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April 2007

Apr 30, 2007

パリの歩き方

 昔,初めて海外に出かけ,パリに行ったとき,最初は建物や街並みばかり見ていたが,少しして,人々の歩く姿が男女とも颯爽としていて,まことに格好いいことに気づいた。おどおどした感じがなく自信に満ちていて,スピード感がある。
 これにはまず,脚が長いという要素が大きい。ただ,それだけなら西洋人並みの日本人だって当時すでにある程度の数いたし,実際の歩行の速度は身長との比例以上に速いわけではない。ポイントは,背筋が伸びていることと,脚を出す速度とタイミングなのではないかと思った。

 その少し後,郷里の横須賀でみなと祭りのパレードを見たことがある。そこで,吹奏楽やバトントワラーの華やかな行進の合間に,米軍兵士4名による,独立戦争のころの姿でのパフォーマンスがあった。単に歩くのが主で,ときどき隊形を変えたり,向き合って銃をぶつけ合ってガチャッと音をさせたり,止まって号令をかけたり,というだけのことなのだが,これまた歩く姿が良かった。

 オペラではよく兵士の行進がある。70年代に日本のオペラ団体が『ファウスト』を上演したとき,有名な兵士の行進の場面で,音楽がなかったらとぼとぼと歩いているようにしか見えないような行進があった。舞台の狭さなど,難しい条件はあることは承知しつつも,とても戦えそうにない軍隊の姿に,さすが戦争放棄の国と苦笑させられた。
 もちろん,その後,オペラでの集団の演技が全体に格段に良くなっている中で,この点もかなりの進歩を遂げている。

 最初のパリでのことだが,少しして,女性がかなりの確率でノーブラであることに気づいて,歩き方からそちらに注目点が移行してしまった。

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Apr 21, 2007

私の廃線リスト

 3月末に鹿島鉄道(茨城県)とくりはら田園鉄道(宮城県)が廃止になった。
 鹿島鉄道は,1992年夏に家族連れで乗りに行き,そのときの報告を拙著『<鉄道紀行文集> 車窓伴影』に収録した(本拠地「鉄道の章」の『車窓伴影』参照)。くりはら田園鉄道には1998年に乗った(同じく「鉄道紀行文断章」の「東北横縦紀行」参照)。こうして記録が残っているとよく思い出すことができるが,もう15年または9年も前のことになってしまった。
 私は鉄道に「乗りに行く」ようになったのはだいぶ年をくってからなのだが,それでも私が乗った後に廃線になった線はかなりの数にのぼる。廃線年表を見ながらリストアップしてみた。

廃止年 線名・区間  乗った年
      (*印は複数回乗っているうちの最後に乗った年)
1991 下津井電鉄  1990ごろ
1994 野上電鉄  1993
1995 深名線  1994
1997 南部縦貫鉄道  1997
1997 信越本線 横川―軽井沢  1997*
1999 新潟交通 東関屋―月潟  1998
1999 蒲原鉄道 五泉―村松  1994
2001 下北交通  1997
2001 のと鉄道 穴水―輪島  2001
2001 名古屋鉄道谷汲線  1999
2002 長野電鉄 信州中野―木島  2001
2003 有田鉄道  1999
2003 可部線 可部―三段峡  2000
2005 日立電鉄  2001*
2005 のと鉄道 穴水―蛸島  2001
2006 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線  2001
2006 神岡鉄道  2002
2007 鹿島鉄道  2004*
2007 くりはら田園鉄道  1998

 このうち,南部縦貫鉄道,のと鉄道輪島線は廃止が決まってからあわてて乗りに行ったものだが,その他は乗車の時点では廃止が決まってはいなかった。しかし,それぞれすでに廃止の動きはあって,実際に乗ってみてこれでは存続は難しそうだなと思った線が大部分だった。そういう線ほど,訪れる部外者にとっては思い出深い。
 その点,信越本線横軽間の廃止は新幹線開通に伴う政策的なもので,いろいろな意味で事情が違う。「本線」の廃止というのは鉄道史上初めてのはずだ。私も他の廃止線と違って昔から何度も乗っていて,お名残り乗車に行ったのが上記の1997年だった。

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Apr 16, 2007

ルーブル展とミロのヴィーナス

 上野の話の続きを少々――

 小学校6年のとき,東京国立博物館で「ルーブルを中心とするフランス美術展」という展覧会があった。担任の先生から見てきた話を聞いて行きたくなり,東京から鉄道では60kmほどのところに住んでいた私は,このとき初めて一人で東京へ出かけた。まず東京某所の親戚を訪ね,そこの人に連れて行ってもらったのである。
 国立博物館の庭と周囲をめぐる長蛇の列に2時間ぐらい並んで入り,中もかなり混み合っていた。モネという人とマネという人の絵があったということぐらいしか覚えていないが,かなり大規模で質も高い展示だったことは確かで,子供心にもなんだかすごい世界があるらしいと思った。

 「ミロのヴィーナス」が国立西洋美術館にやってきたときは中学生だった。このときはまったく一人で出かけ,やはり2時間以上並んだと思う。庭に特設会場が作られていたような記憶がある。並んでいる間に,すぐ前にいた大学生のおねえさんがドロップをくれたりした。
 書きながら思い出したのだが,このとき,カタログなどを買ったら帰りに金が足りなくなり,帰るのに必要な費用をやむを得ず一部省略してしまった。(関係の方々,ごめんなさい。)
 ルーブルでミロのヴィーナスに再会したのはその11年後と13年後,その後はずっとお目にかかっていない。

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Apr 15, 2007

桜と飛行機

 「恒例」の春の一人文化の日(参照 →05, 06),今年は上野の東京国立博物館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」展(参照 →ここ)を見た。平日なので幸い待たずに入れた。
 入るとまず,「えっ,いきなりですか?」という感じで本館の「受胎告知」へと導かれる。最初に少し離れた段の上で見て,次に段の下の近いところから見るようにコースができていて,「立ち止まらないでください」と声がかかるのは,昔のパンダ館(上野動物園)を思わせる。しかしこの日は人が密着するほどの密度ではなかったので,手すりからちょっと離れれば立ち止まってもさほど支障はなかった。
 ここはこの絵1点をありがたく拝観するだけで,この絵についての分析・説明を含むその他の展示は平成館で行われている。

 平成館の展示では,美術関係より,スケッチ帳に遺されたデザインや「からくり」のアイディアを模型や映像として再現したものが中心で,多芸な天才のいろいろな側面を見せてくれる。まさにartの人だ。
 メインの展示室を出ると,思いがけず華やかな空間があった。最大の模型である実物大の人力飛行機が置かれている場所の背景が,ガラス越しに見える一面の桜だったのである。桜まで意図して展示したのかはわからないが,普通ではあり得ない形の花見だった。
 今はもう背景は緑になって,雰囲気が変わっていることだろう。

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Apr 09, 2007

トップニュースは松井

 NHKラジオの朝7時ニュースをときどき聞いているが,9日(月)のトップニュースは,「ただいま入りましたニュースです」として,ヤンキースの松井が肉離れで故障者リスト入りしたというものだった。統一地方選挙の翌日にもかかわらず,である。選挙の結果は前夜にわかっているからということはあるのだろうが,異例の判断といっていいだろう。
 実は「伏線」は数日前にあり,その朝のトップニュースは,松坂の初登板・初勝利だった。これは,日本時間で明け方に終わったばかりの試合だから,トップになってもおかしいとはいえないが,ちょっと驚いた。さすが松坂――。

 日米で野球が始まり,夕刊紙をよく買うようになった。前に書いたことがあるが,大リーグのナイター試合が終わるのは日本時間では朝なので,夕刊紙にちょうど結果が載る。日本人の大リーガーは最初は投手だけだったので出番は数日に1回だったが,イチロー以来野手が活躍するようになると,毎日出場するするので,夕刊紙を買う回数が増えた。

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