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May 2007

May 27, 2007

革命前夜

 1970年代後半に住んでいた地域は,講道館へ歩いても行かれる場所だったので,柔道を学ぶために来日している外国人が住んでいた。それは,町の定食屋で,当時王政のイランから柔道留学で来ていた3人組にときどき会うようになって知ったことだった。
 3人のうちの1人は,かなりひどいが一応英語を話す。やっと聞き出したところでは,彼らは警察官だという。ペルシャ語はもちろん,英語の新聞も読める環境にはないので,日本の新聞を広げていた私に,イランのニュースはないかと尋ねてきた。それからしばらく,何か出ていると,新聞を見ながらいいかげんな「同時通訳」(むしろ「勧進帳」というべきか)をする羽目になった。

 イラン革命が起きて王政が倒れたのはその翌年ぐらいだった。3人がいつ帰国したのかはわからないが,定食屋のマスターと「彼らは王党派ということになるんだろうから,帰っても大変だろうね」などという話をした。

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May 16, 2007

Myカルデラ史

 箱根は全体が大きなカルデラで,その一部に水がたまったのが芦ノ湖である,ということを,小学校の修学旅行で箱根へ行く前の授業で習った。しかし,箱根火山は何度も爆発を繰り返しているために,東南側の外輪山は何重にもなっているし,中央火口丘も多くの山からなっていて,地形図を眺めてもカルデラの形はあまりすっきりとはわからない。
 その6年後,高校の修学旅行で十和田湖へ行った。十和田湖はカルデラ湖で,やはり何度かの爆発を経ているそうだが,これはともかく丸ごと湖になっている。

 それから三十年近くたったある年,九州へ用事で出かけ,その帰りに熊本から豊肥本線に乗った。このとき車窓から初めて見た阿蘇山は,荒々しく雄大な山容と,そこから阿蘇谷を挟んで外輪山へ続く地形がはっきりと見え,日本の風景としては随一と思われるスケールの大きさで,まことに感動的だった。なるほどこれがカルデラというものかと思った。
 このときは,立野から南阿蘇鉄道に乗って,地獄温泉(参照:地獄への道)に泊まり,翌日はバスで高千穂駅へ出て,高千穂線に乗った。
 その2年後,もう一度熊本に行き,こんどは豊肥本線でそのまま大分まで行った。このときは大雪で,珍しい雪化粧のカルデラを見て,外輪山を登る立野の大規模なスイッチバックを堪能した(参照:本拠地 鉄道の章-その他の断章-九州雪国紀行)。

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May 14, 2007

マラソンのスピード

 マラソンの一流選手(男子)は,42.195km を130分以下で走る。計算すると秒速 5.4m,100m を18.5秒で走っているわけで,これは,考えてみると信じがたいスピードである。なにしろ,100m走の世界記録は10秒弱だから,この全力疾走の半分よりも速い速度で2時間以上走り続けるわけだ。
 あるいは,昔の高校のときの 1500m走を思い出してみると,5分を切るのはクラスで1人か2人だったように思う。ところが,マラソンはそれより速く,1500m を4分38秒で走っている。

 高校の時,40km を歩く会があった。「走ってはいけない」「競走ではない」という会で,速いやつは競歩のように歩いて5時間を切っていたが,平均は6時間半ぐらいだった。
 時速 8km だとマラソンを5時間16分で走れることになる。これなら一応走っているように見えるのだろうか――などと,走る気もないのに考えた。

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May 12, 2007

ウィーン版『エリザベート』

 4月某日,関西に行く用事ができたので,その前になんとか時間を作って,大阪でミュージカル『エリザベート』ウィーンオリジナル版を見た。由緒あるアン・デア・ヴィーン劇場で上演されていたもので,演出はオペラでおなじみのハリー・クプファーである。今回の日本公演は,ちゃんとした舞台での上演は大阪のみ(5月の東京公演はコンサート形式)なので,やや無理をして見ることにした次第。

 見ものはまず複雑・精妙,かつ大がかりな舞台で,回り舞台の中にせりがいくつもあり,上からはやすりの形の橋が降りてくる。しばしば電飾が輝くのは,同じクプファーの『ニーベルンクの指輪』の舞台を思い起こさせた。
 歌とオーケストラ(三十数名)もさすがで,もちろんマイクを使っているが,よくある耳ががんがんするようなうるささはない。これなら東京のコンサート形式での上演も見る価値がある,と帰ってから周囲に薦めた。歌手の見た目もよく,エリザベートが有名な肖像画(→photo)と同じ白いドレスで額縁にはまって登場したときには,会場全体が息をのんだ(ような気がした)。Elisabeth1


 このミュージカルは,オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃エリザベートの死をめぐる物語で,間には嫁姑の争いや貧困の問題も登場し,多くのミュージカルのように心楽しくメインテーマを口ずさみながら家路につくというようなものではない。しかし,トート(Tod; 死)という「人物」を舞台に登場させることにより,エリザベートがトートと結ばれてフィナーレとなり,皮肉な形ではあるがハッピーエンドとなった。
 ただし,前に見た東宝ミュージカルのときなどに比べると,このウィーン版ではトートの地位は少し軽く,普通の若者に近い扱いだった。
 会場で買ったプログラムには,この曲の世界9か国での上演の記録が載っていて,そのたびに少しずつ場面が変更になったり曲が増えたりしている様子が書いてあった。古典ではなく生きている作品のおもしろいところだ。

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May 09, 2007

ラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」/国立新美術館

 連休の最終日の昼前,今年3回目を迎えたラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」音楽祭2007というのはどんなものだろうと東京国際フォーラムへ出かけてみた。外は雨だったが,内部には熱気に満ちたお祭り空間があった。
 プログラムによると,この日の大小さまざまの有料コンサートは26件あり,そのうちまだチケットが販売されていたのは4つだけだった。その中から,ちょっと迷った末,夕方のビルバオ交響楽団(スペイン)の「ダフニスとクロエ」のチケットを買った(\3000)。この音楽祭は,45分ぐらいのコンサートを最高3000円で気軽に,というのが大きな特徴である。
 で,地上に上がったところに並んでいた「屋台」の中から,ギリシャ風ハンバーガーとハイネケンのナマで軽めの昼食とした。ハイネケンのナマはたぶん20年以上のごぶさただった。昔は珍しい外国産生ビールとしてありがたくいただいていた。

 そのあと,急に思い立って出かけたのは,乃木坂の国立新美術館。地下鉄の駅に直結していていて,東京国際フォーラムと同様,壮大な吹き抜けのあるバブリーな建物だった。
 2つの開館記念の企画展のうち,先に終わる「異邦人たちのパリ」を見た。ポンピドーセンターの所蔵する作品によるもので,ピカソ,モディリアーニ,フジタ,シャガール,カンディンスキーなどのほか,マン・レイ,ブラッセイの写真などもあり,20世紀にパリにやってきたというだけの共通項なのでかなり雑然としてはいるが,内容充実の展示だった。

 夕方,有楽町へ戻り,会場のホールAへ。ここに入るのは初めてだった。「ダフニスとクロエ」を生で聞くのはこれまた20年ぶりぐらいである。
 2階はだいぶ空席があったが,演奏は熱気十分で,特にフルート,コールアングレのソロは立派だった。オーケストラの魅力を堪能させてくれるこの曲を,合唱(晋友会)つきで \3000 はたいへんお買い得。隣の席では,女性が連れの男性にオーケストラというものの初歩を説明したりしていて,こういう音楽祭ならではの雰囲気だった。

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May 04, 2007

「考える人」のひじ

 先述の上野のついでで思い出したが,だいぶ前,読んでいた本にロダンの「考える人」のことが出てきて,そこに「右ひじを左ひざの上について…」というような描写があった。なんでもなく読み過ごしそうになったが,あれ,右ひじを「右ひざ」の上じゃないのかなとちょっと引っかかった。
 画像検索など想像もできなかったころで,確かめるには図書館で画集を探すのが常道だろうと思ったが,それよりは上野で実物を見る方が早い,というわけで,次の休みの日に国立西洋美術館に出かけた。「考える人」は庭にあって,入場しなくても外から見えることは知っていたから,双眼鏡を持って行ったのである。
 見ると,「考える人」はまっすぐ座っているわけではなく体を左にひねっていて,確かに右ひじを左ひざにのせていた。双眼鏡で見るまでもなかった。考えているように見せるためには,文字通りひとひねり必要なのだなと思った。

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May 03, 2007

天龍とスタンドそば――神保町 '70s 補遺

 古書関係の雑誌『彷書月刊』に,「昼寝のまくら」という連載コラムがある。その執筆者のFさんから,私のブログ()も参考にしたとのことで,3月号の同欄のコピーをいただいた。
 そこには,昔,神保町にあったラーメン屋「天龍」と立ち食いソバの「スタンドそば」が登場する。個性的なこの2店について渡辺和博,坪内祐三氏がそれぞれ言及していることなど,「新情報」が多く,さっそく,当時を知る数少なくなった同僚に回覧した。
 このうち,スタンドそばは,その後虎ノ門に移転して「峠そば」という店になっているという。ネットで検索したところ,かなりファンが多い店らしい。こんど行ってみることにしよう。

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