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Aug 15, 2004

20年前――ロサンゼルス,アイスランド,モーツァルト

 40年前の東京オリンピックは,もちろん思い出深い。新聞記事を切り抜いてせっせと貼った大判のスクラップブックが2冊や,アサヒグラフの別冊,それに1000円の記念硬貨などが,実家にあるはずだ。

 しかし,それと別の意味で印象に残っているのは,20年前のロサンゼルス・オリンピックである。期間中の1984年8月10日(現地時間),友人Fが,ヨーロッパの北西の隅のアイスランドで,事故で亡くなったのである。
 Fは当時アメリカに住んでいて,そこからアイスランドに地質調査のために出かけ,氷河のとけた濁流にジープごとのまれたのだった。日本の関係者にFの遭難が伝わったのは12日で,翌13日の新聞で報道された。その朝刊は,オリンピックの柔道で優勝した山下泰裕選手の記事で埋まっていたが,その片隅で,しかしかなりのスペースで事故が報ぜられ,ひげを生やしたFの不鮮明な写真がほほえんでいた。

 Fは大学のサークルの1年上級生だから,私は話し言葉では「Fさん」と呼ぶ。しかしそれ以外に学年の違いを示すものはない。私の学年と1年上のFの学年は,大学紛争の時代の混乱の中でサークル活動を維持するために奔走した「戦友」であり,ある同級生の言葉を借りれば「泥沼的結束」を誇ってきた。
 私たちはしょっちゅうFの家に出入りし,Fの家族とも親しくなった。その結果として,私を含めて仲間3人が,結婚に際してはFの両親に媒酌人を頼んだ。

 私たちの結束の中心人物のひとりだったFの死の衝撃は大きかった。8月19日,成田へ遺骨と家族の帰国を迎えに行った。8月23日に執り行われた葬儀では,友人たちがモーツァルトの室内楽の緩徐楽章を演奏した。作曲者が若いころの曲ではさほどでもなかったが,晩年のクラリネット五重奏の第2楽章になったら涙が止まらなくなった。長調の曲があんなに悲しく響いたことはなかった。

 その後私は仲間たちの有志と共にFの追悼文集を編集し,一周忌の日に彼の霊前に捧げた。追悼文集には,海外を含め50人近い人が,事故当時1歳半だったFの長男のためにという思いをこめて寄稿し,Fの人生の充実ぶりを後生に伝えることとなった。

 日航ジャンボ機の墜落は,一周忌の直後の8月12日だった。私たちはFの家族と,520人の犠牲者のすべての家で同じような悲しみのドラマが生まれたのだろうね,と語り合った。とても他人事とは思えなかった。
     ――柔道で谷亮子・野村忠宏が優勝した日に記す

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