バイエルン国立歌劇場1974 (1)――70/80年代の外来オペラ
海外のオペラハウスの本格的な引っ越し公演は,1963年のベルリン・ドイツオペラが最初である。このオペラはその後66年,70年にも来日したが,そのころはまだオペラにはあまり興味はなかった。金もなかった。
初めて本格的なオペラを見たのは就職してからで,1974年のバイエルン国立歌劇場(当時の日本語表記は「ミュンヘン・オペラ」)の初来日公演だった。このときは,友人から「関係者を通じて『ばらの騎士』の切符が買えるんだけど」と言われ,それじゃあということで行ってみることにした。
パンフレットを入手して見ているうちにほかの曲も見たくなり,一般発売の前夜から竹橋の毎日新聞社に並んだ。電話予約もなく,プレイガイドに徹夜で並ぶのが普通のことだった時代である。毎日新聞は後援社のひとつなので,普通のプレイガイドよりは買いやすいと推測された。未明の点呼にはやむを得ずタクシーでかけつけたりして,結局『ワルキューレ』の切符を買った。
このときの演目は上記のほか『ドン・ジョヴァンニ』『フィガロの結婚』で,東京では4演目が各3回(いずれも東京文化会館),大阪では『フィガロ』が3回,『ワルキューレ』『ばらの騎士』が各1回,ほかに特別演奏会が4回あった。指揮は『ばらの騎士』がカルロス・クライバー,他がサヴァリッシュとフェルディナント・ライトナーで,クライバーは「第3の指揮者」だった。サヴァリッシュはこのときすでに音楽総監督で,日本では1964年以来N響の指揮でおなじみになっていた。
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