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August 2005

Aug 28, 2005

つくばエクスプレス初乗り (下)

 駅でも路線図でも,駅名は駅番号と共に表示してある。秋葉原が01,つくばが20である。英語のアナウンスのときだけ駅番号をいうのは東京メトロと同様である。

 次は流山おおたかの森。交差する東武野田線にも駅ができて,今日開業である。追い越し可能駅で,先行の各駅停車に接続し,先に発車した。この後,広々とした緑の田んぼを見下ろしながら2駅を過ぎ,利根川を渡って茨城県に入り,守谷には9:50に着いた。守谷は関東鉄道との接続駅である。前に関東鉄道に乗ったとき,守谷駅付近は大工事中で,灰色の工事用シートの隙間から電車が出入りしていた。どんな具合になったのか,次のときには下車してみようと思う。
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 各駅停車は大部分がこの守谷止まりで,その先は区間快速が各駅に止まる。守谷でさらに多数の乗車があり,まったく外が見えない状態になった。守谷を出て少しすると直流から交流に切り替わるポイントがあるそうだが,何もわからないまま通過した。みらい平のあたりは堀割で,前に常磐自動車道から見たことがある。最後にまた地下に入り,10:07 終点のつくばに到着した。
 つくば駅も大混雑で,切符売り場の混乱を避けるため,とりあえず乗る乗車券(着駅で精算するのだろう)を駅員が配っていた。記念パスネットは売り切れだったが,つくば駅の駅名入りパスネットを買った。

 少し外を歩いてから駅に戻り,こんどは最速の快速に乗ろうと思ったがかなり混んでいたのでやめ,また区間快速に乗る。といっても,守谷までの各駅停車区間だけ乗って,守谷で秋葉原行きの各駅停車に乗り換え,全線各駅停車に乗ってみた。つくばから秋葉原まで,乗り継ぎの3分を含めて61分だった。
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 降りると,秋葉原の混雑はさらに増していて,駅構内への入場制限をしていた。その脇をすり抜けて,新しくできた東西自由通路を通って西側に出ると,そこはいつもの秋葉原だった。

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つくばエクスプレス初乗り (上)

 8月24日(水)は,つくばエクスプレス(TX)の開業日――首都圏で58kmもの大路線が開業することなど,少なくとも私の生きているうちにはないだろうと思い,開業当日に乗ってみることにした。
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 秋葉原でJRのホームからエスカレーターで降りていくと,山手線の東側,総武線の真下に中央改札口というのができ,様子が一変している。出て左右につくばエクスプレスの入り口があり,路線図入りグッズや無料地域雑誌などが配られている。左に出て見上げれば,総武線ホームはガラス張りの空中回廊と化していて,その脇のビルにはヨドバシカメラ開店予告が出ている。TX0508-2

 階段を降りていくと,広い吹き抜けの向こうに反対側から降りてくるエスカレーターが並び,その脇に大行列ができている。何かと思ったら,開業記念パスネットを買う人の行列だった。その先,切符売り場もかなりの混雑だったが,パスネットを持っていたのですぐ入れた。

 ホームは地下4階,9:15発の区間快速に乗ってみる。車両は6両で,中央の2両がセミクロスシートになっている。ワンマンのはずだが,「開業日からご乗車いただき…」というアナウンスがあった。しかしその後,録音による案内では,当然ではあるが「今日も筑波エクスプレスをご利用いただき…」と言っていた。
 南千住を出ると地上からさらに高架に上がり,北千住のホームは4階にあるらしい。北千住を出ると常磐線と並んで荒川を渡る。台風の影響か,かなり曇が厚いが,水面は明るい。その後,また地下に潜り,地下駅の青井・六町を一瞬のうちに通過し,再び地上に出ると八潮で,ここから埼玉県である。八潮は追い越し可能で,時刻表を見るとこの後の区間快速はここで追い越しをする電車もある。外環道をくぐると三郷中央,次いで千葉県に入ってカーブしながら地下へ降り,地下駅の南流山へ着く。この間,途中駅でもかなりの乗車があり,だいぶ混んできた。夏休みの家族連れが多い。 [つづく]

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Aug 22, 2005

シーズン最後の夜のオペラ

 1977年の7月28日,一応仕事で出かけたロンドンで,夜ロイヤル・オペラに出かけた。
 地下鉄のコヴェントガーデンの駅は,古ぼけたエレベーター(英国だからelevatorとは言わないが)でゴトゴトと地上へ上がるようになっていた。日本ではまだどこの駅にもエレベーターはなかったので,印象に残ったわけだが,東京の混雑だとエレベーターでは乗客を運びきれないだろうなと当時思った。

 その夜の曲は『アラベラ』で,立ち見の切符をかろうじて買った。
 その後改修されたそうだが,当時のロイヤル・オペラはホワイエが非常に狭く,入るとすぐ1階客席の扉だった。(休憩時には居場所がなく,みな外へ出ていた。)
 プログラムに挟んであるメンバー表を見ると,タイトルロールは Kanawa とある。えっ,金輪さん? そんな日本人歌手なんて聞いたことないぞ,と思ってよく見ると,どうも Te Kanawa という姓らしい。その後押しも押されぬプリマドンナとなり,何度も来日することになるキリ・テ・カナワとの初めての出会いだった。そのとき彼女は33歳,ウィーンのうらぶれたホテルのセットの中で歌う,匂うように美しい姿に見とれてしまった。
 他の歌手のことは何も覚えていないが,記録によると,2年後のロイヤル・オペラ来日公演のスカルピアで名演を聞かせるイングヴァール・ヴィクセルがマンドリーカを歌ったことになっている。

 終わって,カーテンコールがひとしきり続き,客がかなり帰り始めたころ,突然ドロドロとティンパニが鳴った。座っていた人がもぞもぞと立ち上がる。あれ,終了の合図なのかなと思った瞬間,オーケストラが英国国歌を演奏し始めた。客席ももちろん唱和する。後で聞けば,シーズンの最終日の行事で,オーケストラ編曲はエルガーによるものらしい。

 以来28年,ロイヤル・オペラは何度も来日したが,私の方はロンドンにはごぶさたしている。

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Aug 14, 2005

横須賀ホッピー巡礼 その2

 続いて,ささやかな夏休みのうちの1日(平日),第2回の巡礼に出かけた。今回は日曜休みの店を目指し,前回と同じく,昼を少し過ぎて横須賀中央に着いた。

 まず駅から近い「中央酒場」へ。10時からやっている。ここはホッピーの三冷のうち二冷は同時で,焼酎はジョッキについだ状態で専用の冷蔵庫に入っていた。
 カウンターとテーブル席があり,姉妹のような感じのおばさん2人がカウンターの中にいて,1人が揚げ物・炒め物など火を使う仕事をしていた。そのうち亭主らしい人や若い従業員も現れて,計6人ほどが働いている。店内は明るく,つまみには地元の魚もいろいろある。久里浜のタコぶつ,イワシのぬた,豆腐ステーキ(ここでは単に「ステーキ」というと豆腐)をつまみ(兼昼食)に,ホッピーの白・黒各1杯飲んだ。前回の2軒と比べると純粋な居酒屋で,魚に力を入れているようだ。(下の写真は,夕方,帰りがけに写したもの)
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 もう1軒の開店待ちと酔い覚ましを兼ねて,京急で数駅離れた町へ行ってみた。二十数年ぶりのセンチメンタル・ジャーニーである。町の基本構造は変わっていないが,目立つのはコンビニとケータイの店で,古くからの地元の商店はひっそりとしている。

 バスで横須賀中央に戻り,こんどは「太田屋」(4時半開店)に入ってみた。小さいが活気のある店で,ここもホッピーはもちろん三冷。おねえさん2人で注文を要領よくこなしていく。
 ここは,辛子を塗る独特の湯豆腐を考案した店だというので,その湯豆腐を半丁食べてみた。なぜ湯豆腐に辛子なのかと思ったが,まあおでんの仲間だと思えばよい。おでんと同様,あらかじめ煮てあった豆腐を温めて出す。ほかにカツオぶつ,なす焼き,ちくわ磯辺揚げと,ホッピー2杯。
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 時間が早めだったせいもあって,みな1,2杯でさっと引き上げていく。平日の日常的な暮らしが淡々と続いていた。

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Aug 13, 2005

横須賀ホッピー巡礼 その1

 7月15日の本欄で書いたように,わが故郷・横須賀は,ごく限られた文献によると,ホッピーの聖地だという。それを見て以来にわかに望郷の念がつのり,夏の某日曜日と某平日の2回,帰省兼聖地巡礼に出かけた。

 まず,某日曜日,湘南新宿ラインと京浜急行で,午後,横須賀中央に降り立った。
 その限られた文献『散歩の達人』7月号には10軒の店が出ているが,日曜日の昼間からやっている店は少ないので,選択肢はあまりなく,まず「もーり」へ行ってみた。K劇場という奇跡的に残っているピンク映画館の並びである。ここは月曜以外朝9時からやっている。
 カウンターが奥に向かって伸びて,その奥の厨房でおやじさんが1人で料理を作っている。食堂としても普通に機能していて,昼食の客がかなりいた。生ビールをグラス1杯飲んで景気をつけて(?)から,いよいよホッピーを注文したところ,冷蔵庫から取り出したジョッキに,冷やしてポットに入っている焼酎を注ぎ,同じく冷やしたホッピーのびんと共に出てきた。なるほど,三冷(グラス・焼酎・ホッピーを冷やす)である。氷を使わないと,ホッピーのほのかな甘みが感じられて,違う味がある。昼食代わりのおかずと共に2杯飲んだ。

 街を歩いて,この店は昔からあるな,この店は同級生の家だったな,などと市内視察をしてから,もう1軒,文献に載っていた「忠孝」に行ってみた。しかし,開店のはずの時間になっても開く様子がない。もう少し時間をつぶすかと思って別の方面へ歩いていくと,同じ「忠孝」の別の店がやっているのを見つけ,入ってみた。
 カウンターは,床に座って,掘りごたつ式に溝に足をおろすようになっていた。さっそくホッピーを注文。ここも三冷で出てきた。各種串焼きは,炭火の入ったミニこんろが運ばれ,自分で焼くようになっている。火で暑いので,よけいに飲みたくなる。おかわりは黒ホッピー。

 外へ出るとまだ明るい。しかし焼酎がかなり量があったので,2軒でじゅうぶん満足した。

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Aug 09, 2005

思わず会釈

 ドナルド・キーン氏のエッセイ集を読んでいた6月のある日,エド・デ・ワールト指揮の読売日本交響楽団のワグナーの演奏会のロビーで,偶然にも当のキーン氏を見かけた。もうかなりの高齢のはずだが,元気そうだった。
 もう30年ぐらい前のこと,都内で地下鉄に乗ったら,目の前にあの特徴的な顔のドナルド・キーン氏が座っていた。こちらにとっては勝手におなじみの顔だったので,すいている車内では無視できないような気になって,思わず会釈してしまった。向こうは当然,けげんな顔をした。私は一瞬しまったと思ったが,なるべく何でもなさそうな顔をして少し先の席に座った。

 もう一人,思わず会釈してしまった有名人に,故・淀川長治氏がいる。
 洋画配給会社の知人から招待状をもらって,試写会に行ったときのことである。その会社の社内の定員20数人の部屋で行われた小さな試写会だった。当時,テレビの日曜洋画劇場などでだれでも知っていたあの淀川氏と小さな部屋で顔を合わせたから,ほとんど反射的におじぎをしてしまった。
 淀川氏はさすがにそうしたことには慣れていたようで,まったく普通に,テレビで見るのと同じにこやかな表情で,「いやあ,どうも」とあいさつを返してくれた。
 これも30年近く前のことである。

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Aug 08, 2005

太田和彦『東京・居酒屋の四季』

 ここ数年愛読している居酒屋紀行文の第一人者・太田和彦の新刊『東京・居酒屋の四季』(新潮社)が出た。雑誌『東京人』の連載を元にしたもので,春夏秋冬,各9軒,計36軒が紹介されている。「とんぼの本」のシリーズなので写真(飯田安国)が中心で,太田氏が写っている写真もところどころにある。太田氏の文章は短いが,短くとも味があるのがこの人らしいところだ。
 36軒のうち,私が行ったことのある店を数えてみたところ7軒だった。7軒という数字自体は多いとは言えないけれど,気に入って何度も行っている店が4軒あるのは,提出した作品が佳作になったような感じでうれしい。

 太田和彦の『ニッポン居酒屋放浪記』三部作(新潮社)を読んで,居酒屋紀行文というものが成立するのだなと思った。
 この本は,各地に2,3泊滞在し,昼間はじっとしていて夕方からひたすら飲み歩くという旅の話である。酒飲みの直感で良さそうな店を見つけ,飲みながらその店と店の主人の物語をそれとなく聞き出す。そこで他の古い店を紹介してもらって次の店に行く。たまには郷里の長野県での著者の過去の物語がさりげなく挿入され,淡々とした語り口であるがゆえに,ほろりとさせられる。

 『東京・居酒屋の四季』のコピーに「今宵も,ツイー……」とある。放浪記三部作で,この「ツイー」という擬態語は何度出てきただろうか。うまそうに飲むときの描写は,ビールについては椎名誠,そして日本酒,特に燗酒については「ツイー」の太田和彦にとどめを刺す。

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