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April 2009

Apr 26, 2009

無用の短物

Img_2312 横須賀線の鎌倉駅東口(八幡宮側)の改札口に上がるところにあるエスカレーターは,妙に短いなあといつも思っていた。なにしろ,階段8段分しかないのである(写真上)。このぐらい短いと,お年寄りでも乗らない人が多い。
 しかし,先日,久しぶりに行った西口(江ノ電側)改札手前でもっと珍しいものを見つけた。わずか階段5段分の高さを往復するエレベーターである。
Img_2309 「このエレベーターはホームへは行きません」という貼り紙がしてあるので,それじゃどこへ行くのかと思うと,下の写真の左の方に見える階段を5段上がった改札口のレベルまで,エレベーターの箱の高さの半分弱上がるだけなのだった。なんとも杓子定規な完全バリアフリー化である。

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Apr 22, 2009

ピアノ曲の管弦楽編曲

 近所に,室内楽やピアノ曲を控えめな音で流している蕎麦屋がある。先日,その店で聞こえてきたピアノの曲が,確かに知っている曲なのに,最初のうち題名がわからなかった。やがて,ますますよく知っている華麗なワルツの部分になり,少ししてやっとわかった。ウェーバーの「舞踏への勧誘」だった。管弦楽曲として長年なじんでいたので,原曲のピアノ曲として意識することがほとんどなかったのである。
 この曲の題名は,本来なら「ダンスへのお誘い」と言ったっていいはずだが,戦前に定着したと思われる「舞踏への勧誘」という訳は,ゆるぎそうもない。
 そういえば,昔持っていたこの曲のLPは,巨匠クナッパーツブッシュとウィーン・フィルという立派すぎるコンビによるものだった。クナほどの大物ならば時代がかった訳がふさわしいのかもしれないが。

 ムソルグスキーの「展覧会の絵」や,ラヴェルの「マメールロワ」「クープランの墓」「亡き王女のためのパヴァーヌ」なども,先に管弦楽曲として知ってしまったので,ピアノ曲として後から聞いて,逆に新鮮だった覚えがある。

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Apr 20, 2009

スパむ,スパむとき,スパめば

 個人のアドレスあてのスパムメールは,一時一日300通以上になっていたが,去年,プロバイダーで用意しているスパムブロックサービスの設定をしてからほぼ全滅した。かいくぐって到着するのは1日3,4通である。
 このサービスでは,ブロックしたメールを到着後1週間はネット上で確認できるようになっている。それによると,私あてのスパムメールは1日500通近くになっているらしい。

 このごろ,当ブログあてのスパム・トラックバックはほとんどないが,スパム・コメントは毎週やってくる。それも,2004年12月の「京都にて」という特定の記事に寄せられる。スパム・コメンターは京都がお気に入りらしい。

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Apr 18, 2009

新国立劇場の『ラインの黄金』『ワルキューレ』

 新国立劇場の『ニーベルングの指環』の前半『ラインの黄金』(3月),『ワルキューレ』(4月)を見た。キース・ウォーナー演出により,2001年から2004年まで毎年春に1つずつ初演された「トーキョーリング」の再演である。同じ演出の『リング』の2回目を見るのは初めての経験である。
 7~8年も間が空いているので当然だが,忘れていることが多い。特に『ラインの黄金』は,白い舞台に色とりどりの風船が舞う遊園地のような「ワルハラへの入城」の場面はよく覚えていたが,そこに至る場面には見覚えがないところが多かった。それでもその途中で,この後白い場面に鮮やかに転換するから最後が印象的だったのだな,と気づいた。
 そこへいくと,『ワルキューレ』の方が覚えている場面が多かった。のべつ幕なしの序夜と違って3幕に分かれていて,それぞれに特徴的なものがあったからかなと思うが,単に前回の体調のせいもあるかもしれない。『ワルキューレ』で前回もっとも印象的だったのだは3幕の巨大な木馬だったのだが,最後の場面では引っ込んでしまうので,木馬が登場している時間は意外と短かった。
 その最後の炎の場面では,ベッドの周りに本物の火が燃え上がる。真ん中で寝ているブリュンヒルデ役としては怖いだろうなと同情した。

 指揮者は,前回は準メルクル。比較的さっぱり・あっさり系で,演出の「明るさ」の部分によく合っていたともいえるのに対し,今回のダン・エッティンガーは,ゆったり・もっさり系だった。(エッティンガーは新国立劇場には何度も出ていて,これまではそういう感じはあまりしなかったのだが。)それでも,『ワルキューレ』の3幕で,テンポはゆっくりでも気分が前向きになってきて一応のまとまりを見せたのは,『ワルキューレ』という曲自身の持つ力に突き動かされたのかなと思った。
 帰りの電車の中で,オーケストラのヴァイオリン奏者が疲れ果てた表情で座っていた。

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Apr 15, 2009

花見バス――タエちゃんと共に

 桜が満開になった日曜日,花見の貸し切りバスが池袋を出発した。参加者は40人弱で平均年齢はたぶん50代後半,大部分は互いに顔見知りだが,顔は知っていても名前も職業もわからない人が多い。そもそも,太陽の下で,またしらふで顔を合わせるのは初めてという集団である。
 当初の予定では,墓参りツアーだった。そう,1月に急死した居酒屋Fの肝っ玉姐さんタエコさんの墓参りである(→参照)。あまりに突然のことで,常連客も葬儀が終わってから知る人が多かったということもあり,最古参の客であるIさんらによってバスツアーが企画された。しかし,納骨の予定が変わったので目的地を変更し,タエコさんが住んでいた川崎へ,追悼の花見に行くことになった。

 バスには「Fの会」と表示されていた。近くのデパ地下に勤めている人が弁当やつまみ,飲み物を手配した。次々と到着する段ボール箱を皆でバスに積み込んだ。Fの同僚の従業員も何人か参加した。もちろん,タエコさんの遺影も同行する。
 目的地の公園はかなりの人出だったが,幸い,シートを広げてゆったり座れる場所が確保できて,真ん中に花と遺影を飾った。立派な花見弁当が配られ,「長屋の花見」ではありえないようなデパ地下の一流店の寿司,ローストビーフ,漬け物などが並んだ。
 にぎやかな宴となり,見たところ普通の花見の光景だったと思うが,話はときどきタエコさんのことに戻って,「タエちゃんがいないとねえ」「でも,こうやってみんなが集まって,タエちゃんも喜んでると思うよ」としんみりする。桜は満開,日差しは暖かく,絶好の花見日和で,「やっぱりタエちゃんの功徳だね」という話になった。

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Apr 14, 2009

『宇宙創成』と野尻抱影『天体と宇宙』

 サイモン・シン『宇宙創成』(上/下)(新潮文庫)を読んだ。上下で760ページあるが,読み始めてからは早かった。同じ著者の『フェルマーの最終定理』と同様,どんどん読ませる見事なノンフィクションである。
 『フェルマー』とだいぶ違うのは,内容としては,20世紀の人物についてのエピソードを別にすれば,だいたい既知のものだったことである。それは,下巻の内容(ビッグバン理論の立証と初期宇宙の推移)については,佐藤勝彦『宇宙論入門』(岩波新書)を先ついごろ読んだからだが,上巻の内容(古代から,膨張する宇宙の発見まで)については,野尻抱影『天体と宇宙』という本を,子供のころ暗記するほど読んだためである。

 野尻抱影は,英文学者で,大仏次郎の実兄である。天文学者ではないが,星や星座の名前,伝説の収集と紹介に努めた。
 『天体と宇宙』は偕成社の「科学文庫」の1冊として1953年に出たらしいが,私が読んだのは同じ偕成社の「少年少女図説シリーズ」のものだった。月,太陽から惑星,彗星,そして恒星と星座,銀河系,他の銀河までの宇宙のメンバーが,順次紹介されていくのだが,同時に,そうした宇宙のしくみがどのように解明されていったかが,格調高い文章で述べられていた。
 今考えると,その内容はかなり高度で,視差を使って天体までの距離を測ることから始まって,星の色と温度の関係,変光星と他の銀河宇宙までの距離,分光器で得られる星のスペクトルに見られるフラウンホーファー線,そしてそれによって宇宙はものすごい速度で膨張しつつあるがわかったこと,相対性理論によれば空間には果てがあることまで,すなわち戦前の最先端の研究成果が盛り込まれていた。
 内容上特に印象に残ったのは,プトレマイオス,ケプラー,ガリレオに始まる「発見の歴史」である。特に,計算による予測通りに海王星,冥王星が発見される物語には興奮させられた。1930年に発見され,先に「降格」で話題になった冥王星(→参照)の項目では,最後のところにさりげなく,しかし少し誇らしげに「和名の冥王星は,この本の著者がその翌年提案したもので…」と記されている。(後に中国でもこの名が採用された。)
 この本を読んで,私は天体望遠鏡を買おうと貯金を始めたのだが,それはやがて,古いアルト・サックスを先輩から買うために使われることになった。

 『宇宙創成』下巻の中心をなす話題は,宇宙マイクロ波背景放射の発見である。137億年前のビッグバンから30万年後に発射され,今も地球に降り注いでいるというマイクロ波が観測され,予測された通りの波長だった。まことに壮大な発見の歴史である。
 奇しくも,今年はガリレオが望遠鏡で宇宙を見てから400年の記念の年である。

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Apr 12, 2009

近藤君とゴルバチョフ

昔々T君と近藤君が,東京のある大きい駅の改札を通ったところで,乗るべき電車のホームから「まもなくドアが閉まります」というアナウンスが聞こえてきた。近藤君は,あわてて階段を駆け上がろうとする。T君は,とても間に合わないと見て叫んだ。

 「近藤ムリ,近藤ムリ」

 (↑ 声に出して読まない方がいいと思います)
 後のT君談:「一瞬,なんで周りの人が振り返るのかと思った」

80年代後半だったと思うが,小学生の間で一時はやっていた早口言葉:

 「ゴルバチョフの子,子ゴルバチョフ」

 (↑ 声に出して練習してから人に言う方がいいと思います)

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Apr 10, 2009

50年前の記憶

 今日4月10日は,当時の「皇太子ご成婚」から50年の日である。
 その前,婚約が発表されたとき,町内会の掲示板に金色の飾り枠が入ったお知らせが貼り出された。畏れ多くも(というのはちょっと違うか),同級生がそこに落書きをした。
 4月10日当日は,親戚の家でテレビのパレード中継を見た(ような気がする)。

 先日書いた『少年サンデー』創刊(→参照)もそうだが,50年前の記憶がある程度はっきりあるということに,自分では不思議な感じがする。
 50年前は1959年だから,そのさらに50年前というと1909年,日露戦争後間もなくの明治の終わりごろで,それからの50年は,第1次世界大戦,関東大震災,日中戦争,太平洋戦争,そして敗戦と復興という激動の時代だった。この時代については,その後歴史の教科書の中で学ぶことになる。50年というのはそんな長い年月のはずなのに…,というわけである。

 【追記】50年前に記念に作られ,パレードでも演奏されたのが,團伊玖磨「祝典行進曲」だった(→参照)。

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Apr 07, 2009

車窓の風景

 どこの人だったか忘れたが,初めて東海道新幹線に乗った西欧人が,「ずっと町の中を走っているんですね」という感想をもらしたという話を聞いたことがある。確かに,車窓から人家が見えないところというのはほとんどない。
 今は多少減ったようだが,広い田んぼには「野立て看板」がたくさんあった。

 椎名誠の昔のエッセイで,初めてドイツで鉄道に乗ったときの話があった。大都市の駅を出てまもなく農業地帯となって一面の緑が広がり,ところどころに教会の尖塔が立ち,その周りに小さな町がある。もちろん,絵のような美しい風景に感激する。しかし,どこまで行っても同じような美しい風景が続いてだんだん飽きてきて,椎名たちは「たまには福助足袋の看板ぐらい立てとけ」と叫ぶのだった。

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Apr 01, 2009

土屋耕一氏死去

 土屋耕一氏の訃報が31日の新聞に載った。享年78歳。昔から名前を知っている人の死亡記事を見て「なんだ,たいして年が違わないんだな」と思うことが近年多かった(→参照)こともあり,若々しいことばを放ってきた土屋氏が78歳というのは「意外にトシ」という感じがした。
 土屋氏は傑作回文集『軽い機敏な子猫何匹いるか』(→参照)の著者である。だいぶ前から絶版のこの本,ネット上では文庫本に2400円,単行本に5800円の値がついていた。

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