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Dec 01, 2008

越美北線 55.1km

 久しぶりに「鉄」分を補給すべく,少し前の話を――

 10月某日,関西に泊まり,翌日曜日,懸案のひとつだった越美北線に乗りに行った。
 「越美」というのは「越前」と「美濃」で,福井(北陸本線)と美濃太田(高山本線)を結ぶべく両側から工事が始まり,南側が北濃(ほくのう)まで,北側が九頭竜湖(くずりゅうこ)まで開通したが,間の部分は結ばれることなく終わった。「越美南線」をJRから引き継いだ第三セクターの長良川鉄道には,3年前の秋に乗りに行ったので,その相方の北線(こちらはJRに残った)55.1km が懸案になっていた。
Etsumi1

 9:08 福井駅から敦賀へ戻る方向に出発した。5分走って越前花堂(はなんどう)から分岐して,ここからが越美北線である。この駅は線路がすでにY字型に分かれたところにあるので,ホームが別々になっている。間違えて北陸本線の方で待っていた団体客が,あわてて間の通路を走ってやってきた。きっと越美北線など乗ったことがないのだろう。「歴史の町・越前大野」を歩く親子グループだった。
 田園地帯と街と小さな峠が交互に現れる。越前高田周辺はかなり大きな街だった。小和清水(こわしょうず)を出るとトンネルで峠を越え,次の美山を出るとまた山間部となる。越前大宮では,駅名の由来となったと思われる八幡神社が道路の向こうに見えていた。立派な構えの大きな神社だった。Etsumi2

 10:02 ごろ,沿線で一番の街・越前大野着,10分以上停車する。先ほどの団体が下車し,車内は静かになったが,なお30人近い人が乗っている。2両編成のうちの1両が切り離され,その1両は上りに変身した。ホームの向かいに「最後の腕木式信号機」が保存・展示してあった。Etsumi3

 柿ヶ島からは九頭竜川を何度も渡る。トンネルも多く,勝原(かどはら)の先のトンネルは5kmを越えるものだった。
 10:46 終着の九頭竜湖着。山間のわびしい終着駅ではなく,明るい雰囲気のログハウス風駅舎だった。絵はがき型の「到着証明書」をもらった。見たところ周囲の紅葉はまだだったが,駅のそばでは「紅葉まつり」が行われていて,屋台などもあり,思いがけない賑わいがあった。Etsumi4


 地図を見ると,長良川鉄道の終点・北濃駅はほぼ真東にある。もし越美線が全通したとすれば,雁だれを裏返したような形になっていたはずだ。
 12分の滞在で,折り返しは 10:58 発,1日4本の上りのうちの2本目で,乗客は15人ほどだった。越前大野でかなりの乗車があり,最後は35人ぐらいになった。
 向かいの席のおじさんは,ずっと一緒に乗ってきて,折り返した列車でも一緒だった。見ていたところ,山間部では往復とも大部分居眠りをしていた。「眠り鉄」なのかもしれない。
 12:22 元の福井駅の切り欠きホームに到着。帰りは越前大野での長時間停車はなく,行きより14分早かった。

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