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Dec 17, 2007

舞うか,東洋のタクト

 前項と同じ1969年に『夕刊フジ』が創刊された。初めてのタブロイド判の夕刊紙だった(それまでにもすぐ消えたものはあったようだが)。
 創刊から間もないころの同紙1面トップに「舞うか,東洋のタクト」という時代がかった見出しが踊ったことがあった。ニューヨーク・フィルハーモニックの次の常任指揮者の候補に小澤征爾が挙がっているという記事だった。同年に辞任することになっていたバーンスタインの後任探しが行われていたのである。
 当時小澤は34歳,トロント交響楽団指揮者の任期を終えたところだった。その前に,バーンスタインに認められてニューヨーク・フィルの副指揮者をしていたこともあり,ある程度可能性のある話だったのだろうと思う。しかし,日本人指揮者の欧米での実績がほかにはほとんどないころだから,随一の名門とされていたニューヨーク・フィルの常任にという話が出たということだけで非常にびっくりした。その驚きは,後に小澤がウィーン国立歌劇場の音楽監督になると聞いたときを上回るものだった。

 結局このときは常任指揮者は空席となった(しばらくしてからブーレーズが就任する)。小澤にとっては結果的にこれが幸いし,サンフランシスコ交響楽団を経て,1973年から29年にわたりボストン交響楽団の音楽監督をつとめることになる。

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