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May 2006

May 26, 2006

最初のブー

 今でこそ「ブーイング」という言葉は,サッカーや野球はもちろん,広く大勢の非難を浴びる場面に拡張されて用いられているが,元々は舞台芸術での「風習」として日本にやってきたものだと思う。

 オペラで私が最初に体験したブーイングは,1979年7月,二期会の『ローエングリン』のカーテンコールで,タイトルロールのN氏に対するものだった。「ブー」という音声は聞こえにくいこともあって,始めうなっているのか何だかわからなかったが,N氏のあいさつのときに発せられることに気づいて,ああこれが「ブー」というものなのかと思った。
 そのときの上演の水準は,全体としてはなかなかのもので,特に合唱は充実していた。その中で登場したN氏は,相撲取りのような体型で,乗った小舟を引く白鳥もたいへんそうだった。細かいことは覚えていないが,声自体はかなりの美声だと思うのに,声をずり上げるせいか,ヴィブラートのせいか,「は~~~~~るばる,来たぜブーラバントオ~~~」という感じの演歌調に聞こえたのも事実だった。

 ブーという音声をはっきり聞こえるように発するのは難しい。日本では「ブラボー」を言うときに「ボー」を伸ばすから,ブラボーだかブーだかわからないことさえある。
 それでも,日本人のブーイング技術(?)は,平均的にはだいぶ向上した。

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May 23, 2006

ミュンヘン(池袋)も閉店

 先日,ビヤステーション両国の閉店のことを書いたが,池袋東口,サンシャイン60通りのビヤホール「ミュンヘン」も閉店になっているのを,5月になって知った。どこかのサイトで見たところによると,4月7日限りで閉店したという。

 この店に初めて入ったのは20年以上前である。名物は,おもちゃ箱のようにいろいろな仕掛けのある大オルガンと,それを自在に操るおやじさんだった。音の立ち上がりが少し鈍重なオルガンと軽快なリズム楽器を組み合わせて奏でるビヤホール音楽が,地下にしては天井の高い空間を豪華に満たした。誕生日を祝う家族連れがいると Happy Birthday を演奏してくれたりもした。
 このところごぶさたしていて,最後に行ったのはもう4年前である。そのとき,おやじさんはいなかった。しかし,おやじさんに似ず細面の息子さんがちゃんとオルガンを弾き,その合間にはテーブルを回って手品をしたり,細長い風船をよじり合わせて動物の形を作って子どもに配ったりしていて,おやじさんが引退しても大丈夫だなと思っていた。それだけに,今度の閉店にはびっくりした。
 なくなってみると,ごぶさたしてしまっていたことを後悔してしまう。精神的支援だけでは足りなかったのが申しわけないような気がしてきた。
 すぐれたビヤホールが2つあいついで消え,寂しい夏を迎えることになった。

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May 22, 2006

消防車の給油

 一度だけ,ガソリンスタンドに行ったときに消防車の給油に遭遇したことがある。比較的「小型」の消防車だったが,間近で見るとでかい。特に横幅が大きく,威圧感がある。重たい水を積んでいるから燃費は非常に悪いのだろうが,それほど遠くへは行かないし,給油の頻度はどのぐらいなのだろうか。

 消防車は,出動のないときでも,ずっと動かないでいるわけではない。近くの消防署で出動があると,そのバックアップのために,(もちろんサイレンは鳴らさずに)出かけていく。小さな消防署からバックアップを出したときは,そこへほかからバックアップが来る。
 こんなことをたまたま知っているのは,子供のころ,都内のある消防署の真向かいに親戚があって,その家にときどき泊まりに行って,消防署の日常を見ていたからである。私が行っていたときには,残念ながら(?)一度も出動はなかった。

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May 20, 2006

ロジーナとケルビーノの年齢

 数年前の『二期会通信』(二期会オペラ愛好会の機関誌)に載った増井敬二氏の連載に,『フィガロの結婚』の登場人物の年齢についての考察が書いてあった。
 『フィガロ』だけでなくボーマルシェの3部作全部を詳しく見ての推定なので,結論だけを引用するのは申しわけないが,それによると『フィガロの結婚』の時点での年齢は,フィガロが30歳,スザンナが23~24歳,アルマヴィーヴァ伯爵が24~27歳,伯爵夫人(ロジーナ)が21~22歳,ケルビーノが13歳と考えられるという。

 これを見ると,ロジーナとケルビーノが若いのに驚く。
 ロジーナは夫の愛が失われたことを嘆いたり,ちょっと悟ったようなことを言ったりしているが,たかが二十代の始め,大学生の年代である。『ばらの騎士』のマルシャリンも音楽の感じよりずっと若い設定だが,それよりさらに10歳ぐらい若い。
 ケルビーノも,ませたことも言っているが,まだ思春期の始めの方である。13歳で軍隊へ行っても何の役にも立たないと思うのだが。しかしこれが「急成長」し,三部作の最後『罪ある母』ではロジーナの不倫相手となる。

 考えてみると,オペラでは,サロメ,蝶々夫人を始め,十代の(または十代でもおかしくない)登場人物はけっこういる。結婚年齢が高くなった今日(の特に日本)とはかなり感覚が違うようだ。

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May 19, 2006

西方の輝き――後楽園球場

 1978年4月4日夜のことである。国鉄お茶の水駅の付近を歩いていたら,西の方からドーン,ドーンという鈍い爆発音が数発連続して聞こえた。
 何だろうと思って,お茶の水橋から西の方を見たところ,水道橋の付近がまばゆく輝いている。あれは後楽園球場だ。と思っていると,また先ほどと同じドーン,ドーンという音がした。

 後楽園球場といえば――そうだ,今日はキャンディーズの解散コンサートだ。
 ドームではなく「露天」のすり鉢の中で,音楽のリズムと,観客のどよめきと足を踏みならす音などがブレンドされ,ソニックブームのような音になって響いてきているのだった。

 東京ドームが開場するのはちょうどその10年後である。

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May 07, 2006

両国と神保町「リヴァース」

 先述のビヤステーション両国の関連の情報を求めてネットを検索したら,2月26日で「契約満了のため」閉店したという。JRとの契約が10年間だったということらしい。旧駅舎の高い窓から日光がさす空間を生かすのにビヤホール以上のものは考えられないのだが。
 それから,店内にあった地ビールの製造タンクはどうなったのだろう。

 ネットの検索で,神保町の昼食との接点がひとつ見つかった。
 靖国通りのマクドナルド神保町店の脇から錦華通りに入り,すぐ右に曲がって坂を少し行った左側にある「リヴァース」は,昼はサンドイッチのランチを供し,夜は(行ったことがないが)ダイニング・バーとなる店だが,その店主は,ビヤステーション両国の最初の支配人だった人だそうだ。
 この店主のブログ「脱サラ!カフェオーナー・夢のつづき」は,日々のできごとを苦労も含めて明るく語っていて,楽しい店に育てていこうという姿が快い。
 7日までの5連休で新メニューの準備をしたらしい。今週,久しぶりに行ってみよう。

PS リヴァースについては,「本拠地」の「神保町昼食ニュース」2004年1月号,および3月号で触れた。

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May 06, 2006

ビヤステーション両国が閉店

 連休中の某日の昼過ぎ,久しぶりに両国駅そばの「ビヤステーション両国」目指して出かけた。ところが行ってみると,建物(両国駅旧駅舎)全体がまったく違う店に変わってしまっている。元のビヤホールの場所にある店(夕方から営業)に人がいるようだったので入って聞いてみたら,2月で閉店したんです,とのこと。あまりのことに,しばし呆然とした。

 気を取り直して,新しくできた店のうち,昼間からやっている店Dに入った。この店がドジの連続で,飲み物より先につまみが来る,やっと来た生ビールには泡がない,取り皿が1枚しか置いていない(言ったら鍋用のを持ってきた),ジンギスカン鍋の材料だけ持ってきてコンロが来ない,(言ったらコンロがきて,煮えたが)レンゲがなくてつゆがすくえない(言ったら鍋用のお玉を持ってきた),締めの食事が出てくるのに25分,というありさまだった。
 それでも料理はまあまあだったが,ひとつだけ何とも間が抜けていたのは「辛つけめん」で,スープはお湯にトウガラシを入れただけというような味だった。
 ビヤステーションとのあまりの落差に,初夏のまぶしい陽光のもとで帰りの足取りが重かった。

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May 04, 2006

「神保町の昼食」ページ更新

 「本拠地」に月刊「神保町昼食ニュース」5月号を掲出しました。
 4月は特に動きが多くて,やや長編となりました。

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