« September 2005 | Main | November 2005 »

October 2005

Oct 20, 2005

達磨鮨 ――神保町'70s (2)

 古くからある焼肉店・京城園(神保町1-35)は今はビルの2・3階にあるが,建て替えになる前は1階に店があった。その左隣に,「達磨鮨」という小さな寿司屋があった(「すし」はこの字だったと思うが定かではない)。緑色ののれんがかかっていたような気がする。
 入社後半年ぐらいだったか,職場の先輩2人に誘われて,その達磨鮨に行った。おやじさん一人でやっている店で,そのとき他には客がいなかった。カウンターに3人並んで座り,ひとしきり飲んでから握りを思い思いに注文した。

 付け台に置かれた寿司を取ろうと手を伸ばしたとき,次の品を出したおやじさんの手が私の手にちょっと触れた。最初は偶然だと思って,何とも思わなかった。しかし,次に寿司を取ろうとしたときにも,おやじさんの手が伸びてきてまた私の手に触れた。最初と違って,おやじさんが手を伸ばす必然性はなかったのでぎょっとした。おやじさんは特に表情を変えるでもなく,次の寿司を握っている。
 思わず隣の先輩の方を見ると,「やっぱり君は若いからねえ」とにやりと笑う。おやじさんがちょっと奥に引っ込んだときに教えてもらったところでは,ここのおやじさんはホモっ気があって,若い男が来ると手に(一応手だけらしいが)触ってくるという。後で会社の別の先輩にその話をしたところ,「あそこは“ホモ鮨”っていわれてるんですよ」

 三省堂書店の西側の入り口脇の搬入口のあたりにも,かつては「金寿司」という寿司屋があった。屋台と変わらないくらいの小さな店で,小柄なおじいさんがやっていたが,三省堂書店の建て直しの前になくなった。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

Oct 18, 2005

またオペラの最中に地震

 『ニュルンベルクのマイスタージンガー』で開幕した新国立劇場の今シーズン2つめの演目は『セビリアの理髪師』だった。5回公演のうちの2回目の16日(日)に見に出かけた。
 その第1幕後半の4時5分ごろに,地震が起きた。
 本ブログの7月29日のページに書いたように,30年以上オペラを見ていて,オペラ公演中に地震があったのは今年7月28日の二期会『フィレンツェの悲劇』(新国立劇場)のときが初めてだったのだが,それから3か月足らずで再び経験する羽目になった。

 今回も,舞台はどんどん進行したが,客席はだいぶざわついた。前回と違って,かなり高さのある舞台装置がガタガタと音を立てたのが不気味で,長身の指揮者がさらに背伸びして舞台を見回したりしていた。
 後で第2幕を見てわかったのだが,実はこの舞台装置は,嵐の場面で戸や窓が強風で音を立てるように作ってあったらしい。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Oct 17, 2005

VAN カレー ――神保町'70s (1)

 神保町付近で,かつて昼食にもっともよく行ったのは VAN カレーだった。1丁目5番地のブロック,すずらん通りと靖国通りの間の小道の徳萬殿の並びにあり,カウンター中心の長細い店だった。
 ビーフ,ポーク,チキンがあり,オイルショック前はビーフでも300円ぐらいだったように思う。キャベツのサラダが取り放題だった。オプションで生卵があるが,大盛りを頼むとそれがタダでついてきた。カレーに生卵を入れるのはここで初めて経験した。若かったからたいてい大盛りで,キャベツを山のように乗せて食べた。

 当時,共栄堂と南海はあったが,ボンディもエチオピアもまだなく,もちろんマンダラのようなインド・レストランもなかった。共栄堂は「スマトラ風」の独特のスパイスで個性的かつやや高級な店,南海は少し焦がしたような味でカツカレーが売り物だった。その中で VANカレーは,おおざっぱに分ければ欧風というのか,タマネギベースでじっくり煮込んだと思われるもので,具はほとんど肉だけ。学生街の店のようにジャガイモがごろごろしていたりしないところが,当時は新鮮に感じられた。

 VAN カレーは,70年代後半だったと思うが,「カレーのタカオカ」となった。それまで,すずらん通り側との位置関係を考えたことがなかったのだが,よく見ると,すずらん通りの高岡洋紙店の裏口なのだった。B051017_jmb
 その後のことはあまりはっきりした印象がないが,80年代のうちに閉店したように思う。この場所に,90年代の建て替えでできたのが三幸園のビルで,1階の中華の三幸園の奥のテーブルは裏通りに面している。

 高岡洋紙店の建物は,数軒の同じデザインの2階建てがぴったりくっついて建っていたうちのひとつだった。いま,残っているのは,その左隣の2軒となった(→写真;右の黒いビルが三幸園)。

[参考] 「ひだまりのお話」05.6.4.の項とそこへのコメント

| | Comments (6) | TrackBack (0)

Oct 16, 2005

愛の諸相――「世界の果てまで」と「愛の喜び」

 昔,トランペットを吹く友人が結婚することになり,披露宴で演奏するための曲の編曲を依頼された。当日の出席者のうち楽器を演奏するメンバーが伴奏し,新郎がソロを吹こうというわけである。で,曲は「世界の果てまで」がいいという。当人から,ブレンダ・リーが歌うその曲の入ったLPレコードを借りて帰った。
 ところがよく見ると「世界の果てまで」の原題は The End of the World となっている。なんだか変だなと思いながら歌詞カードに記された英語の歌詞を読んでみると,内容は,恋が破局を迎えてもう「世界の終わり」だ,というもので,失恋の歌なのだった。
 「おい,こういう内容だけどいいのか」「いや,困る困る」といったやりとりを経て,結局,演奏曲は,無難な(?)「愛の賛歌」に変更になった。

 別の管楽器の友人が,やはり自分の披露宴で,マルティーニの「愛の喜び」を,新婦のピアノ伴奏で独奏したことがあった。原題は Piacer d'amor であり,こちらはタイトルとその訳には何の問題もない。
 しかし,実は後で知ったのだが,その歌詞は,結婚式の曲としては何とも皮肉なことに,「愛の喜びはひと時のこと、愛の苦しみは一生続く」云々というものだった。

 ちなみに,前者のカップルは「世界の果てまで」とは行かず,二十何年か後に別れてしまった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 12, 2005

『アリオダンテ』――バイエルンのヘンデル

 初台の『マイスタージンガー』のことを書かねばと思っているうちに,バイエルン州立歌劇場の3つめの演目,ヘンデルの『アリオダンテ』の日(9日)になってしまった。期待(今年2月22日の本欄参照)をかなり満たしてくれる上演だった。

 この時代のオペラは,アリアになると物語の進行は停止し,2行か4行ぐらいの歌詞を引き延ばして歌い,中間部を挟んでダカーポする。ソプラノ,アルト,男役のメゾソプラノ,テナー,カウンターテナーの5人の主な登場人物が交代でこれをやる。
 ヴェルディやプッチーニの豊かな感情表現を知っている者には,正直なところ,どうしても「変化に乏しい音楽」と感じてしまう。それだけに,飽きさせない演出は重要だ。

 その演出は『タンホイザー』と同じデイヴィッド・オールデンだが,舞台がカラフルなこともあって,言われなければ同じ人という感じはしない。怠惰な動きの多かった『タンホイザー』と違って,『アリオダンテ』では皆かなりのスピードで動き回る。
 あえて言えば,高いところで歌手が寝そべったり,バレエの女性が脱がされたりというのが共通している。そのバレエというのは2幕の終わりで,ヒロインのジネヴラの夢の中の場面で,夢の中のジネヴラ役のバレリーナが裸にされて,何と透明な水槽に投げ込まれてしまう。

 歌手は,2000年1月の新演出初演以来ずっとこの曲を共に歌ってきたらしく,演技も含めて見事なアンサンブルだった。女性3人はすらりと細く,見た目も吉。スコットランド王の歌手(テナー)もやせていて,これは少々貫禄不足。悪役ポリネッソの歌手は太っていて,その姿とカウンターテナーの声とが最初はなかなか結びつかなかった。

 オーケストラは三十数人で,2日の『マイスタージンガー』が終わって,他の3分の2以上は帰国したのだろう。出演者のうち,トランペットとティンパニは3幕の途中の決闘の場面しか出番がなく,フルート,ホルンも少ししか登場しない。
 ピットには他に,チェンバロ2台と低音の弦楽器テオルボがあった。チェンバロのうちの1台は,指揮者用で,ときどき短いレシタティーボを弾いていた。
 カーテンコールでは,オーケストラもたぶんほぼ全員,ステージに登場した。

 合唱も,例の合唱団員のKさんはドイツへ帰ったということなので,必要最低限の人数だけが残ったものと思っていた。ところが,そのKさんのブログによると,次の新作のリハーサルが「大人数」で行われているというので,『アリオダンテ』にはどのぐらいのメンバーが出るのだろうと思って見ていたら,合唱が歌うのはピットの左側の隅で,すべてトラ(日本人)だった。上演を見ると,なるほど歌う時間も短いし,ステージで演技をするわけでもないから,当然の処置だろう。
 バイエルン州立歌劇場の5回目の日本公演は,昨日(11日)ですべての日程を終えた(はずである)。

 プログラムに載った指揮者アイヴォー・ボルトンの写真を見て,誰かに似ているなと思っていたのだが,誰に似ているのかわからないままだった。それが,「実物」を見て,あっ,掛布(元タイガース)だ! 目つきも口元も似ていた。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

Oct 04, 2005

バイエルンの『タンホイザー』――また首相に遭遇

 1日(土)午後,バイエルン州立歌劇場の『タンホイザー』を見に上野に出かけた。駅を出ると,目の前の東京文化会館の楽屋口の前に人垣ができていて,警官が出て人の整理にあたっていた。
 何だろうと思いつつ,入場。私の席は2階のサイドだったので,全体が(直下の1階席以外)見渡せる。開演時間になったが,2階正面はすでに埋まっていたので,これは皇族ではない。1階中央の大理石後ろの中央通路から2つめの席に,ニュースキャスターのC氏がいて,その左がだいぶ空いているなと思ったら,周りをSPに囲まれ,州立劇場の総裁ジョナス氏に先導されて,小泉首相が登場し,中央通路を降りてきた。なぜか拍手が起きる。C氏とその同伴者の左にジョナス氏,次が首相,次はたぶん駐日ドイツ大使だろう。(参照:→6月の遭遇
 SPのうち何人かは近くの席に座り,あとは1階のドア数か所に立つ。SP諸氏は,たぶん興味のないオペラの間立ちっぱなしで,同情に堪えない。『マイスタージンガー』でなかったのが,せめてもの救いか。

 舞台は一貫して荒涼とした世界だった。ヴェヌスブルクも華やかさはほとんどなく,タンホイザーが満たされぬ思いをするのも当然という感じである。胸を露わにした女性数人を含む人物の様式化された動きがおもしろい。
 ヴェーヌスも第2幕の貴族の女性たちも,鎧のような金属光沢の衣装を着ていて,全体としてモノクローム。第2幕でも,貴族たちは,男たちがタンホイザーに向かって刀を向ける場面も含めて,スローモーションのような動きが際だっていた。(その中に,29日の『マイスタージンガー』を風邪で欠場したK氏の姿もあった。)
 歌手では,ヴェヌスのワルトラウト・マイヤーはさすがで,その他ではヴォルフラムのサイモン・キーンリサイド(聞くのは1年前のウィーン国立歌劇場の伯爵(『フィガロ』)に続き,2回目)が印象に残った。
 この日は爽やかな晴天。休憩時の夕暮れのテラスは,舞台上と違って緑も豊かで,気持ちよかった。

 翌日のスポーツ新聞の片隅に,首相が「ワグナー堪能 首相「涙が出る」」という記事が出ていた。幕間に出演者と会い,マイヤー相手に「私もビーナスの世界に入ってみたいよ」とおどけていたという。あんなヴェヌスブルクに行きたいんですかね。
 週末の外出は選挙後初めてだったそうだ。ヒラの議員だったころは1人で気軽に来ていたのに,気の毒なことである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 01, 2005

マイスタージンガーの谷間

 25日(日)にバイエルン州立歌劇場の公演を見て以来,頭の中で『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のさまざまなモチーフが鳴り響いている。迷っているときに「迷い」のモチーフが出てくるならいいのだが,楽しそうな「ヨハネ祭の日」のモチーフが駆けめぐったりする。
 その合間に,思いがけず序曲「フィンガルの洞窟」が鳴った。久しく聞いたことがないのになぜ? 無意識に解毒剤を求めたのか。

 朝日新聞の29日の朝刊に,25日の公演の評が載った。ああ,そういうことだったのかと思う一方,本当かなあと思う点もいくつか。

 2日(日)には,こんどは新国立劇場の『マイスタージンガー』がある。2週間続けて異なるマイスタージンガーというのは空前絶後となるに違いない。
 そして,2回目のあと,頭の中の音楽はどうなるのだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« September 2005 | Main | November 2005 »