纏寿司 ――神保町'70s (10)
靖国通りとさくら通りの間にある小路に,かつては小さな飲食店がいくつかあった。そのひとつが,纏(まとい)寿司である。今はさくら通りとの間には駐車場のあっけらかんとした空間が広がり,さくら通りから纏寿司のあったあたりが見えているが,ここには昔閉館した東洋キネマの由緒ある建物がだいぶ後まで残っていた。
纏寿司は,痩身のきっぷのいいおやじさんがやっていて,おかみさんのほかに美人の娘さんが店に出ていた。夜に入ったことは2,3回しかないが,おやじさんが仕事中酒を飲んで娘さんにたしなめられていた記憶がある。
昼飯は「ねぎま」「まぐろの刺身」「鰺のたたき」の3種で,私はこの店の昼食で,ねぎまという言葉を初めて知った。まぐろと鰺には小さいねぎまがついたが,大きいねぎまに替えて少し豪華版にする人も多かった。いずれもしじみ汁がつき,これはおかわりができた。ただし,最初にしじみがたっぷり入っているので,当然,おかわりはほとんど汁だけだった。まぐろはわさび醤油にあらかじめつけておくやり方だった。昼食としてはやや高めの値段だったが,娘さんの人気もあってか,いつも混んでいた。
その後,纏寿司は,日本教育会館の地下に店を出し,こちらもかなり繁盛していた。元の店と両方やっていた時期もあったような気がするが,あったとしても短い間で,元の店は80年代前半ぐらいに閉店した。おやじさんが倒れたという噂を聞いたこともある。教育会館の店は90年代まであった。
いま,かつての纏寿司に似たねぎまや刺身の昼食を出すのは,さくら通りより1本南の道にある「ひげ勘」である。纏寿司とのつながりは尋ねたことがない。
