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September 2009

Sep 30, 2009

三崎――まぐろと彼岸

 初めての秋の5連休は,最後の日に会食とオペラがあったが,それ以外は予定がなく,その日の気分でちょこちょこと外出した。
 そのうちの一日,三浦半島の先端の三崎へ出かけた。浅草線から京浜急行に直通する快特(京急ではいちばん速いのが快特)で,実家のある横須賀中央を過ぎ,終点の三崎口に昼過ぎに着いた。品川からわずか65分と,昔の感覚からすると驚異的ともいえる速さである。三崎港・城ヶ島行きのバスは頻発していた。渋滞で遅れて30分ぐらいで三崎港着。よく晴れて,海がまぶしい。
 さっそく昼食の場所を探して海岸に面した道を歩いたが,どこも行列ができている。しかし,表通りからちょっとはずれたところにもたくさん店があり,そのうちのひとつの蔵を改造した店に入った。中は意外と広い。2人前4000円のまぐろ尽くしのセットを食べた。まずまぐろの卵の煮物と皮の和え物で,昼間は飲まないことにしようと思っていたのだが,あまりにつまみに好適なものが出てきたので,やっぱりビールを1杯。次は,もちろん刺身,それから血合いステーキ,餃子,かま焼きと,それぞれ十分に1人前のおかずになる料理が続き,最後はお茶漬けで,満腹・満足した。Img_2833

 町には高いビルはなく,昭和がたくさん残っている。そんな小道の奥に,三浦氏一族ゆかりの海南神社があった。本殿から祭のお囃子の稽古の音が聞こえ,境内には地元の人が活発に出入りしている。人々が漁業の無事を祈った神社が,いまも地域のコミュニティの中心になっているようだ。Img_2835
 続いて,汗をかきながら石段を登り,頼朝の「桜の御所」として知られる本瑞寺へ。よく手入れされたきれいな寺だった。木陰にひっそり,朝倉文夫作のだれかの胸像があった。お彼岸なので墓参りの人が来ていて,お坊さんとあいさつをかわしている。ここも,観光資源というだけでなく地元の寺としてきちんと機能しているのだった。門前には,その名のとおりヒガンバナも咲いていたが,その中の一群は初めて見る白い花のヒガンバナだった。Img_2836
 石段の降り口からは,三崎の町の彼岸である城ヶ島と,城ヶ島大橋がすぐそこに見えた。橋の完成後まもなく,小学校の遠足で城ヶ島へ行った覚えがある。Img_2841_2

 岸壁を歩いて,バス停へ戻る。帰りはふたたびバスで三崎口へ。バスでも電車でも,心地よく昼寝ができた。

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Sep 25, 2009

メトの『アイーダ』『三部作』

 メト・ライブビューイング(→参照;→参照)の2009-10シーズンが10月末から始まるが,予告(→参照)によると,その2つめの演目『アイーダ』の出演者は,前回書いたスカラ座日本公演の『アイーダ』に出演したヴィオレッタ・ウルマーナ(アイーダ)とヨハン・ボータ(ラダメス),それに指揮は(バレンボイムでなく)ダニエレ・ガッティという組み合わせなのだった。
 声は文句ないが,うーん,ボタ山関では見た目がなあ。演技は別の人で口パクにしてほしい。
 メトでの上演は10月24日,日本での上映は11月28日から。

 このメト・ライブビューイング,いま「旧作」(2006年~2009年)のアンコール上映をやっている。先日,プッチーニの『三部作』を見た。メトらしく大がかりな見栄えのする舞台による三本建てを堪能した。

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Sep 23, 2009

スカラ座『アイーダ』『ドン・カルロ』

 少し旧聞になってしまったが,ミラノ・スカラ座の日本公演『アイーダ』『ドン・カルロ』を見た。今回が6回目の来日で,初日の9月4日は日本で100回目の公演だったという。
 その次の101回目の公演の『アイーダ』に出かけた。ゼッフィレッリの写実的で壮麗な舞台で,基本的には新国立劇場での上演と同じだが,横に広く,その割に奥行きがないNHKホールの舞台では,凱旋の場の行進のスペースが小さくて,動きが不自由に見えた。アイーダ・トランペットには,剃髪して僧侶のような穏やかな表情の日本人のトラが半分ぐらい入っていた。
 アイーダはヴィオレッタ・ウルマーナ,ラダメスはヨハン・ボータ,アムネリスはエカテリーナ・グバノヴァで,声については好演。ボータは「いよっ,ボタ山関!」と声を掛けたくなるような体型で,戦争でなく相撲で勝負するならいいのだが。(ボータは,2005年末にウィーンでローエングリンをやっていたのを見た(→参照)。ローエングリンは剣で戦わざるを得ないが,このときは剣を手に念力で戦っていた。)ウルマーナは,調べたら,2001年のバイエルンの来日公演の『トリスタンとイゾルデ』でブランゲーネを歌っていた。実在の歌手でヴィオレッタという名前の人は,たぶん他に見たことがない。
 指揮はバレンボイム。概してゆったりのB氏流で,凱旋の場もややのんびりムードだったが,後半はさすがに締まった。これまたB氏流で,オーケストラのメンバーがカーテンコールに登場した(→参照)。

 『ドン・カルロ』は1週間後だった(東京文化会館)。指揮は人気のダニエレ・ガッティ。ミラノ生まれで,今シーズンのスカラ座の開幕公演を振ったが,一方で昨年バイロイトにも登場しているという。ガッティの指揮は,2002年のボローニャの同じ『ドン・カルロ』と『トスカ』を見たことがある。
 こちらは抽象的なモダンな舞台で,控えめながら華やかさもあり,ガッティの指揮もそれに照応してきびきびとしていた。歌手は,多少の波はあったが,昨年のウィーンの『コシ』に続くバルバラ・フリットーリ(エリザベッタ),ワグナーでたびたび接したルネ・パーペ(フィリポ2世)などが良かった。
 なお,最終日17日の『ドン・カルロ』にはいとやんごとなききはの方々とイタリアの大統領が来場したという。ワグナーでもないのに平日午後3時開演というのは,その都合だったのだろうか。

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Sep 22, 2009

歌舞伎座と鳩山会館

 先日,本拠地の「昼食ニュース」に博報堂旧本社ビル(神田錦町)の取り壊しのことを書いた。書いた後に,この建物の建築家・岡野信一郎という人は,来年取り壊しになる歌舞伎座と,今人気スポットになっている鳩山会館(文京区音羽)を設計した人でもあることに気づいた。
 歌舞伎座は,関東大震災を挟んで建築が行われ,1924年に竣工した。ただし,スカラ座と同様,内部が空襲で焼けて戦後大改修をしたので,内部は岡野の最初の設計とは少し違うらしい。
 こんどの歌舞伎座の建物は29階建てだが,現在の正面の形は保持するという。やむを得ないことだが,丸の内の銀行協会ビルのように,木に竹を接いだようになるのだろう。ちなみに,神田地区の「木に竹接ぎ」ビルとしては,駿河台の主婦の友本社ビルや,スケールは小さいが,神保町のすずらん通りの文房堂ビルがある。
 鳩山会館は,去年の5月に行った(→参照)。歌舞伎座は,和風の形の屋根を乗せた「帝冠様式」だが,鳩山会館は,和のテイストも少しあるが,全体としてはきちんと洋風で,均整のとれた建物である。こちらは空襲には遭わなかったが,かなり傷んでいたのを十数年前に大修理して,公開するようになった。
 指揮者・渡辺暁雄氏は,夫人が鳩山一郎の五女で,この近くの鳩山家の「領地」に住んでいた。子息の康雄氏・規久雄氏なども音羽の山で育ったという。

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Sep 19, 2009

新川崎・鹿島田・武蔵小杉

 先日書いた横須賀線の新川崎駅と南武線の鹿島田駅の間の「抜け道」乗り換えは,実は自分では実行したことがなかったので,先日,新駅・武蔵小杉の建設の様子を見ることも兼ねて,行ってみた。
 山手線は大崎を出ると品川方向へほとんどUターンするが,湘南新宿ラインはその反対方向の斜め右へ向かう。複雑なポイントを渡り,車両基地を左に見て,まもなく新幹線および横須賀線と合流したところで,東急大井町線(すぐ脇に下神明駅がある)を越える。西大井駅を出ると右にゆるくカーブして,西南西よりもう少し西向きになり,東急池上線・同多摩川線と交差すると,視界が開けて多摩川の鉄橋を渡る。
 渡ると神奈川県となり,こんどは左にカーブして南に向いたところが,南武線との交点,すなわち新駅・武蔵小杉の場所である。すでに屋根とホームの一部が姿を現し,電車はその脇を最徐行で通る。東側はNECの工場で,新駅の東側広場はNECの土地を借りるらしい。
 南武線と300メートル間隔で並行し,3キロほど走ると新川崎駅着。開業したころはずらっと線路が並んでいるだけの殺風景な駅だったが,30年近くたって,かなりの成熟を見せている。東側の出口には,鹿島田駅への案内の矢印があった。階段を降りて,矢印に従って歩く。やや大きな寺の前を過ぎると鹿島田の商店街となり,古そうな八百屋などもある。地図では南武線との間隔は300メートルだが,鹿島田への道は斜めになっていて400メートルほどだった。鹿島田駅は新しい橋上駅である。Img_2816

 南武線に乗って3つめが武蔵小杉。ホームの東端では,200メートル先の横須賀線とをつなぐ通路の工事がたけなわだった。

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Sep 16, 2009

材料としてのコラーゲン

 すね肉とか豚足などのメニューには,しばしば「コラーゲンたっぷりでお肌がつるつるに」といった「効能書き」がついている。
 しかし,医療関係者に聞いたところによると,体内で生成されたコラーゲンが肌にうるおいを与えるのは事実だが,コラーゲンを含む食品を食べたからといって,それがそのまま体内のコラーゲンになるわけではないのだそうだ。
 食品中のコラーゲンは,他のすべてのタンパク質と同様,体内でいったんアミノ酸に分解されてから,いろいろなタンパク質に再度合成される。その過程で,一部が必要に応じてコラーゲンにもなる。したがって,食品中のコラーゲンは,タンパク質として吸収されてコラーゲンを作る「材料」にはなるが,直接コラーゲンとして役立つのではない,というわけである。
 少なくとも「材料」になるということなら,まったくインチキな健康食品よりずっとマシではあるが。

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Sep 14, 2009

晩夏の仙台・松島

 同居人が仙台に行く機会があったので,それに便乗してある土曜日に仙台へ出かけた。
 仙台市中心部を走る「るーぷる」という循環バスがあり,土日は15分おきに出ている。1日乗車券を買って乗ってみた。レトロ調デザインの普通より小さいバスで,大混雑だった。テープによる観光案内のほか,運転手さんがいろいろ案内をする。
 仙台は何度も来ているが,市内をある程度見たのは初めてだった。適度な起伏があり,その間を川が蛇行し,緑が濃い。一方で地下鉄・JRとも便利だし,繁華街も活気があるようだ。地下鉄東西線の工事があちこちで行われていた。
 都市として非常に手頃な規模だという印象を受けたが,実際,一部を案内してくれた同居人の友人は,住みやすいところだと言っていた。(仙台市の「広さ」については →参照

 朝は曇っていたが,昼過ぎにはかなり晴れたので,これなら松島もよさそうだということで,始発のあおば通り駅から仙石線に乗った。2つめの宮城野原は楽天イーグルスの本拠地Kスタの最寄り駅である。多賀城から快速になり,30分あまりで松島海岸駅着。雲ひとつない快晴になった。Img_2794

 湾内一周の船に乗った。かなり大きな船である。船内でカモメのえさとしてかっぱえびせんのようなものを売っていて,それを目当てに船にカモメの群れがついてくる。けなげについてくるカモメを,久しぶりにデジカメの動画で撮った。
 松島には人の住む島もけっこうあり,小学校・中学校もある。「奥の細道」で松島と対になる象潟は江戸時代に隆起して陸になってしまったのに対し,松島は芭蕉のころとあまり変わっていない。ただし,1960年のチリ地震津波のときに大きく形を変えた島もあるという。

 船を降りて,瑞巌寺へ。伊達家の威信をかけた大きな寺だった。本堂は修理中だったが,別棟で国宝をいろいろ見ることができた。殿様に殉死した家臣の位牌が不気味。Img_2805

 それと関係があるわけではないだろうが,境内になぜか「鉄道殉職者慰霊碑」があった。大きな碑で,左脇に動輪があった。
 駅前に牡蠣の専門店があって,一年中生牡蠣が食べられるという。まだ腹は減っていなかったのでつまみにということで,2人で5個を,生のほかいろいろな焼き方で食べた。
 ホームから,少し暗くなってきた海に別れを惜しんで,ふたたび仙石線に乗った。

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Sep 09, 2009

神保町 昼食ニュース 9月号

 「本拠地」の「神保町の昼食の章」に,「神保町 昼食ニュース」9月号を掲出しました。
 そこで,博報堂旧本社ビル取り壊しのことを書きました。ほかに「<旬鮮庵>風」閉店のニュースも。

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Sep 07, 2009

横須賀線の新駅と「鉄のぬけ道」

 9月5日から6日にかけて,横須賀線・湘南新宿ラインが工事のために運休した。次週12日から13日も同様に運休の予定である。運休予告のポスターには,新駅「武蔵小杉駅」の設置工事のためと書いてある(→参照)。新駅開業はすいぶん先の話のような気がしていたのだが,開業予定は「21年度中」であり,いつのまにかもう大詰めを迎えている。ただし,当初は,南武線への連絡は改札外の仮の通路でということになるらしい。
 今の横須賀線の新川崎回りのルートは,元の貨物線を利用して1980年に開通したもので,横須賀線下りは西大井からかなり遠回りして西へ向かい,東急東横線に近づく。地図を見ると,南武線・東横線の武蔵小杉駅から300メートル東の地点で,横須賀線と南武線が交わっている。ここに横須賀線の新駅を作って,まあ乗り換えにはちょっと遠いが,接続駅にしようというわけである。
 これまでは,南武線の鹿島田と横須賀線の新川崎の間(距離は約300メートル)が,「抜け道」として,一部の人に利用されてきた。接続駅ではないが乗り換え可能なこうした駅については,ちゃんと「専門書」がある。松尾定行『「鉄のぬけ道」をあるく――知ってて得する88のルート』(東京堂出版)がそれで,このルートももちろん載っている。これによると,南武線沿線の人が鎌倉へ行く,といった場合に実用性が高い(通常の川崎・横浜乗り換え,武蔵小杉・横浜乗り換えに比べて早く着く)と紹介されている。

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Sep 06, 2009

ビッグバンドで『指輪』――The Ring Goes Swing

 少し前にCDショップでたまたま「The Ring GOES SWING ― Lierhouse Project」というCDを見つけた。『ニーベルングの指輪』のさわりをドイツのビッグバンドが演奏したもので,Lierhouse というのはプロデューサーの名らしい。多少とも『指輪』を知るものにとってはすこぶるおもしろいCDである。(発売元はハンブルクの GATEWAY4M(www.gateway4m.com))
 リーフレットにある説明によると,演奏者は hr-Bigband という通常編成のビッグバンドにかなりの数のゲスト・プレーヤーが加わったもので,ジャズとしてはがっちり組織されすぎている感じもするが,人数が多いのでやむを得ないところだろう。演奏されているのは「ジークフリートのラインへの旅」「ワルキューレの騎行」などのほか,オーケストラの演奏会ではあまりとりあげられない部分も登場する。
 なお,『指輪』からは8曲で,ほかに『ローエングリン』から「結婚行進曲」の部分(『マイ・フェア・レディ』の結婚式の曲「時間通りに教会へ」がからまっていたりする)と「はるかな国で」,『オランダ人』から水夫たちの踊りの場面が採られている。『オランダ人』はラテン・パーカッションが駆使されたサンバ調(!)で,カリブ海にやってきたオランダ船のようだ。

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Sep 02, 2009

木陰の散歩道

 神保町1丁目の「再開発」完了から6年あまり過ぎ,周囲の木々がかなり成長して緑が濃くなった。特に,東京パークタワー(小学館の向かい側の建物)の南側の2列になった並木は,まことに快い木陰を提供してくれている。
 この夏は,ここを通るたびに,中学のとき吹奏楽で演奏したマーチ「木陰の散歩道」(E.F.ゴールドマン作曲;原題 On the Mall)を思い出していた。この曲は,トリオでは,伴奏パート以外の奏者が1回目はメロディーをラララで歌い,2回目は口笛で吹き,3回目に全楽器で合奏するようになっているのが特徴になっている。
 最初のうち,よみがえったのはこのトリオのメロディだけで,主部はどんな曲だったか思い出せなかったが,ある日この並木道でイントロを思い出し,芋づる式に全体を思い出した。イントロの半音ずつ上昇する音の動きは,トリオのメロディの冒頭の音の動きを予告したものになっているのだった。

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