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February 2008

Feb 26, 2008

レーザーディスク vs VHD

 次世代DVDの規格として HD-DVD を推進してきた東芝が撤退するというニュースに関連して,しばしば家庭用ビデオにおける VHS とベータの規格争いが引き合いに出されている。これほどのスケールでなかったから忘れられているが,80年代にはビデオディスクを巡ってもレーザーディスク(LD)対 VHD という規格争いがあった。
 LD は,意外なことに,音声だけの CD より早く実用化された。業界団体の会合にパイオニアの人がやってきて LDのデモを見せられ,鮮明な映像に驚いたのは 1980年ごろだった。1981年にプレーヤーが発売になった(CD プレーヤーは 1982年)。
 VHD はビクターと松下が推進したもので,プレーヤーの発売で LD に後れを取り,1983年になった。LD が LP と同じ 30cmの盤だったのに対し,VHD は一回り小さく,長方形のケースごとプレーヤーに入れるようになっていた。

 オペラのソフトがどうなるかが,私には気がかりだった。全体にソフトの数が今の DVD とは比較にならないくらい少ない中での話だが,最初のうち,オペラソフトのカタログ内容で VHD がややリードしている感があった。特に,ウニテルの映像が VHD で出るようになって一時は VHD に傾いた。
 しかし,LD の方が基本的に映像がきれいだし,細かい前後関係は忘れたが,ハードの方はソニーが LD に加わって活気を見せてきて,CD とのコンパチブル機もいずれは出ると聞き,迷う要素が増えた。やがてフィリップス・ドイツグラモフォングループが LD(当初は CD-Video LD という名称だった)を出し始め,ウニテルのソフトが LD でも出る予定,という雑誌記事を見て,LD にすることにした。
 VHD で出ていたソフトはその後 LD で大部分出たが,ベームの『こうもり』はたぶん LD では出なかった(その後 DVD で出た)。

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Feb 23, 2008

ワグナー『妖精』

 東京オペラ・プロデュースのワグナー『妖精』を見た,と書こうとしていたところ,その代表の松尾洋氏(演出家)が公演終了の翌日亡くなったと聞いて驚いた。プログラムには「稽古直前に病に倒れて入院加療中」と書いてあり,演出は他の人と連名になっていた。
 東京オペラ・プロデュースの公演はいつも気になってはいたのだが,これまでに見たのは1980年の『カプリチオ』,1987年の『サロメ』だけで,20年ぶりということになる。『カプリチオ』は,それほど金があるはずがないのに非常に美しい舞台だった,という記憶がある。

 『妖精』はワグナー21歳のときの最初のオペラで,日本初演。聞いた感じがいちばん似ているのウェーバーで(といってもウェーバーは『魔弾の射手』以外は序曲しか知らないが),言われなければとてもワグナーとは思えない。それでも,『オランダ人』でダーラントがオランダ人を自宅に連れてくるあたりを思い出させるような旋律や,ちょっとした装飾音符など,ワグナーの片鱗はかすかにうかがえる。『魔弾の射手』からわずか13年後に二十歳そこそこでこれだけの「ドイツオペラ」を作るというのはやはり並ではない。
 演奏は,女声陣が立派だった。特に主役のアーダを歌った大隅さんという人は,基本的にはリリカルな歌いぶりだが強い芯の通った美声で,他の役も聞いてみたくなった。

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Feb 19, 2008

数独 1年2か月

 ずっと持ち歩いていた数独の本の全111問がようやく終了した。いつから始めたのかなとこのブログを検索したら,2006年12月だったらしい(→参照)。1年2か月かかったことになる。この間,本につけていたカバーは2回取り替えた。
 一応上級編なので,集中してやったとしても1問に30分以上かかる。しかも実際には通勤電車の一部など断片的な時間に取り組むので,そのたびに状況を思い出すだけで時間がかかり,通算ではかなりの時間を使った。
 さて,次の本を買いにいかなくては。

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Feb 17, 2008

日生劇場の空間

 日生劇場は1963年の開場だからもう45年前のことになるが,コンサートホールではなく劇場らしい夢のある空間の魅力は色あせていない。
 こけら落としはベルリン・ドイツオペラの『フィデリオ』(カール・ベーム指揮)で,これが初めてのオペラハウスの引っ越し公演だった。客席数1300あまりの劇場での引っ越し公演というのも今となっては遠い昔の夢である。

 初めて日生劇場へ行ったのは,たぶん1974年の劇団「四季」の『ウェストサイド物語』だった(→参照)。その後日生劇場では,二期会の『後宮からの逃走』『コシ・ファン・トゥッテ』の連続上演(コシュラー指揮,1976),二期会『蝶々夫人』(三谷礼二の美しい舞台,1977),日生劇場主催の『魔笛』(釜洞祐子が夜の女王,1983),『イリス』(粟国安彦の美しい舞台,1985)など,印象深い舞台をいくつも見たし,森山良子や越路吹雪も聞いた。

 ホワイエでの思い出もある。他のホールでビールやワインを供するようになる前から,日生劇場では幕間にアルコールが飲めた。あるときその列に並んだら前がバリトンの故・立川清登氏で,立川氏のビールを注いだところでタンクが1つ空になった。立川氏は列の後ろのわれわれに向かって「すみませんねえ,この(タンクの最後の)濃いところをもらっちゃいました」。タンクの交換に少し時間がかかることを見越して,後ろに並んでいる人への心配りだった。
 もうひとつは,二期会の『カーチャ・カバノヴァ』(1981)の幕間で,マリファ役で出演しているアルト歌手の夫君とおぼしき人のグループの会話が聞こえてきた。「奥さん,好演ですね」「まあ,地でいってますから」 マリファというのは,嫁いじめをしてヒロインを自殺に追い込む鬼姑である。

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Feb 16, 2008

anniversary musical『ウェディング・シンガー』

 昨年の結婚記念日にはオペラ『ダフネ』を見た。今年はその日の予定は特になかったのだが,前日に急に思い立って,ミュージカル『ウェディング・シンガー』(日生劇場;2月28日まで上演)を見ることにした。
 貧乏な歌手と成金ビジネスマンの2組のカップルがすれ違いもつれていくドタバタコメディだが,ほのぼのとした落ち着きもあって,楽しい。舞台が85年のアメリカという設定がおもしろく,肩にかける巨大な携帯電話が登場したりする(これを見て思いだしたのは→これ)。
 成金ビジネスマン役OKはKRの元夫のダンサーということしか知らなかったが,歌も演技も立派だった。

 そのすぐ前に見たオペラが『サロメ』だったので,悲喜こもごも(?)の anniversary week となった。

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Feb 13, 2008

平安京と羅城門

 ソウルの南大門が放火で焼け落ちたというニュースを見て,『羅生門』に『地獄変』が重なって思い出された。『羅生門』を思い出したのは京都へ行った直後だったせいでもある。

 学生の時,初めて京都へ行った。あまり時間がなかったが,平安京の大きさを実感したいと思って,市電(という乗り物が当時あった)と徒歩で歩き回った。現代の京都に昔の碁盤の目の道を重ね合わせた地図は歴史の教科書でおなじみだったが,実際に歩いてみると「条」の間隔がかなり広いことに驚いた。
 当時,庶民の家は掘っ立て小屋だったし,貴族の家も平屋だっただろうから,都市は平面に広がるほかはないのだが,それにしても都の規模は大きい。これだけ広くては人家のない部分も多く,あちこちで「羅生門状態」になっても不思議はないと思った。

 羅城門(この表記の方が普通)は都の中心を南北に通る朱雀大路の南端にあった。場所は東寺の南西のあたりで,今の京都の中心部からは西にはずれている。したがって,後の京都の街は平安京の東半分に重心を移したことになる。
 昔の道と現代の道の対応もなかなかおもしろい。京都の中心部で見ると,四条・五条の通りは今も大きな道だが,二条・三条はそれほど大きくなくて,代わりにその間の御池通りが大きい。道にも栄枯盛衰がある。

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Feb 11, 2008

太秦天神川駅

 京都へ行ったところ,市営地下鉄東西線の延長開業のポスターが貼ってあった。二条から西へ延びて,西大路御池・太秦天神川の2駅が1月16日に開業したという。Img_0820
 翌日の朝,少し早く出て,その延長区間に乗りに行った。2駅だから正味5分,終点特有のX字型のポイントをゴトゴトと渡り,あっけなく太秦天神川に到着した。Img_0821
 改札を出ると,1番・4番出口の案内があり,2番・3番は書いてない。目の前にエスカレーターが見え,それがどうも3番出口らしいが,フェンスでふさいである(写真で4番とあるのは右へ行く矢印を伴った表示である)。4番出口から地上へ出ると,周りじゅう工事中だった。あとで調べたところ右京区区役所を含む再開発ビルがが3月完成の予定だという。Img_0826
 京福電鉄の嵐山線(嵐電)乗り換えの表示があったので,行ってみる。この部分は嵐電が三条通りの上を走っていて,最寄りの「蚕の社」駅まで300メートルほどある。これも後で調べたところでは,3月にもっと近い乗換駅「嵐電天神川」が開業するという。これまでの四条大宮(阪急)乗り換えより便利だ。次はいつになるかわからないが,きっと厳寒の季節は終わっているだろうから,嵐電で太秦周辺を歩いてみることにしたい。

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Feb 10, 2008

マリインスキー『イーゴリ公』

(承前)
 マリインスキー・オペラのもうひとつの演目『イーゴリ公』の日は大雪だった。この劇場の前回の来日時にも『ジークフリート』の日が雪だったのを思い出す。
 会場は久しぶりのNHKホール(このところなるべく横浜へ行くようにしていた)で,席は,私見ではこのホールでは最良の席である3階サイドの前の方だった(2階のセンターなんかよりずっといい)。

 このオペラはボロディンが完成できずに終わり,一応完成させたリムスキー=コルサコフ+グラズノフの版にも毀誉褒貶があるようで,上演の数だけ版があるという。今回の版は12月の北京公演で初演された「2007年ゲルギエフ版」だとのことで,プログラムに書いてあるものから変更になり,この版の構成を説明したリーフレットが挟んであった。
 『3つのオレンジ』と対照的に,背景の建物の書き割りが少しデフォルメされて軽い感じなのを除いて,古色蒼然のどっしりした舞台だった。これはこれでロシア・オペラの魅力である。
 配布されたメンバー表からタイトルロールの歌手が変更になり,その歌手が非力なのが残念だったが,大合唱とバレエが堪能できればそれでよい。それこそ版によるのだろうが,この曲の合唱は曲の半分ぐらい舞台にいるのではないだろうか。
 「ポロヴェツ人の踊り」の振り付けは,なんと1909年ものを踏襲していた。

 この日は,今回の公演の最終日で,カーテンコールでは恒例の花吹雪が舞った。降りてきた看板には「2011年にまた会いましょう」と書いてあった。

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Feb 09, 2008

マリインスキー『3つのオレンジへの恋』

 今年のマリインスキー・オペラ(サンクト・ペテルブルク)は,4演目のうち『3つのオレンジへの恋』『イーゴリ公』を見た。
 『3つのオレンジ』を見るのは初めてで,先日買ったDVDをざっと見たが,有名な行進曲以外は何も印象に残らないまま当日となった。プロコフィエフの実演に接するのは3曲目で,いずれもこの団体(旧称はキーロフ・オペラ)だったが,今回は初めての喜劇である。会場は上野。

 場内が暗くなって,客席の通路でなにやら制服の男たちが立ち騒ぐのが開演だった。その後も随所で人が客席に(2階センターや3階サイドの席にも)現れる。ミュージカルのように,ピットの前縁に花道が作られていた。
 物語は基本的にコメディアデラルテの定型によっている。おしゃれな色彩の抽象的な舞台装置の中で,大柄の歌手も軽快に走り回っていた。3人の「姫」がいずれも見目形の良い歌手だったのも吉。
 料理女役がバス歌手というのはプロコフィエフのおもしろいアイディア。ズボン役の逆だからスカート役とでもいうべきか。プロコフィエフの音楽は喜劇に合っているようだ。

 前回2006年のこのオペラの公演は過密日程の「圧縮リング」だったが,今回も9日間に4演目を全部で9回公演,しかも2月2日は昼夜違う演目を場所を移動しての上演だった。

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