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January 2008

Jan 27, 2008

川辺の道――錦川鉄道の旅

 広島で用事が済んだ翌日,山口県東部の山の中を走る錦川鉄道に乗りに出かけた。錦川鉄道はJR岩徳線の岩国から出発するが,途中の御庄(みしょう)駅が新幹線の新岩国のすぐ近くなので,まず新岩国へ向かった。
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 広島からの「こだま」は,半ば回送なのだろうか,なんと16両編成の豪華こだまだった。18分で新岩国着。車内のアナウンスでは,錦川鉄道は無視されていて乗り換え案内はなかったが,降りるとちゃんと案内板があった。乗り換えは時刻表では「徒歩7分」となっているが,新幹線の高架脇を歩いて3,4分で御庄駅着。道路からは階段を上がるとホームの中央に出るようになっていて,さすがに元国鉄らしくホームはけっこう長い。しかし,減便の弁明の張り紙がさびしい。

 8:46発の下りに乗る。「せせらぎ号」という1両のワンマン車で,開業20周年のヘッドマークをつけていた。乗ってきた乗客は1人,そこに私ともう1人加わった。
 次の駅は「しゅうちかさがみ」と書いてある。「しゅうち」というのは衆知でも羞恥でもないだろうし何だろうと思ったら「守内」という重箱読みだった。この後も,南河内(みなみごうち),行波(ゆかば),南桑(なぐわ),柳瀬(やなぜ)など,一癖ある読み方の駅名が多い。
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 右手にずっと錦川が並行する。途中で日がさしてきて,川が緑色に輝いている。線路は川にほぼ忠実に沿っていて,短い古いトンネルがけっこう多い。途中の北河内(きたごうち)で上り「じゃくち号」と交換があった。
 9:35 終点の錦町着。乗客は多少の出入りがあったが,最後は4人だった。
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 この線は,元は国鉄の岩日(がんにち)線で,岩国から日本海岸の日原を目指していた。錦町から先もかなりの部分は路盤ができていたらしい。
Img_0772_2 錦町駅は有人駅だった。駅構内には乗ってきたせせらぎ号以外に車両が3両止まっていた。改札を出ると,狭いスペースいっぱいに地元の産品を並べた店になっていた。

 同じせせらぎ号で折り返して 9:47 発。乗客は最初が9人で,平均年齢はたぶん六十を超えていたが,やがて中学・高校生も少し乗ってきた。
 家々の瓦がつややかである。色は黒が多いが,オレンジ色がかった茶色や青もあり,山間の冬でも雰囲気は明るい。北河内でまた「じゃくち号」と交換する。
 最初に乗った御庄を過ぎ,次の川西で錦川鉄道の区間は終わってJR岩徳線に入る。岩徳線の沿線の町はさすがに大きい。乗客は次第に増えて,最後は25人ぐらいになり,山陽本線と合流する岩国駅には 10:52 に着いた。

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Jan 23, 2008

19世紀のダイアリー

 先日,何年か先のカレンダーを見るのに使った手帳ソフトというのはロータス・オーガナイザーである。いろいろな変遷を経て,今は Sourcenext から出ている LotusSuperOffice の中に入っているようだ。
 このソフトのダイアリーのページは,なんと1800年12月29日から始まり,2100年1月3日まで300年分もある。笑ってしまうのは祝日の設定で,1801年当時も11月3日は「文化の日」だったらしい(もちろん設定は変えられるが)。
 1802年のところには大デュマ,ヴィクトル・ユーゴーの,1803年のところにはベルリオーズ,メリメの誕生という「日記」を書いておくか。

 カレンダーを見ていて気づいたトリビア: 4月と7月はカレンダーが常に同じ(日付と曜日の対応が同じ)というのは知っていたが,閏年には1月も同じカレンダーとなるのだった。

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Jan 21, 2008

『ペール・ギュント』の物語

 前回書いた『くるみ割り人形』と同様に,ナレーション付きで『ペール・ギュント』の第1・第2組曲を演奏したことがある。こちらは,元が劇の付随音楽だから,筋書きと関係のない曲が続くということはなく,曲を物語の順序にしてナレーションを入れること自体はそれほど難しくなかった。
 しかし,ファミリーコンサートなのに,話がまるで子供向きではないことが問題だった。結婚式場から花嫁イングリッドを拉致し,そのイングリッドに飽きると放浪の旅に出,戻ると母オーゼが死に,また放浪して山師となり…という具合で,なんともはやひどい話なのである。しかも,第2組曲の最初の「イングリッドの嘆き」というのも,イングリッドは拉致されたことを嘆いているのではなく,拉致したペール・ギュントが相手にしてくれないことを嘆いているのだった。

 筋書きを見ただけではさっぱり魅力がわからないこの『ペール・ギュント』の付随音楽は,26曲もあったという。もしこれをフルに使って劇を上演したら,何時間かかるのだろうか。

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Jan 19, 2008

『くるみ割り人形』の物語

 チャイコフスキーの三大バレエの音楽に,最初は組曲の形で親しんだ。とめどなくあふれ出してくる美しい旋律と,鳴りのよいスカッとしたオーケストレーションが,オーケストラを聞く楽しみを味わわせてくれるのは,聞き始めた中学生のころも今も変わらない。また,アマチュアの演奏者にとっても魅力的な存在である。
 チャイコフスキー以外のバレエ音楽にも,もちろん美しい旋律に満ちた曲があるが,いろいろ演奏してみると,チャイコフスキーの音楽の充実ぶりがあらためてわかる。たとえば『ファウスト』の舞踊音楽はそう何度も練習する気がしなかったのに対し,チャイコはそんなことはない。

 あるとき,組曲をばらして物語での順序にし,合間にナレーションを入れて音楽物語として演奏しようということになった。その台本を書くことになったのだが,困ったのは『くるみ割り人形』のときである。組曲の大部分を占めるいろいろな国の踊りは,第2幕の少女の夢の中のパーティでの出し物であり,その間物語は何も進行しないのである。
 結局,組曲に入っていない曲も加え,踊りの曲は一部を「前倒し」し,最後は物語とは違うが組曲と同様「花のワルツ」で華やかに終わるようにした。

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Jan 16, 2008

ハチ公のしっぽ

 ケータイのなかったころ,事情に詳しくない者同士が大きな駅で待ち合わせをするのはけっこう難しかった。たとえば渋谷駅。古くからの待ち合わせスポットは忠犬ハチ公の像のところであるが,夜はハチ公の周りに待ち合わせの人だけでたぶん200人ぐらいの人が密集していた。
 あるとき友人と,やむを得ずハチ公前で待ち合わせをすることになった。電話で,混んでるけど大丈夫かなあ,と言ったら,友人は「ハチ公のしっぽにつかまってるから」という。
 自分がしっぽにつかまるのはちょっと恥ずかしいなと思いながら行ってみたら,まずハチ公に近づくのが容易でなかったが,そこを分け入っていくと,しっぽ,もしくはその近くにつかまっている人だけで7,8人いた。
 ハチ公は当時は駅の方を向いていなかった。80年代後半だったと思うが,向きを変え,主人の出てくる駅入り口を見つめるようになった。

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Jan 13, 2008

2012年7月を警戒せよ

 成人の日は今は1月の第2月曜日なので,日付は8日から14日の範囲で変動する。昨年2007年は8日でいちばん早く,正月休みとほとんどつながっていたので,3日から台湾へ出かけた。3日以降の出発だと,航空運賃は,年末のピークよりだいぶ安かった。今年の成人の日は14日で,いちばん遅い日付である。

 1999年までは成人の日は1月15日だった。1995年は,1月15日が日曜だったので16日が振替休日となり,連休だった。その連休が終わった17日火曜日の未明に,阪神淡路大震災が起こった。
 2007年の7月は,曜日と日付の対応が1995年1月と同じで15日が日曜であり,しかも16日月曜日が祝日(海の日)で同じく連休だった。2007新潟県中越沖地震はこの16日のことだった。
 現在の祝日の制度では,16日(月)が休日になる可能性があるのは7月と9月である。手帳ソフトのカレンダーをめくってみたところ,次に15日(日)・16日(月)が連休になるのは,2012年7月のことである。「二度あることは…」とならないことを祈る。

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Jan 12, 2008

毎日数独

 『毎日新聞』夕刊の1面題字下に数独の問題が毎日掲載されている。どうやら去年の12月10日かららしい。連日でしかも1面にというのがすごい。

 ドイツの新聞 Sueddeutsche のオンライン版には前から数独のページがある。難易度を3段階から選び,解答を書き込んで正答と照合できるようになっている。ランダムに出題されているらしく,アクセスのたびに違う問題が出てくる。
 最初に誰かからこのサイトのことを聞いてアクセスしてみたとき,Sueddeutsche という題字が,一瞬 Sudoku に見えてしまった。

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Jan 10, 2008

妖星ゴラスの接近

 小中学生のころ見た映画で『モスラ』の次によく覚えているのは『妖星ゴラス』である。突然太陽系にやってきた「妖星ゴラス」の軌道計算をした結果,このままでは地球と衝突することがわかり,南極にロケットエンジン(?)を建設し,地球を動かして公転軌道を変えてしまう,という壮大な物語である。
 南極に,空に向けて噴射する巨大なエンジンが建設されていく。衝突を避けるタイムリミットが迫る中,人類が協力して事に当たるあたりには,冷戦まっただ中の当時の夢がこめられていた。

 恐竜の絶滅は小惑星が地球に衝突したのが原因という説は,当時まだなかったのかもしれないが,地球の大きさに比してはるかに小さい小惑星でも大きな影響をもたらすわけだから,大きな「妖星」がやってきたら,衝突しなかったとしても地球はひとたまりもないだろう。
 仮に地球を動かして衝突を避けることができたとしても,その「後始末」はもっと大変そうだ。元の軌道に戻すのだろうか。戻さないと,1年の長さも変わるし,太陽との距離が変わるので気候の大変動が起こるだろう。南極は大陸があるからエンジンの建設ができたが,戻そうとするとこんどは北極の氷の上に建設する必要がある。
 野暮な「考察」をすると,やはり荒唐無稽な話だということになってしまう。

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Jan 07, 2008

ドレスデンの響き

 1973年10月,「ドレスデン国立歌劇場管弦楽団」を初めて聞いたときの驚きは大きかった。今はふつうドレスデン・シュターツカペレと表示されるオーケストラの初来日のときの演奏会(東京文化会館)で,指揮はクルト・ザンデルリンク,曲は「マイスタージンガー」前奏曲,ベートーヴェンの8番,ブラームスの1番だった。
 まず,「マイスタージンガー」前奏曲の冒頭の清澄ともいうべき響きに驚いたが,さらに驚いたのは,マイスタージンガーの行進の動機のところで,管楽器と重なっているハープの音が4階(あたりだった)の席までちゃんと聞こえてきたことである。ここは楽譜では確かにフォルテが1つだが,しばしばかなり堂々と演奏され,ハープが聞こえるような演奏に接したことはなかった。アマチュア・オケの演奏では,「どうせ聞こえないから」とハープのトラを頼まないで済ませることも多かった時代である。(後にカラヤンがこのオーケストラと共に録音した『マイスタージンガー』のレコードが出たときには,飛びついて買った。)
 ベートーヴェンとブラームスでも,もちろん楽譜通りなのだが,響きには透明感があり,一方で低音がしっかりと支えて骨格は揺るぎなく,レコードで聞いていたどのオーケストラとも違う個性を持っていた。

 「海外オーケストラ来日公演記録抄」にある記録を参考に思い出したところでは,その後,1978年にブルックナーの5番,1981年にブルックナーの4番,95年に演奏会形式の『エレクトラ』,2000年にワグナー名曲集を聞いた。時によって「ドレスデン国立管弦楽団」という表記もあったように思う。(そのほかに,ピット内の演奏を81年と2007年に聞いた。)
 ブルックナーの2曲では,共に第2楽章の弦の深々とした響きと,決して怒鳴らない金管のフォルテとの対照と調和が壮大な世界を現出させた。4番のときには,指揮者のブロムシュテットが,ホルンのトップのペーター・ダムのところまで行ってその名演を称えた。

 78年の時だったと思うが,プログラムに掲載されたメンバー表に,コンサートマスターとして4人の名前が載っていた。そのうち3人はヴァイオリン奏者としても名前があるのだが,もう1人がなぜか載っていない。なおよく見たら,4人目の人はチェロ奏者だった。チェロの首席をコンサートマスターの1人として遇していたのだった。

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Jan 06, 2008

『神田村通信』

 昨年最後に読み終えた本は鹿島茂『神田村通信』(清流出版)だった。雑誌・新聞に連載した短いエッセイを中心にまとめたもので,『東京人』などに載ったものは読んだことがあったが,大部分は目にしたことがないものだった。
 鹿島先生のエッセイに接するときにはいつも同世代としての勝手な連帯感があるが,著者の書庫・仕事場のある神田神保町についての話には特に,「うん,そうだよな」「あ,そうだったのか」などと心中相づちをうちながら読んだ。今回初めて知って「うん,そうだよな」と思ったのは,神奈川県の京浜急行沿線からの遠距離通学・通勤の話題だった。
 フランス文学をベースにした蘊蓄を傾けるときとは別の表情がうかがえた。

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Jan 05, 2008

テレビニュースのテーマ曲

 今は,テレビのニュースなどのテーマ音楽はたいていオリジナルのものだが,1960~70年代には「既成」の曲がよく使われていた。
 今でもたまに聞くと,朝日新聞社の旗が出てくるタイトル画面を思い出してしまうのは,バレエ『コッペリア』の「マズルカ」。テレビ朝日は昔は日本教育テレビ(NET)といっていたが,その「朝日新聞ニュース」のテーマ音楽だった。旗は,いかにも扇風機という感じの風にばたばたとはためいていた。
 ビゼーの交響曲ハ長調の第3楽章をテーマ音楽にしていたのはなんだっただろう。TBSのニュースか? 番組の始めにはこの楽章の始めを,終わりには楽章の終わりの部分(ごく短かったが)を使っていた。
 フジテレビの「今日の出来事」のテーマは行進曲「ウィーンはいつもウィーン」だった。タイトルには列車が登場していたような記憶がある。
 いずれも,曲名を知ったのはだいぶ後のことである。

 行進曲といえば,ラジオのスポーツ番組ではよく行進曲が使われていた。たとえば,文化放送のナイター中継はスーザの「エル・キャピタン」,ニッポン放送はガンヌの「ロレーヌ州行進曲」だったと思う。
 これに対し,NHKは古関裕而の「スポーツショウ行進曲」,ラジオ東京(今のTBS)はレイモンド服部の「コバルトの空」というオリジナルもので,両者ともその後テレビにも引き継がれた。また両者とも,放送では最初の部分(NHKのはイントロなしの短縮版もあった)しか演奏されなかったが,実際にはトリオをもつ通常の行進曲として作られていた。楽譜も出版されていて,中学のときに体育祭で演奏したことがある。

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Jan 04, 2008

ファゴットの色

 初めてオーケストラのナマ演奏を聴いたのは中学生のとき,結成間もない読売日本交響楽団の演奏会だった。そのとき,見た目でいちばん驚いたのは,ファゴットが茶色だったことだった。それまでオーケストラをモノクロのテレビか写真でしか見たことがなくて,ファゴットはなんとなくグレーだと思いこんでいたのである。
 当時すでに吹奏楽部に入っていたが,そこにはファゴットはもちろんなかった。(オーボエもなかったが,クラリネットの類推で,黒い木でできているのだろうと,一応正しく想像していた。)他の管楽器は吹奏楽部にあったし,ヴァイオリンは知っていたから弦楽器の色はまあわかっていた。となると,まったく見たことがなかったのは,ファゴットだけだったわけである。

 その読響の演奏会のメインプロはベートーヴェンの7番だった。第1楽章の序奏で,何度もトゥッティの和音が鳴り響き,その合間に管楽器が2小節ずつ交代でソロを奏でるのと,序奏の終わりでフルートがたった一人で(実はオーボエと重なっていたのだが)弦と応答するのが印象に残った。
 読響のホームページには記録のページがなくて,このときの演奏会がいつだったのかを特定できない。たぶん,結成披露の特別演奏会の一環だったのだと思う。

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Jan 03, 2008

大正16年

 ~~~~ あけましておめでとうございます ~~~~

 昨年,本拠地は開設10周年を迎えました。このブログの方は今年3月でまる4年となります。
 今年もよろしくお願い申しあげます。

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 前述の通り,信州で新年を迎えた。以前は正月に年一度のスキーをしていたが,今年は2つの温泉に入った以外,特に何もせずのんびり過ごし,2日に帰京した。

 帰って,まずは年賀状を眺める。昨年8月に転居して,このごろは郵便物が1年間転送されるのを幸い,転居通知を出していなかったので,大部分が転送されてきたものである。

 新年といっても,かつてほど「特別の時期」ではない(→参照)。したがって新年にいろいろなことがリセットされるという感じが乏しいのは,当然のなりゆきとはいえ,少しさびしい。

 ずっと前に,実家の押し入れをかたづけていたら,祖父の大正16年の日記帳が出てきた。大正天皇が没して昭和となったのが大正15年(1926年)の12月25日なので,当然,翌大正16年の日記帳が出回っていたわけである。
 その日記帳への記入は,1月10日ごろで終わっていた。祖父は,私が2歳半のときに亡くなったので自分での記憶はないが,謹厳実直で几帳面な教育者だったと聞いている。それが,文字通り「3日」ではないけれど,「三日坊主」のこともあったのだなと,なんとなく親しみを感じた。

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