« December 2008 | Main | February 2009 »

January 2009

Jan 31, 2009

フォト日記――神保町の1月

◇ホワイトカレーの赤い看板(チャボ)
 参照:「本拠地」の「神保町昼食ニュース」12月号
Img_1995a
 
 
 
 
◇冬日の中の夏ミカン(錦華通り)
Img_1997a
 
 
 
 
 
◇錦町更科の大河ドラマメニュー
Img_1998a
 
 
 
 ――ちなみに12月は紅白歌合戦でした。
Img_1895a
 
 
 
 
◇「新年と2月とする」と言われても…(すずらん通りの少し南の古い居酒屋)
Img_2002a
 
 
 
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 30, 2009

たった数日で

 この前の週末は,精神的に疲れる用事が重なって,ブログを書く余裕がなかった。その最中に,会社関係の訃報が飛びこんできた。
 月曜から水曜まで,その関係の用事であわただしく過ごしたが,昨日の木曜は一応日常に戻り,夜は某繁華街の居酒屋Fに行った。そこで聞いたのが,Fのベテラン店員のタエコさんが肺ガンで急死したという衝撃の知らせだった。
 なにしろ,たった10日前に会ったばかりである。その時も「疲れた」と言ってはいたが,それはいつものことで,大勢の客を相手に細い体で忙しく働いていた。その次,先週の金曜日に行ったときは珍しく休んでいて,「なんだか体調が悪くて休みなんだって」と聞いた。ガンでたった数日でなんて,思いもよらなかった。
 いちばん古くからの常連のIさんは,いつものように大声で,しかし時に涙声で,早くから休ませてやればなあ,と繰り返していた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 20, 2009

iPod 長い曲名の表示?

 iPod touch を使い始めて1か月過ぎ,この間,パソコン上の iTunes経由で手持ちのCDを50枚近く入れた。
 音楽自体の取り込みにはもちろん何の問題もない。CD1枚をパソコンでmp3データにするのに4,5分,iPod にコピーするのに10秒ほどである。それに対して,曲目その他のデータは,CDによっていろいろな取り込まれ方になる。例えば,「アーティスト」の欄が「Johann Sebastian Bach」になったり(そりゃ artist には違いないが),2枚組CDの1枚目のタイトルと2枚目のタイトルが違っていたりした。いずれもこんな形の利用など想定されていなかったころのCDだから,当然といえば当然である。
 中には,廉価版の新しい輸入CDで,曲目データが一切なくて,「トラック1」「トラック2」…としか表示されないのがあり,しかたなく iTunes上で手作業で入力した。

 どなたかにご教示いただければと思うのだが,iPod 上の曲目リストや演奏中の画面で,長い曲名の後ろの方を見る方法はないのだろうか。演奏中の画面では,例えば Bach: Well-Tempered Clavier... までしか見えない。横位置にすると少し長く表示されるが,それでも Bach: Well-Tempered Clavier, Book 2 Pre... までである。
 とりあえずの解決としては,あるブログ記事を参考に,曲名を「歌詞」のページにコピーしておく,という手を思いついて実行してみたところ,演奏中の画面での表示は一応うまくいった。しかし,ひとつひとつコピー&ペーストが必要なので,けっこう面倒だった。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Jan 18, 2009

40年前

 ちょうど40年前の1月18日~19日,東大・安田講堂の「封鎖解除」が行われた。全共闘に関わっていたか否かを問わず,当時学生だった者にとっては忘れがたい日である。
 職場の先輩によると,このとき神田も,東大全共闘を支援するグループが機動隊と衝突したり逃げ回ったりで騒然とし,催涙ガスも立ちこめて,18日は定時より早く終業になったという。このころ,神保町には地下鉄はまだ通っていなくて,主な交通機関は国電(お茶の水駅)と都電だったはずである。(地下鉄・東西線は開通していて,竹橋駅は利用できた。)

 当時の神田地区は大学の大規模な郊外移転が始まる前で,学生が非常に多く,パリの学生運動にならって「神田カルチェラタン」が(学生の主観では)形成されていた。全国的にも,69年にまともに授業が行われた大学は非常に少なかった。
 この年,東大の入試は中止になった。一部の国立大学は急遽定員を少し増やしたが,東大1学年の分にはとても足りなかった。このときの都立日比谷高校の生徒を主人公にしたのが,庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』である(→参照)。そこでは,「エンジにあう」という言葉が「(東大を受けられなくて)東工大に行く」という意味で使われていた。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

Jan 17, 2009

ウィーン国立歌劇場1980 (3)――70/80年代の外来オペラ

承前
 『エレクトラ』が終わると,残るは10月25日の『ナクソス島のアリアドネ』のみとなった。
 しかし,11日の『サロメ』の「7つのヴェールの踊り」が視覚的には物足りなかったので,ダブルキャストのもう一人だとどうなのだろうというのがどうしても気になってきた。次はいつ見られるかわからない,22日の最後の公演に行ってみるしかない,と思考が短絡して,22日は午後から休みとしてNHKホールの当日券売り場を目指した。
 当日券を求める行列はそれほどたいした人数ではなかったので,入ること自体には問題なさそうだったが,出演者はまだ掲示されていなかった。販売が始まって行列が進み,すぐ前のおじさん(といっても今の私よりずっと若かったのだろう)の番になった。彼は私と同じことを考えていて,今日のサロメはだれかを窓口の係の男性に尋ねた。
 「カラン・アームストロングです」と窓口氏。「えーと,それは…」とおじさんが言うと,窓口氏はその質問の趣旨に気づいて「あ,若い方です」と的確な(!)答えをした。これで安心して当日券を買った。

 この日の『サロメ』は,指揮がホルライザーだったのを初め,ナラボート以外,ダブルキャストになっている役はすべて11日と違う歌手だった。
 カラン・アームストロングのサロメは,やはりリザネックに比べると少女らしさも少しはある歌いっぷりだった。こちらの耳も慣れて少し落ち着いて見ることができた。
 そして「7つのヴェールの踊り」は,リザネックとまったく違う振付だった。この日は隣にパートナーがいなかったこともあり,ずっとオペラグラスで見続けた。最後は,遠目には全裸に見えるボディタイツになり,スタイルの良い肢体を披露した。このときの不鮮明な写真が,オーストリアかドイツの新聞に掲載されたのを後で見た。隠し撮りだったのかもしれない。後に知ったところでは,実はアームストロングは当時38歳だったのだが,20代といっても通じる美しいプロポーションだった。
 彼女はそれから9年後に,東京交響楽団の定期で再びサロメを歌ったが,このときは踊りはバレリーナが担当した。(その他 →参照

 10月25日,ついに最後の演目『ナクソス島のアリアドネ』となった。8日の1回目はベームが振ったが,この日の指揮はクロブチャールだった。ベームはもう日本を離れていたのだろう。
 ツェルビネッタはこのとき初来日のエディタ・グルベローヴァ。その前のザルツブルク音楽祭で「これは“ナクソス島のツェルビネッタ”とすべきだ」と絶賛されたという話は聞いていたが,聞きしにまさる素晴らしさだった。コロラトゥーラの超絶技巧の部分も口笛を吹くように簡単そうで,しかも歌も演技もかわいらしく,ただただ感嘆するほかはなかった。特に長大なアリア「偉大なる女王様」の後の拍手は,これまでに経験したオペラ途中の拍手の中で最長だった。ほかに,作曲家役のアグネス・バルツァも良かった。
 このプロダクションについてはグルベローヴァのことばかり語られるが,舞台装置がよくできていることも特筆ものだった。序幕では,邸宅内に作られたオペラの舞台の裏側が見えていて,きわめて精巧な楽屋落ちものというべきか,そこで開幕前のドタバタが繰り広げられる。前述のように東京文化会館の4階Lの舞台寄りの席だったので,舞台上の動きが手に取るように見えた。(この演出による映画版DVDについては →参照
 もうひとつ,『エレクトラ』『サロメ』の約3分の1の36人編成の小さなオーケストラが,精妙で,しかもよく響く豊かな音を奏でた。ウィーンならではの音だった。

 かくして,夢のようなウィーン漬けの20日間が終わり,翌年はスカラ座を迎えることになる。
             (この項終わり)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 14, 2009

倉庫へ1日3往復――アルバイトの思い出

 遠い学生時代に,ある会社の都内の本社と郊外の工場・倉庫との間を書類を持って往復するというアルバイトをしたことがある。
 それは日本橋に本社のある寝具の会社で,着いてみると会社というより商店だった。入口では風呂屋の番台のような感じでおじさんがにらみを利かせていた。友人からの指示のとおりに「口上」を述べると,おじさんは奥に向けて「バイトさんだよ」とどなった。
 簡単な説明を受け,運ぶべき書類と,電車の定期,自転車のカギを渡された。地下鉄を1回乗り換えてあとは郊外の駅まで直通で,乗っている時間は40分ほどである。駅の自転車置き場にある「社用車」に乗り,10分あまりで工場の片隅の事務所に着いた。そこで,こんどは本社へ運ぶ書類を受け取り,引き返す。時には書類だけでなく,布地や綿・羽毛の見本なども運んだ。
 友人の都合が悪いときの穴埋めだったので不規則に断続的に計20日ぐらい,通常1日3往復した。バイト代はあまりたいしたことはなかったが,往復の電車で本が読めるのがありがたかった。このときに駒田信二訳の『水滸伝』を読んだ覚えがある。接続が良くて少し時間に余裕ができたときなどには,駅の反対側の某大学をちょっとうろついてみたりもした。
 メールはおろか,ファックスもない時代だった。ファックスが企業に普及し始めたたぶん70年代末ぐらいには,こうしたアルバイトは必要がなくなったはずである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 12, 2009

ウィーン国立歌劇場1980 (2)――70/80年代の外来オペラ

承前
 今では考えられないことだが,このときの公演では,チケット購入者には,主催者から対訳本が送られてきた。5演目全部の人が対象だったのかもしれない。レコード(LP)に付属しているもののリプリントで,モーツァルト編とシュトラウス編の2冊からなっていた。(しかも,最初のに乱丁かなにかがあったとかで,少しして訂正版が送られてきた。)
 「字幕以前」の時代だから,公演日を待ち望みつつ,これを読んで一生懸命予習をしたのだった。

 さて,『フィガロ』の次は,10月10日に『後宮からの逃走』,11日に『サロメ』,19日に『エレクトラ』を見た。(「後宮」という言葉は,このオペラの題名以外では,入力の機会のない言葉だ。)
 『後宮からの逃走』は5演目の中ではもっとも印象が薄くなってしまったが,若々しく弾けるような音楽を楽しんだ。私でも名前に覚えのある名優クルト・ユルゲンスが語り役の太守セリムだったが,いかにも老人の声で,ご隠居さん風だった。

 翌日は『サロメ』。これまでに,モーツァルトの3大オペラ以外ではもっとも多い回数見ている『サロメ』だが,このときが初めてだった。主な役はダブルキャストで,この日のタイトルロールは当時53歳のレオニー・リザネック,ヨカナーンは『フィガロ』に続いてのベルント・ヴァイクル,指揮はホルスト・シュタインだった。
 リザネックの歌は立派だった。しかし少女らしさはまったくない。「7つのヴェールの踊り」は,隣(後の同居人)の目を気にしつつ,ずっとオペラグラスで見ていたが,ほとんど黒ばかりの地味なヴェールをほんの印ばかりに何枚か脱いで,舞台中央をどたどたと左回りに走っていた。もちろん,年の割には激しい踊りだったのだが。

 次の『エレクトラ』のある19日に,私は関西へ出張することになっていた。開演は7時だが,「のぞみ」のないころで,2時半には新幹線に乗る必要がある。それでいろいろ画策して,用事は翌朝9時からにしてもらって,前日に関西入りした。オペラは13日から17日まで大阪公演(3演目5公演)だったから,ちょうどそれが東京へ戻るのとすれ違ったことになる。
 『エレクトラ』はこの日が初日だった。エレクトラがビルギット・ニルソン,クリソテミスがリザネックという強力な姉妹,指揮はベリスラフ・クロブチャールだった。ニルソンは,74年のバイエルン国立歌劇場のブリュンヒルデ(ワルキューレ)に予定されていたが結局来なくて,生で聞いたのはこれが最初で最後となった。
 歌もすごかったと思うが,この曲では何よりも,2階奥のひどい席までがんがん響いてくる大編成のオーケストラの響きに圧倒された。それまでにステージ上のウィーン・フィルは何度か聞いていたが,オペラのピットの中からわき上がってくる激しくも美しい音は,コンサートとはまた違う魅力を持っていた。
 このときのロビーには,どうも主催者の関係で動員されたとおぼしきおばさんたちが,慣れないロングスカートなどを着て,たむろしていた。座ると,後ろの席から,「あら,どうしましょ,休憩なしなんだって」などと言う声も聞こえた。NHKホールはそれでも満員にはならなかった。
 『エレクトラ』は,その後演奏会形式の公演には2回接したが,オペラの舞台を見たのは2004年の新国立劇場が24年ぶり2回目だった。
                  (この項続く

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Jan 10, 2009

富士山の大きさ

 正月に首都高速・東名高速を南西に向かったとき,快晴に恵まれて,都内からも富士山がいつもよりずいぶん大きく見えた。
 当たり前のことだが,富士山は近くで見るとやたらと大きい。東名高速を走っていて,あるいは新幹線に乗っていると,富士山が見えるたびに巨大化していく。
 鉄道からの眺めで富士山がもっとも大きく見えるのは,私の経験では身延線の富士宮付近である。そこでは,富士山は空の3分の1を占めるかと思うほど巨大である。しかも,晴れていれば目の前の山麓から山頂までひとつながりに見えるので,すぐにでも登れそうな感じがする。
 これに次いでは,御殿場線の御殿場付近が富士山頂に近い。富士宮付近でのような強い印象はないが,東海道線から見るよりははるかに大きい。

 1934年に丹那トンネル経由になる前は,東海道本線は今の御殿場線のルートを走っていた。東海道線の旅人にとって,昔は富士山は今よりずっと近く,大きく見えたはずである。
 丹那トンネル開通のの数か月前に日本にやってきた当時20歳のあるドイツ人の回想にも,富士山が出てきた。彼は船で神戸に着き,東海道線の夜行で東京に向かった。夜になると男女とも「下着姿」になってしまうのに驚いたりした翌朝,車窓から富士山を見て深い感銘を受けたという。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 08, 2009

夜空いっぱいのバッハ―― iPod を購入

 12月中旬に,仕事上の必要も少しはあって iPod touch を買った。
 「ほとんどパソコン」の高機能の機械のはずだがマニュアルは紙っぺら1枚で,最初は使い始めるのにまず必要な「ロックの解除」の仕方がわからなかったのをはじめ,Mac由来と思われる独特の文化にとまどうことが多かった。(後でネット上の pdfマニュアルをダウンロードしたら,114ページあった。)
 それでも,なんとかいろいろな設定をすませ,iTunes経由で辞書アプリを購入し,無料の数独アプリをダウンロードするなどしてしだいに「装備」が整のった。最初に,こりゃあすごいや,と思ったのは,辞書の見やすい画面を見たときである。その他,日常的に必要というわけではないが,公衆無線LANに加入してあったのが役に立って,駅などでネットもPCメールも見られる。

 「本業」の音楽プレーヤーとしては,通勤が地下鉄で弱音をちゃんと聞けるような状態ではないので,ずっと聞いているわけではないが,ちょっとした気分転換によい。室内楽やバロックの合奏,ピアノ曲,ジャズの3~5重奏を中心に20枚ほどのCDを,正月休みの終わりまでに入れて持ち歩いている。
 付属のイヤホンには大きな期待はしていなかったのだが,これが予想を大きく上回る音質だった。すぐに別にイヤホンが必要になるだろうと思っていたのだが,もう少し情報収集をしてからということにした。
 ある日バスに乗るときにバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタをかけた。降りて,バスが去って静かになると,バッハが夜空いっぱいに広がり,近所の道がコンサートホールになった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 05, 2009

13年連用日記

 遅ればせながら,

  ~~~~ あけましておめでとうございます ~~~~

 このブログは,今年3月で開設からまる5年となります。
 今年もよろしくお願い申しあげます。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 3が日は出かけていたので,4日にデータ関係の年初の諸行事を行った。
 諸行事というのは,まず,昨年1年の昼食データをまとめて「本拠地」の「神保町の昼食」のページに掲出することで,月例の昼食レポートの作成と併せて正味5時間以上かかってしまった。2008年の神保町近辺での昼食は212回,行った店は130軒,うち初訪問の店が41軒で,値段の平均は896円だった。

 続いては,Accessを使ってつけている日記の2009年部分の作成である。紙の日記帳をやめてデジタルにしたのは1997年からであり,毎年の同じ日付のところを並べて見られるフォームにしてある。そのフォームに2009年分を書き込む窓を作成し,2008年までの窓を下にずらした。「13年連用日記」となった。
 ほんとうは,たかが日記帳に超高機能データベースソフトAccessを使うのは,正宗の名刀でダイコンを切るようなものなのだが――いや,このたとえはダイコンに失礼か。

 もうひとつのダイコンは業務日誌で,これも同様に2009年部分の入力窓を作成した。実は,昼食もこの日誌に記録してあり,上記のまとめ作業ではこの中の昼食データを取り出して,あれこれカウントしたりする。日誌は1999年からだが,昼食の記録は2001年からである。Img_1966b

 これを終えたらもう夕方だったので,某居酒屋へ新年のごあいさつ。今年は1日に出先で見事な富士山を拝んだのでこれをもって初詣とし,通常の初詣は省略とした。
 考えてみると,観光で神社仏閣へ行くのを別にすると,大部分の人にとっては「初詣=終詣」なのだろう。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« December 2008 | Main | February 2009 »