« 富士山の大きさ | Main | 倉庫へ1日3往復――アルバイトの思い出 »

Jan 12, 2009

ウィーン国立歌劇場1980 (2)――70/80年代の外来オペラ

承前
 今では考えられないことだが,このときの公演では,チケット購入者には,主催者から対訳本が送られてきた。5演目全部の人が対象だったのかもしれない。レコード(LP)に付属しているもののリプリントで,モーツァルト編とシュトラウス編の2冊からなっていた。(しかも,最初のに乱丁かなにかがあったとかで,少しして訂正版が送られてきた。)
 「字幕以前」の時代だから,公演日を待ち望みつつ,これを読んで一生懸命予習をしたのだった。

 さて,『フィガロ』の次は,10月10日に『後宮からの逃走』,11日に『サロメ』,19日に『エレクトラ』を見た。(「後宮」という言葉は,このオペラの題名以外では,入力の機会のない言葉だ。)
 『後宮からの逃走』は5演目の中ではもっとも印象が薄くなってしまったが,若々しく弾けるような音楽を楽しんだ。私でも名前に覚えのある名優クルト・ユルゲンスが語り役の太守セリムだったが,いかにも老人の声で,ご隠居さん風だった。

 翌日は『サロメ』。これまでに,モーツァルトの3大オペラ以外ではもっとも多い回数見ている『サロメ』だが,このときが初めてだった。主な役はダブルキャストで,この日のタイトルロールは当時53歳のレオニー・リザネック,ヨカナーンは『フィガロ』に続いてのベルント・ヴァイクル,指揮はホルスト・シュタインだった。
 リザネックの歌は立派だった。しかし少女らしさはまったくない。「7つのヴェールの踊り」は,隣(後の同居人)の目を気にしつつ,ずっとオペラグラスで見ていたが,ほとんど黒ばかりの地味なヴェールをほんの印ばかりに何枚か脱いで,舞台中央をどたどたと左回りに走っていた。もちろん,年の割には激しい踊りだったのだが。

 次の『エレクトラ』のある19日に,私は関西へ出張することになっていた。開演は7時だが,「のぞみ」のないころで,2時半には新幹線に乗る必要がある。それでいろいろ画策して,用事は翌朝9時からにしてもらって,前日に関西入りした。オペラは13日から17日まで大阪公演(3演目5公演)だったから,ちょうどそれが東京へ戻るのとすれ違ったことになる。
 『エレクトラ』はこの日が初日だった。エレクトラがビルギット・ニルソン,クリソテミスがリザネックという強力な姉妹,指揮はベリスラフ・クロブチャールだった。ニルソンは,74年のバイエルン国立歌劇場のブリュンヒルデ(ワルキューレ)に予定されていたが結局来なくて,生で聞いたのはこれが最初で最後となった。
 歌もすごかったと思うが,この曲では何よりも,2階奥のひどい席までがんがん響いてくる大編成のオーケストラの響きに圧倒された。それまでにステージ上のウィーン・フィルは何度か聞いていたが,オペラのピットの中からわき上がってくる激しくも美しい音は,コンサートとはまた違う魅力を持っていた。
 このときのロビーには,どうも主催者の関係で動員されたとおぼしきおばさんたちが,慣れないロングスカートなどを着て,たむろしていた。座ると,後ろの席から,「あら,どうしましょ,休憩なしなんだって」などと言う声も聞こえた。NHKホールはそれでも満員にはならなかった。
 『エレクトラ』は,その後演奏会形式の公演には2回接したが,オペラの舞台を見たのは2004年の新国立劇場が24年ぶり2回目だった。
                  (この項続く

|

« 富士山の大きさ | Main | 倉庫へ1日3往復――アルバイトの思い出 »

Comments

クルト・ユルゲンスが Bassa Selim を演じたのですか。存在感のあるいい俳優でした。(^_^) あの役は演劇畑でもけっこう名の通った俳優さんが演じることが多いですね。

ニルソンはわたしも1回か2回しか聴いた記憶がありません。

Posted by: 【篠の風】 | Jan 15, 2009 at 06:48 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23118/43717596

Listed below are links to weblogs that reference ウィーン国立歌劇場1980 (2)――70/80年代の外来オペラ:

« 富士山の大きさ | Main | 倉庫へ1日3往復――アルバイトの思い出 »