2004

未来都市ニューヨークから

 中学の吹奏楽部で『ウエストサイド物語』のハイライトを演奏したのは1964年だった。I feel pretty,Maia,Tonight の3曲というシンプルな構成だった。
 このミュージカルの完成・初演は1957年だから,できて7年後の演奏だったことになる。当時すでに,Tonight は中学生でも知っていたから,Tonightを中心に「ポピュラー音楽」として早い時期に日本に上陸したのかもしれない。(I feel pretty は知らず,後にレコードを聴いて,こういう速いテンポでやるものだったのかと思った。)

 ブロードウェイのオリジナルキャストによるレコードも出て,しだいに主要なナンバーの数々を知るようになったが,映画を見るまではまさに隔靴掻痒で,ピンとこない部分も多かった。私だけでなく,大部分の日本人にとって,この作品の全体像を知ったのは,ロバート・ワイズ,ジェローム・ロビンス監督の映画によってだろう。
 映画では,群衆の合唱の中で2人だけの世界が浮かび上がるダンスパーティの場面,5人がそれぞれの思いを歌いながら Tonight を再び歌う五重唱など,きわめてオペラ的な場面が非常に印象的である。音楽語法はジャズによっているが,実体はまさにオペラであることを知った。
 日本以外での『ウエストサイド物語』の「古典名曲化」の過程はどうだったのだろう。ちなみに,オーケストラのための「『ウエストサイド物語』による シンフォニック・ダンス」は1960年の作品。

 ものの本ならぬもののサイトを見ると,1964年にブロードウェイの人たちが来日して初の舞台上演を行ったという。その後,日本人による舞台初演は1968年の宝塚で,「男性入り」日本人初演は1974年の劇団四季の公演だそうだ。
 74年の四季版は,その年だったか少し後の再演だったか忘れたが,日生劇場で見た。比較的簡素な舞台装置を背景にした,白いドレスの久野綾希子の姿が鮮やかな印象を残した。

 映画『ウエストサイド物語』の製作は1961年,私が見たのは60年代後半になってからだった。イントロダクションで,空から見たニューヨークの街がしだいに浮かび上がってきて,抽象的な模様のようなものは実は高速道路だったことがわかるという場面がある。ここで見たニューヨークは,当時の感覚では,まったくの別世界であり,未来都市の姿を見ているような気がした。
 東京ではそのころすでに首都高速の一部は開通し,高度成長に伴う「破壊の時代」が始まっていたのだが,街には木造2階建ての店舗や住宅がいくらでもあり,バキュームカー(死語ですね)が走り回っていた。
 ただし,その後の変化は急速で,ニューヨーク(実はまだ行ったことがないが)が私の中で未来都市だった期間は短かった。

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