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Sep 10, 2004

ミツコ

 前回の「徳永康元 ブダペスト三部作」で,徳永先生のハンガリー留学時代の「登場人物」として「タナカ・ミチコ」と書いたのは私の誤りで,書いてあるのは,1世代上の青山光子のことだった。

 著者の母方の祖父である薬学者・柴田承桂(すなわち柴田南雄の祖父でもある)は,市谷加賀町に西洋館を持っていた。そこをオーストリア=ハンガリー帝国の代理公使ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵が借りて公使館としていたときに,青山光子と結婚したのだという。息子2人もそこで生まれた。
 (別の本によると,伯爵が光子の家の前で滑って転んだのが,2人が知り合ったきっかけだったそうだ。夫の帰国と共にヨーロッパへ渡った光子は,後に社交界に君臨し,ヨーロッパでもっとも有名な日本人となる。なお,クーデンホーフという名はオランダ系で,Coudenhove と綴る。名前の後半は Beethoven と同じか。)

 徳永青年は留学中の1940年夏に,その西洋館の写真を持ち,思い出話を聞こうとしてウィーンに出かけたが,光子は療養中で会えなかった。光子はその翌年死去した。

 光子クーデンホーフ=カレルギーの次男リヒャルト(徳永先生は長男と書いているが次男;栄次郎という日本名もあるらしい)は,第一次世界大戦後の疲弊の中で「汎ヨーロッパ主義」を唱えた。これが,後のEEC,その後のEC,そして今日のEUの源流となった。
 結果として,ミツコが世界史を変えたのだった。

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