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Jul 10, 2005

新国立劇場――シーズン最後は『蝶々夫人』

 新国立劇場の今シーズン最後の演目は『蝶々夫人』を,6回公演の最終日に見た(この劇場の「シーズン」は9月から7月まで)。
 このオペラは,今までにたった4回しか見ていない。『ラ・ボエーム』は8回,『トスカ』は7回,『トゥーランドット』でさえ6回見ているのだが,『蝶々夫人』は超有名曲なのにどうも巡り合わせが悪かった。

 全体に,最終回というノリもあって,充実した上演だった。
 階段を大きく配して上下の空間を広く使った抽象的な舞台装置に,具象的・伝統的な地味な衣装による人物が登場する。全体に地味で,結婚式の場面などもう少し華やかでもいいと思ったが,祝福される結婚とはいえないからということなのかもしれない。
 ピンカートンはもう少し大らかに陽気でもいいのに,やや慎重だった。
 オーケストラがやや大きすぎる瞬間もあったが,舞台といっしょに盛り上がった結果であり,こういうのはナマ演奏のおもしろいところだ。

 今回は,2人の米国人役を西洋人が,日本人の役を日本人が歌った(ケート役は日本人。ちょい役だからどうでもいいけれど)。
 蝶々さんは,原作通りの15歳には見えなかったが,別に誰もそれを望んでいるわけではない。でも,考えてみると,サロメもジュリエットも同じ年頃の設定である。2人の間に生まれた子供も2歳半には見えなかったが,3歳以下の子供に演技を教え込むわけにもいかないからこれもやむを得ない。

 それにしても,このオペラは内容的にまったくの国辱オペラだ。良い上演だとよけいにそれを感じるのかもしれない(今回,ピンカートン役は実際にアメリカ人だった)。ただし,原作では,ピンカートンはもっと軽薄で,シャープレスもかなり「悪者」だったらしい。
 前にも思ったのだが,前奏曲冒頭のフガートは,雰囲気はまるで違うが『売られた花嫁』序曲の主部の最初に似ている。そう,蝶々夫人こそ「売られた花嫁」なのだ。

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