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Dec 13, 2005

廬山菜館と大雅楼 ――神保町'70s (5)

 すずらん通りの西側の入り口近く,いま郵便局がある場所には,むかし「廬山菜館」という四川料理の店があった。黒っぽい建物で,1階と2階にテーブルがあり,2階の奥には座敷もあった。2階へ上がる階段がぎしぎし音を立てた。
 昼の定食はいつも5種類あって,うち4種は日替わりだが,5番目は麻婆豆腐で固定されていた。今でこそ非常にポピュラーな麻婆豆腐だが,職場の先輩たちはみな,この店で麻婆豆腐というものを知ったという。他の4種のおかずは炒め物やうま煮が主で,4~5人のグループで行って違うものを注文して分け合って食べたりした。
 この昼の定食の印象が強く,他に麺類などもあったと思うがほとんど記憶がない。
 今ある店で,雰囲気が少し似ているのは,専修大交差点の南の「源興號」である(建物はもちろん新しいが)。
 廬山は四川料理を神田に広めた店といえるのかもしれない。閉店したのは,80年代始めだったように思う。

 現在,郵便局の向かいには「冷やし中華の元祖」ともいわれる「揚子江」がある。揚子江は,前は向かい側の廬山の左隣にあった。きちんとした位置関係は定かではないが,郵便局のあるビルの場所に廬山と揚子江が並んでいたのだと思う。さらにその前には,反対側の今の場所(またはその右隣だったかも)にあったような記憶がある。
 揚子江は,昔からずっとやや高級な店という感じだったが,このところ少し路線変更して1000円以下の昼食を設定している。

 すずらん通りの東寄りの方から南に少しはずれたところには,「大雅楼」があった。こちらは中国の南方系なのだろうか,夜はかなりちゃんとした料理を出す店だったが,ここも昼食の印象が強い。五目そば,五目やきそば,中華丼,天津丼など,いずれもボリュームがあり,味にもさりげない主張があった。天津丼・天津麺のあんに酢を使っていないのが少し珍しかった。夜は出前もやっていた。
 大雅楼は,神保町1丁目南地区再開発の計画がまとまる少し前,90年代前半に姿を消した。

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