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December 2008

Dec 31, 2008

年末年始――今年も・今年は

 今回の正月休みは年内が5日もあるので,ブログもいろいろ書けるかなと思っていたのだが,なにもできずに大晦日になった。

 まさに恒例で,昨年(→参照)と同じく,30日に友人宅で持ち寄りパーティがあり,毎年同じ「ゆで豚」を持参した。
 昨年書いた「次回予定」のとおり,今回はタレにニンニクのみじん切りを入れた。

 年末年始は信州某所へ行くことが多いが,今回は少し暖かい方面へ1日から出かける。
 ブログ上ではおくびにも出さなかった(つもりだ)が,今年は後半に予定が狂って暗転した。その厄落としの意味も少しはある。

 近所の銭湯が,大晦日は年を越えて午前1時まで,元日は朝7時からやっている。元日はあわただしいので,大晦日に行ってみようかと思う。

 本年はこれにて打ち上げ。皆さま,おつきあいいただき,ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

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Dec 24, 2008

ウィーン国立歌劇場1980 (1)――70/80年代の外来オペラ

 ロイヤルオペラに始まった強力な「3連発」の2つめは,1980年9月~10月のウィーン国立歌劇場だった。(この間,80年3月には当時東ベルリンのベルリン国立歌劇場の2度目の来日公演があった。→参照) 5演目,総勢350名,25日間のうちに東京・横浜・大阪で全22回公演という大規模なものだった。
 演目はモーツァルトとリヒャルト・シュトラウスのみで,曲目と公演回数は以下のとおり(等幅フォントで見てください):
               東京  横浜  大阪
  『フィガロの結婚』     3   2   2
  『後宮からの逃走』     3
  『サロメ』         4       1
  『エレクトラ』       3
  『ナクソス島のアリアドネ』 2       2
 東京の会場は,モーツァルト2曲と『ナクソス』の計8回が東京文化会館,シュトラウスの他の2曲の計7回がNHKホールだったから,予定の観客の総数はシュトラウスの方が多かったことになる。
 東京文化会館での私の席は,毎回4階Lの2列目の舞台寄りの方で,ほとんど真横から見下ろす位置だった。

 このときのチケットはどうやって買ったのかについての記憶が薄れているが,行列に並んだり電話をかけまくったりした覚えはないから,専用はがきか何かによる郵送申し込みだったと思う。
 ただし,当時はまだプレイガイドでの売り出しというのがあって,最近知ったことだが,某ブログ関係者は,このときの徹夜の行列で知り合った女性とその後結婚したという。

 最初は10月3日の『フィガロの結婚』だった。『フィガロ』の指揮者は,ちらしではカール・ベームとハインリヒ・ホルライザーの名が併記されていた。初日の9月30日は当然ベームが振るのだろうと思ったが,2回目の10月3日は予測がつかなかった。会場に着いて真っ先に出演者の貼り紙を見ると,指揮はベーム! 後で知ったのだが,キャストはすべて初日と同じ(下記)だった。
 ベームはこのとき86歳。この後『ナクソス』の1回目と大阪の2回の『フィガロ』を指揮している。ベームの指揮に接したのはこれが最後になった。

 DVDで発売になった初日の『フィガロ』のことは昨年書いた(→参照)。以下はその一部の再掲である。
 当時の主要歌手の年齢は,いくつかの資料を総合すると,ヴァイクル(伯爵)38歳,ルチア・ポップ(スザンナ)40歳,ヘルマン・プライ(フィガロ)51歳,ヤノヴィツ(伯爵夫人)42歳,アグネス・バルツァ(ケルビーノ)35歳。ヴァイクルはまあいいとして,他はせめてあと5年早ければと思わないでもないが,それは見たからいえるぜいたくだろう。バルツァは後で,ベームから直々に頼まれたので歌ったが,ケルビーノは今後歌わない,と語っていた。ポップ,プライの2人はすでに他界した。
 28年前だから,もう一世代にあたる年月が経過したことになる。
                  (この項続く

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Dec 21, 2008

居酒屋3軒 値上げはあったが

 先日はコーヒーの値上げのことを書いたが,この夏から秋にかけて,ときどき行っている居酒屋でも値上げがいろいろあった。
 池袋西口の繁華街に3軒の店を出している「豊田屋」(→参照)では,300円だったカキフライが320円,といった具合で,値上げ品目は安いものが中心で部分的であり,看板のやきとんやモツ煮込みはそのまま。壁に貼った短冊のメニューは,元の値段を塗りつぶして上に紙を貼って書き直したりしている。

 ときどきわざわざ行く名店「斎藤酒場」(十条)(→参照)では,元々浮世離れした200円という値段だった名物のカレーコロッケ,串カツが220円になった。それでも破格の安値であることには変わりなく,文句をいう客などいない。
 この前行ったとき,隣に米国人(たぶん)2人と日本人女性1人のグループが来ていた。米国人のうちの1人は非常に「居酒屋慣れ」していて,「アジフライとポテトサラダください」などとちゃんとカタカナの発音で注文していた。
 形がすべて異なる木のテーブル,おかみさんと4人のおねえさんたち,壁に貼られた前田憲男や太田和彦の色紙も「健在」である。

 もうひとつは,やや遠いのでたまにだが,でもわざわざ行く「鳥万」(蒲田)(→参照;→参照)。1,2年前に焼き鳥が1本80円から90円になっているが,今回はその他のかなり多くの品目の値上げで,中心価格帯だった300円のものが360円から380円になっている。もちろん,この店だからこそ,400円近くする食べ物が高い部類だと感じるのだが。
 ここの四方の壁は短冊メニューに覆い尽くされている。短冊の位置・順序はまったく不規則で,当然同じ品目の短冊が複数の場所に貼ってある。値上げ後初めて行ったときにふと見たら,同じ品物の値段が短冊によって異なっているものがあったので指摘したところ,「あらごめんなさい。残念ながら高い方が合ってるの」とのお言葉だった。
 ここは冬は殻つきの酢ガキや鍋物(大部分400円台!)がありがたい。

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Dec 17, 2008

見送りの伝統

 かつては駅での「見送り」ということがよく行われた。私は自分では経験がないが,結婚披露宴のあと,新婚旅行への出発を駅のホームで見送るということがよくあった。
 私の友人が続々と結婚した70年代後半には,海外へ行く人も増え,国内でも飛行機でということが多くなるなどで,当日出発を見送ることもなくなったが,転勤する友人を見送ったことは何度かある。
 例えば,福岡へ転勤になって寝台特急「あさかぜ」で出発するM君を東京駅に,入社時研修を終えて北海道勤務となり「はくつる」か何かで出発するT君を上野駅に見送りに行った。どちらも,会社の上司や同僚,同期生などが夜のホームにたくさん来ていた。北海道・九州へは鉄道のシェアがまだ大きいころで,特に寝台特急のステータスは高かった。
 高校の時には,遠くへ転任する先生の見送りに,横浜駅に行ったこともある。このときは,寝台特急が出発するホームが制服姿に埋め尽くされて,異様な光景だった。

 昔々,横浜港から船で「洋行」する人の見送りには,横浜まで行って1泊したというような「伝統」には比べるべくもないが,70年代には,留学する友人や,会社が関係していた海外旅行の団体を,羽田空港(成田でなく!)へ送りに行ったこともあった。
 しかし今は,海外赴任などの際も,空港での見送りは,家族以外,非常に少なくなっているのではなかろうか。

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Dec 15, 2008

豆香房とドトール

 この半年,いろいろな物価が上がったが,ほぼ毎日のことに影響があったのはコーヒーの値上げである。
 ドトールのブレンドSが180円から200円になり,神保町ローカルでは豆香房(まめこうぼう)(神保町1-39;ほかに三崎町店・神田西口店があるとのこと)のコーヒーMが160円から180円になった。
 ドトールでは,コーヒーのほかにベーグルサンドが秋の「モデルチェンジ」で「カンパーニュサンド」に替わり,内容が違うとはいうものの結果的に60~70円の値上げになった。幸か不幸か,カンパーニュサンドのうちの1種は「ローストチキンとかぼちゃのバルサミコソース」で,カボチャを不得意科目とする身には縁がない。

 豆香房は,特にドトールの小川町3-7にあった店がなくなって以降,よく利用している。スタンダードのコーヒーが毎日,しかも朝・昼・午後と時間によって替わる。全部で35種類あるとのこと。もちろん,味はとても覚えられないが,ドトールなどのチェーンにはない楽しみである。
 今回の値上げは11月10日だったが,その予定と,チケット(回数券)は値上げ後も差額なしで使えるということを,早くから予告していた。狭い店をフル回転させて安い値段でがんばってきたことと,値上げの際のこうした「立派な態度」を考慮し,私はチケットの値上げ前購入は1冊だけにしておいたが,直前にはやはりチケットが飛ぶように売れていた。
 したがって,店にとっては値上げによる増収はまだ少ないのだろうと思うが,一方で円高が進んだので,輸入産業としてはほっと一息というところかもしれない。

 某駅の自転車置き場の「当日券」の回数券というのを使っていたことがあった。この回数券が豆香房のチケットにちょっと似ているので,一度自転車置き場で豆香房のチケットを出してしまい,係の人をきょとんとさせてしまった。

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Dec 14, 2008

2008年のオペラ

 今年はもうオペラの予定はないので、「本拠地」の見たオペラのリストと作曲家・曲目別集計表を更新した。
 今年見たオペラは22本だった。うち,新国立劇場が10回,他の国内の団体が4回,外来(マリインスキー,ウィーン・フォルクスオーパー,ウィーン国立)が8回である。(他に,ミュージカル等が4回)

 今年の特徴は,初めて見る演目が
  『3つのオレンジへの恋』
  『妖精』(ワグナー)
  『どろぼうかささぎ』
  『軍人たち』(ツィマーマン)
  『ボッカチオ』(スッペ)
  『マルタ』(フロトー)
  『ロベルト・デヴェリュー』(ドニゼッティ)
  『マクロプロス家の事』(ヤナーチェク)
と8本もあったことである。これは,「なんでも初めて」だった80年代前半以来のことである。しかも,そのうち3つは作曲家として初めてだった(ツィマーマン,スッペ,フロトー)。

 (2004年1~3月に初めてのオペラが5本集中したことがあった。→参照

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Dec 11, 2008

石田千『踏切みやげ』

 「鉄」としての興味と俳句への興味から,石田千『踏切みやげ』(平凡社)を読んだ。『彷書月刊』(→参照)に連載されているエッセイ38篇をまとめたもので,各篇とも最初に一句あり,その後に踏切探訪の記が続く。(平凡社は,昔私が住んでいた場所のすぐ近くに移転していた。)
 訪問先は東京とその周辺が多いが,旅先でというのもあって,友人との旅行で,著者が踏切を渡ってまた戻ってくるのを友人が待っている場面もあったりする。踏切だけではなく,街を観察し,人を眺め,食べ物屋に入り,時にビールも飲む。
 この著者の本は初めてだった(実はかなりの著書がある人だった)。どこにも性別は書いていなくて,まあ雰囲気から女性だろうと思ったが,なかなか「確証」を得られなかった。女性であることがはっきりしたのは,本の後半,立ち寄った銭湯でのおばあさんたちの入浴風景が描かれているところでだった。著者は,踏切を探訪するとしばしば風呂屋にも寄る。

 鉄道趣味にはいろいろな「ジャンル」があるが,踏切の探訪・観察も,多数派ではないかもしれないが確固たる分野であり,「専門書」も出ている(例:→参照)。しかし,これだけ文学的な踏切本は初めてである。

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Dec 01, 2008

越美北線 55.1km

 久しぶりに「鉄」分を補給すべく,少し前の話を――

 10月某日,関西に泊まり,翌日曜日,懸案のひとつだった越美北線に乗りに行った。
 「越美」というのは「越前」と「美濃」で,福井(北陸本線)と美濃太田(高山本線)を結ぶべく両側から工事が始まり,南側が北濃(ほくのう)まで,北側が九頭竜湖(くずりゅうこ)まで開通したが,間の部分は結ばれることなく終わった。「越美南線」をJRから引き継いだ第三セクターの長良川鉄道には,3年前の秋に乗りに行ったので,その相方の北線(こちらはJRに残った)55.1km が懸案になっていた。
Etsumi1

 9:08 福井駅から敦賀へ戻る方向に出発した。5分走って越前花堂(はなんどう)から分岐して,ここからが越美北線である。この駅は線路がすでにY字型に分かれたところにあるので,ホームが別々になっている。間違えて北陸本線の方で待っていた団体客が,あわてて間の通路を走ってやってきた。きっと越美北線など乗ったことがないのだろう。「歴史の町・越前大野」を歩く親子グループだった。
 田園地帯と街と小さな峠が交互に現れる。越前高田周辺はかなり大きな街だった。小和清水(こわしょうず)を出るとトンネルで峠を越え,次の美山を出るとまた山間部となる。越前大宮では,駅名の由来となったと思われる八幡神社が道路の向こうに見えていた。立派な構えの大きな神社だった。Etsumi2

 10:02 ごろ,沿線で一番の街・越前大野着,10分以上停車する。先ほどの団体が下車し,車内は静かになったが,なお30人近い人が乗っている。2両編成のうちの1両が切り離され,その1両は上りに変身した。ホームの向かいに「最後の腕木式信号機」が保存・展示してあった。Etsumi3

 柿ヶ島からは九頭竜川を何度も渡る。トンネルも多く,勝原(かどはら)の先のトンネルは5kmを越えるものだった。
 10:46 終着の九頭竜湖着。山間のわびしい終着駅ではなく,明るい雰囲気のログハウス風駅舎だった。絵はがき型の「到着証明書」をもらった。見たところ周囲の紅葉はまだだったが,駅のそばでは「紅葉まつり」が行われていて,屋台などもあり,思いがけない賑わいがあった。Etsumi4


 地図を見ると,長良川鉄道の終点・北濃駅はほぼ真東にある。もし越美線が全通したとすれば,雁だれを裏返したような形になっていたはずだ。
 12分の滞在で,折り返しは 10:58 発,1日4本の上りのうちの2本目で,乗客は15人ほどだった。越前大野でかなりの乗車があり,最後は35人ぐらいになった。
 向かいの席のおじさんは,ずっと一緒に乗ってきて,折り返した列車でも一緒だった。見ていたところ,山間部では往復とも大部分居眠りをしていた。「眠り鉄」なのかもしれない。
 12:22 元の福井駅の切り欠きホームに到着。帰りは越前大野での長時間停車はなく,行きより14分早かった。

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