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Jul 22, 2009

ストラスブール 1975

 1975年6月に初めてヨーロッパへ出かけたときは,ユーレイルパスを持って行ってヨーロッパ内はすべて鉄道で移動した。イギリスでは使えないから,ドーヴァー海峡を渡ったカレーからの列車で日付を入れてもらって使い始めた。
 パリで2泊したあと,留学中の友人のいるストラスブール目指して,パリ東駅から TEE に乗った。TGV が走るずっと前なので,3列座席の1等車のみの TEEが花形列車だった。
 がらがらなのに,中年の品のよいおばさんとすぐ前後の席だった。車掌が食事の予約をとりにきて,そのおばさんは予約し,間もなく案内に従って食堂車に出かけていった。「あーよく食べた」というようなこと(たぶん)を言いながら戻ってきたのは2時間後で,行程の3分の2は食堂車に行っていたことになる。

 ストラスブールは,川沿いにハーフティンバーの家が並ぶ美しい町だった。名だたる美食の町でもあるとのことで,友人に連れられて行ったレストランは料理も雰囲気も良かったし,ビールもワインも安くておいしかった。(これが忘れられず,帰国の際,パリの空港でアルザスのワインを買って税金を払って持ち帰った。)メニューが大きな紙のナプキンに印刷してあるのがしゃれていたので,ボーイさんに頼んで帰りに1枚もらった。
 プロシャ・ドイツ領になったりフランス領になったりした歴史を持つこの地では,料理も酒もドイツとフランスの「いいとこ取り」なのかもしれない。地元の言葉はドイツ語の方言である。現在EUの議会が置かれているのは,この町にふさわしい。
 夕食の後,オペラハウスの前まで行ってみたところ,ちょうど終演になったところだった。ストラスブールのオペラは,当時アラン・ロンバールががんばって水準が高くなっていて,ライン川の向こうのドイツからも観客が多く来ていた。広場に各方面に向かうバスが並んでいる。そのうちのひとつの行き先表示は「Allemagne」,つまり「ドイツ」となっていた。ライン川を渡ったところで「国内線」に乗り換えるのかもしれないが,なんとも大ざっぱな表示なのがおもしろかった。

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