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October 2007

Oct 28, 2007

カーテンコールにオーケストラも

 オペラのカーテンコールにオーケストラが登壇するのは,私の経験ではバレンボイムのときのみである。

 1997年11月のバレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場の『ワルキューレ』のカーテンコールでのこと,ソリストのあいさつがひとしきり続いた後,幕が上がり始めた。あれ,合唱はないのになぜ,と思ったら,バレンボイムとオーケストラが全員ステージに並んでいたのだった。それまで,たとえば日本公演の最終日にオケも裏方さんもステージに登場することはあったが,オケのちゃんとしたカーテンコールというのはこれが初体験だった。
 このときの『ヴォツェック』でどうだったかはよく覚えていないが,公演最終日だったし,たぶんオーケストラも出てきたと思う。(もう1曲の『魔笛』はバレンボイムではなかった。)

 次は2002年1月の「リング」。『ワルキューレ』『神々の黄昏』では確かに「あり」だったが,たぶん他の曲でも同様だったのだろう。
 そして,今回は『ドン・ジョヴァンニ』『トリスタン』『モーゼとアロン』の3曲ともオーケストラがステージに登場した。
 『モーゼとアロン』では,最前列にチューバが大小2つ並んでいた。その小さい方は,見たことのない形・大きさのチューバだった。

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Oct 27, 2007

Beethoven Conspiracy

 国立新美術館にフェルメールを見に行ったら,フランク・ウイン著『私はフェルメール――20世紀最大の贋作事件』(ランダムハウス講談社)がちゃんと置いてあった。フェルメールの贋作者であるハン・ファン・メーヘレンという人の伝記である。

 iioさんのブログでは,この本を紹介するとともに,音楽の贋作について思いをはせていた。それで久しぶりに思い出したのはトマス・ハウザー『死のシンフォニー』(創元推理文庫)である。この本のカバーには Beethoven Conspiracy という原題が書いてあってそこですでに半分ネタバレだが,ベートーヴェンの未発見の作品をめぐるミステリーで,非常に珍しいことにヴィオラ奏者(女性)が主人公である。
 ミステリーをあまり多くは読んでいない者としては,最後の方はミステリーとはいえなくなってしまうような感じもしたが,おもしろく一気に読んだ。
 音楽や演奏家に関するディテイルも実によく書いてあって,主人公のリサイタルの曲目など,友人のプロのヴィオラ奏者が感嘆していた。

 映画の邦題はそのままカタカナということが非常に多くなっているから,この小説が今もし映画化されたとしたら,邦題は『ベートーヴェン・コンスピラシー』となりそうだ。
 ただし,映画化するには,ベートーヴェンの有能な贋作者が必要だ。まあ一部分あればいいのだけれど。

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Oct 25, 2007

『モーゼとアロン』――ベルリン国立歌劇場最終日

 新しいパソコンが到着し,週末は設定やソフトのインストールに追われた。その合間を縫うようにして,ベルリン国立歌劇場の『モーゼとアロン』(20日),新国立劇場『タンホイザー』(21日)を見た。(この「2日連続」はひだまりさんと同じだったらしい。)

 『モーゼとアロン』の登場人物はみな黒の上下に白いシャツ,黒のネクタイ,サングラス,黒い髪のやくざスタイル,舞台装置も黒っぽくて,金色の偶像以外すべてがモノクロの世界だった。退廃と酒池肉林の場面でも,なにもそれをうかがわせるものはなく,動きのあるオラトリオ,という感じだった。モーゼ(ジークフリート・フォーゲル),アロン(トマス・モーザー)を含め,ソリストも同じ服装で,なかなか区別が難しい。
 それだけに,音楽の色彩は印象的だった。特に各楽器の高音の組み合わせによるオーケストレーションは精緻を極め,それをバレンボイムとオーケストラが揺るぎなく具現化していた。
 このオペラは,1994年の東京交響楽団の第400回記念演奏会で見た。サントリーホールでの演奏会形式だが,前舞台(?)で主役2人が歌い,演技する上演で,このときもモーゼはジークフリート・フォーゲルだった。

 20日は,ベルリン国立歌劇場東京公演全体の最終日だった。23日間にオペラ11回,オーケストラの演奏会4回が行われた。ほんとに,お疲れさま。
 カーテンコールでは,「Sayonara」の垂れ幕が降りてきて,紙吹雪が舞い,樽酒の鏡割りが行われた。

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Oct 16, 2007

健民用ホール

 前回書いた『トリスタンとイゾルデ』は,NHKホールを避けて神奈川県民ホールのチケットを買っておいたものである。
 電車で行くつもりだったが,当日雨がかなり降っていたので車にした。順調に走って,だいぶ早く着いたので,県民ホール地下の駐車場に入れることができた。停めたあと振り返って,何番の区画に入れたのかを記憶しようと思ったら,この駐車場は区画に番号がなかった。たいした広さでないからかもしれないが,配慮が足りない。
 久しぶりに6階の海の見えるレストランへ。席に座ってから,同行者はコーヒーとケーキだけにしようとしたら,ランチタイムは食事の客のみだという。それならそうと入り口に書いておけと文句を言って退出。結局,2階の喫茶室で安価な昼食ができた。

 県民ホールはたしかNHKホールと同じ設計者だと思ったが,NHKホールよりはよほど音がいいし,見やすい。あとはロビーから海が見えるのがいい。
 しかし,このホールは,古い建物なので非常にバリアフルである。客用のエレベーターはなく,3階席など,平均年齢の高いオペラの客は休み休み登らなくてはならない。しかも,客席の傾斜がきつく,前の方の席からは休憩時にまた急な階段を登る羽目になる。
 席は3階の4列だった。4列というから4列目かと思ったら,センター席は1列~3列までは「欠番」で,4列が最前列だった。LおよびR席は,センター席より3列前に出ていて1列から数えている。最前列なのはありがたいが,前の手すりが低くて太もものあたりまでしかなく,出入りの時に恐怖感がある。
 しかし懲りずに,来月は,県民ホールに2回行くことになる。

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Oct 12, 2007

トリスタン 沈黙と奇声

 8日(月・祝)午後,バレンボイム=ベルリン国立歌劇場の『トリスタンとイゾルデ』(神奈川県民ホール)を見た。全体にB氏流の遅いテンポで,休憩を含めて5時間40分以上かかったが,弛緩せず,歌手も好調だった。ただ,美男美女とは言い難い歌手ばかりで,オペラグラスを使う気がしなかった。
 3階の最前列だったので,オーケストラの音が沸き立つように聞こえてきた。歌手とのバランスは多少悪いこともあったが,B氏(暗譜で指揮)の音楽が浸透して,昔の東独時代とは違うタイプの充実ぶりだった。
 最後は,音楽が消えてから10秒近い沈黙が支配した後に,拍手が起きた。

 2幕の終わりの方で,1階下手寄りの客席の方から,男の奇声が2回聞こえた。普通ではないということはわかったが,一瞬なので何がなんだかわからなかった。舞台はもちろん関係なく進行した。かなり大きな声だったので,休憩のロビーでは,もしかしたら元歌手じゃないのかなどという人もいた。
 3幕が始まる前に,件の客は病気であり,2幕のあと帰った,というアナウンスがあった。初体験の珍事である。

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Oct 11, 2007

パソコンがご臨終

 少し前から自宅のパソコン(デスクトップ)の外付けハードドライブの動作がどうも不安定だったので,連休初日の土曜日,新しいドライブに換えた。前のは前世紀のSCSI接続のもので,SCSIをUSBに変換するアダプタを介して使っていた。

 データを全部コピーしてやれ一安心と思った翌日,夜帰宅してパソコンのスイッチを入れたが起動しない。黒い画面の左上隅に「disk read error occured」と出ている。次の行に「Press Ctrl+Alt+Del to restart」とあるのでそうしたが,同じ表示が出るだけで何も進まない。ときどきゆすったりたたいたりして2,3日様子を見たが変わらないので,潔くあきらめ,新しいのをオーダーした。
 結局4年半使った。91年暮れに初めてパソコンを買って以来5台目で,これまででもっとも長く使った機械ということになる。

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Oct 07, 2007

背広の値段

 学生時代に持っていたスーツは,慶弔行事と演奏会出演用の黒服だけだった。「吊るし」(死語か?)で買った安物だが,男はこれひとつで慶弔とも間に合うので,三十ちょっと過ぎまで役に立った。
 これを別にすると,就職する直前の3月に,紺のスーツを「イージーオーダー」で作ったのが,私の「背広始め」だった。支払いは月賦だったが,たぶん初任給の半分以上の値段だったと思う。毎日必ずスーツを着ないといけないという雰囲気はなかったのを幸い,しばらくこの1着ですませた。

 入社した年の暮れとその翌年の暮れに,郷里の横須賀の洋服屋でちゃんとオーダーして背広を作った。オイルショックのころで物価は激しく上がったが給料も上がった。2年目に作った背広は,その上がった月給と同じくらいの値段だった。それが結果的に,これまでのわが人生で買ったいちばん高い洋服となった。
 職人技で作られたその背広は,正しくゆとりがとってあったと見え,十何年か後に数キロ太ってからもちゃんと着ることができた。(その後さすがに色あせして着なくなり,今年の引っ越しのときに廃棄した。その洋服屋の名が入った立派な木のハンガーは今も使っている。)

 その後,バブル崩壊までの絶えざる物価上昇の中でも,背広の値段はほとんど上がらなかった。もちろん,きちんと手間がかかったものは上がっていたのだろうが,既製服の品質が向上してしかも多様になる中で,中ぐらい以下のクラスの背広は三十年前と同じか,むしろ安いくらいである。いま,どの年代でも,月給と同額の背広など,作る人はいないに違いない。

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Oct 06, 2007

ストリート・ミュージシャンの水準

 池袋西口公園(東京芸術劇場の前の広場)を通りかかると,夜はいつもストリート・ミュージシャンが,たいていは複数組演奏している。立ち止まらないでちらりと聞くだけだが,多くの回数・人数を聞いた印象でいうと,その歌唱力の平均的水準はきわめて高い。これはひとつにはカラオケというものの存在が大きいのではないかと考えた。

 たとえば私の同世代の女優Nのように,女優として売れたので「レコード・デビュー」しましたというような「ヘタな歌手」が,かつてはたくさんいた。また,NHKの「のどじまん」では,伴奏にどうしても追いつけない人が必ずいた。
 今の人たちは,生まれた時からカラオケがあるから,マイクを持って伴奏に乗って歌うのは別に歌手志望の人でなくても本能的にできてしまう。美声でなくてもマイクにノリやすい声を出せる人も多いようだ。

 もうひとつ,公園での演奏がサマになっているのは,リズムマシンの「功績」もある。キーボード奏者が担当しているグループが多いが,ギターを弾きながら歌い,ペダルでリズムマシンをコントロールし,合間にハーモニカを吹く器用な歌手もいた。

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 「本拠地」に「神保町昼食ニュース」10月号を掲出しました。ついに名前が消えた「橋」のことを少し書きました。

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Oct 04, 2007

ベーム=ウィーン・フィル 1975

 ベーム=ウィーン国立歌劇場の『フィガロ』といっしょに,1975年3月のベーム=ウィーン・フィル東京公演のDVDも買った。曲目はベートーヴェン7番,ブラームス1番,未完成とアンコールの「美しく青きドナウ」2種,マイスタージンガー前奏曲で,残念ながらシューベルトのハ長調の大交響曲は入っていない。(このときの演奏は,CDでは前に発売された。)
 『フィガロ』より5年前で,画質は『フィガロ』より劣る。ベームは当時80歳のはずだが非常に元気で,足取りも確かにさっさと歩いているし,指揮台も前に手すりのない普通のもので,立ったまま指揮している。7番の1楽章の序奏など巨匠的に遅いが,3・4楽章は十分に若々しく弾んでいる。

 この75年のベーム指揮のプログラムは,ベートーヴェンの4番・7番,レオノーレ序曲第3番・火の鳥組曲・ブラームス1番,シューベルトの未完成と大ハ長調の3種が2回ずつ,ジュピターとヨハン・シュトラウス数曲が1回,計7回だった。チケットはたしか往復ハガキによる抽選で発売された。私はいろいろな人の名前を借りてハガキを出し,前の3つのプログラムを聞くことができた。
 いちばん印象に残ったのは今回のDVDに入っていないシューベルトのハ長調の大交響曲だった。未完成のときは楽譜通りの編成だったが,ハ長調交響曲では木管とホルンはアシ付きの倍管となり,特に3楽章のトリオなど,広大なNHKホールがオルガンのような木管の和音に満たされた。

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