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September 2004

Sep 17, 2004

訂正:ハンガリー → ブダペスト

 4日のエントリー「徳永康元 ブダペスト三部作」で,肝心の新刊の書名を間違えてしまったことに気づいた。『ハンガリー日記』ではなく,正しくは『ブダペスト日記』である。(9月17日修正済み)
 お詫びの印に,あらためて書誌情報を記しておく。

 徳永康元 『ブダペスト日記』
   四六判 320pp. 
   ISBN4-88008-314-3
   本体価格 2500円
   発行:新宿書房

   Amazon.com でのありかはこちら

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Sep 16, 2004

地獄への道

 もう7,8年前のことになるが,冬に九州に出張し,金曜日の夕方,熊本で仕事が終わった。豊肥本線に乗り,立野で南阿蘇鉄道に乗り換え,地獄温泉へ向かう。共に一軒宿の垂玉温泉,地獄温泉への下車駅・阿蘇下田城ふれあい温泉駅(この鉄道は長い駅名が「名物」)に着いたときには,日没の遅い九州でも日はとっぷりと暮れていた。
 駅前に1台止まっていたタクシーに乗り,「地獄温泉まで」というと,スポーツ刈りの大柄の運転手は無言で車をスタートさせ,まもなく会社への連絡無線のマイクを取り上げて,ドスの効いた下降イントネーションのだみ声で一言,
  「ジゴク~」
 思わず身震いしそうになった。単に温泉の名を言っただけで運転手が悪いわけではないのだが,夜道をひた走る車の中で,馬上の父子に魔王が迫るシューベルトの(本当は「ゲーテの」というべきだが)「魔王」を思い浮かべてしまった。

 地獄温泉は,小さめの湯船が点在する混浴の露天風呂だった。湯は茶色く濁っていて,裸電球の照明の下では湯の中は何も見えない。それで,若い女性も,さすがに出入りの時はタオルでガードするものの,入ってしまえば安心,というわけで,気軽に入ってくる。地獄の中のミニ極楽だった。

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Sep 10, 2004

ミツコ

 前回の「徳永康元 ブダペスト三部作」で,徳永先生のハンガリー留学時代の「登場人物」として「タナカ・ミチコ」と書いたのは私の誤りで,書いてあるのは,1世代上の青山光子のことだった。

 著者の母方の祖父である薬学者・柴田承桂(すなわち柴田南雄の祖父でもある)は,市谷加賀町に西洋館を持っていた。そこをオーストリア=ハンガリー帝国の代理公使ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵が借りて公使館としていたときに,青山光子と結婚したのだという。息子2人もそこで生まれた。
 (別の本によると,伯爵が光子の家の前で滑って転んだのが,2人が知り合ったきっかけだったそうだ。夫の帰国と共にヨーロッパへ渡った光子は,後に社交界に君臨し,ヨーロッパでもっとも有名な日本人となる。なお,クーデンホーフという名はオランダ系で,Coudenhove と綴る。名前の後半は Beethoven と同じか。)

 徳永青年は留学中の1940年夏に,その西洋館の写真を持ち,思い出話を聞こうとしてウィーンに出かけたが,光子は療養中で会えなかった。光子はその翌年死去した。

 光子クーデンホーフ=カレルギーの次男リヒャルト(徳永先生は長男と書いているが次男;栄次郎という日本名もあるらしい)は,第一次世界大戦後の疲弊の中で「汎ヨーロッパ主義」を唱えた。これが,後のEEC,その後のEC,そして今日のEUの源流となった。
 結果として,ミツコが世界史を変えたのだった。

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Sep 04, 2004

徳永康元 ブダペスト三部作

 今日は,畏友Flamand氏の「擬藤岡屋日記」の読者の方には特に興味を抱いていただけそうな話題を――

 言語学者・徳永康元先生(1912-2003)の『ブダペスト日記』(新宿書房)が,逝去の後1年半たって8月に刊行された。『ブダペストの古本屋』『ブダペスト回想』(共に,恒文社)に続く3冊目の著書である。
 徳永先生は,戦前の教養人の系譜の掉尾を飾る人で,音楽家ではないが,音楽に深い理解を持つ。作曲家・柴田南雄のいとこであり,シェーンベルクを初めとする20世紀の音楽を柴田に紹介したのは徳永先生だったという。

 徳永先生は,1940年2月から1942年5月までハンガリーのブダペストに留学し,音楽会にも通った。上記『ブダペストの古本屋』によると,実演を聞いた音楽家は,指揮者ではリヒャルト・シュトラウス,フランツ・レハール,エルネー・ドホナーニ(クリストフの祖父),ピアニストではエミール・ザウアー,バルトーク夫妻,ギーゼキング,エドウィン・フィッシャー,バックハウス,歌手ではネーメト(ソプラノ),セーケイ(バス),さらに当時の「若い世代」の指揮者フェレンチェク,ヴァイオリンのヴェーグなど,ため息の出るような名前が並ぶ。「擬藤岡屋日記」でおなじみのタナカ・ミチコも登場する。
 この中で,バルトーク夫妻の演奏会は,ナチスの圧力が強まっていた中でハンガリーへの告別演奏会となり,その数日後出国して,再び故国の土を踏むことはなかった。

 『ブダペストの古本屋』『ブダペスト回想』の2冊は1980年代の本だが,ネットで探せば手に入ると思う。著者が再びハンガリーを訪れることができたのは1965年,この時の感動が,この2冊のもうひとつのハイライトである。
  <9月17日修正>

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