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October 2009

Oct 31, 2009

新国立劇場――「指揮者の途中交代」補遺

 前のエントリー「指揮者の途中交代――新国立劇場『オテロ』」に寄せられたコメントで,この件の文字通りの楽屋裏が合唱指揮者の三澤洋史氏のブログに書かれていることを知った。三澤さんのブログは,だいたい1週間に1回の更新だが,たいてい1回の記事で1週間分の報告があって非常に長く,時間があるときでないと読めない。
 『オテロ』千秋楽での指揮者交代については,10月11日の記事に書かれている(記事の「枕」はオバマ大統領,電子辞書の話!)。前回私は「音楽を進行させることについては何の問題もなかったのだろうと思う」と書いた。結果としてはこの推測はまったく正しかったのだが,それが実現したのは,代役の石坂氏の経験と才能に加えて,劇場やそのスタッフのいろいろな条件が奇跡的に整ったからだということを知って,上のように簡単に書いてしまったことを申しわけなく思っている。
 同じ記事に,現在の新国立劇場の高水準を支えている大きな要因のひとつが,ノヴォラツスキー前芸術監督が作り上げた音楽作りの体制にあることが書かれている。

彼等<来日する一流歌手>のこの劇場へのリスペクト度というものは、昔とは比べものにならないくらい高くなった。少なくとも、お客様気取りで油断して来る歌手は一人もいなくなった。
という言葉を感慨深く読んだ。
 明日は新国立劇場の『魔笛』を見に行く。

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Oct 28, 2009

指揮者の途中交代――新国立劇場『オテロ』

 日曜日の『スポニチ』の芸能面の片隅に,「クラシック・コンシェルジェ」というコラムがある。前述の野村監督の終戦を伝える10月25日の『スポニチ』の同欄は,新国立劇場の『オテロ』のレポートだった。
 そこで初めて知ったのだが,『オテロ』最終日の10月6日の公演で,指揮者のリッカルド・フリッツァ氏が体調不良で前半を終えて降板,「音楽ヘッドコーチ」の石坂宏氏が急遽後半を振ったという。歌手の声の調子が悪くなって途中交代というのはときどき話に聞くが,指揮者が(シノーポリのように演奏中に倒れたわけでもなく)1回の公演の幕間で交代するというのは非常に珍しい。
 プログラムに載っている石坂氏の経歴によると,バーゼル,キールなどで十数年オペラの指揮をしてきた人であり,ヘッドコーチ(あまり見ない役職だが)なら練習の指揮もしてきたのだろうから,音楽を進行させることについては何の問題もなかったのだろうと思う。歌手も,同じメンバーによる6回目の公演だったから,そうあわてることはなかったはずである。
 後でスポニチのサイトを検索したら,新聞紙上よりずっと長い「クラシック・コンシェルジェ」(→参照)が掲出されていた。

 この公演のことは当欄で書き損なってしまったが,スカラ座のヴェルディ2曲の直後だったにもかかわらず,ヴェルディの別の面を楽しんだ。舞台上には水が張られていて(ヴェネツィアに場所を移してある),各部分は具象的だが全体は幻想的なおもしろい空間が現出していた。タイトルロールは3年前の『フィデリオ』に続くステファン・グールドで,よくコントロールされた美声だった。

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Oct 26, 2009

野村楽天 そして日本ハム

 プロ野球は24日,昨年に続いて,両リーグともリーグ優勝のチームが日本シリーズ進出という「穏当」な結末を迎えた。しかし,翌25日のスポーツ新聞は,このクライマックス・シリーズの試合そのものよりも,「最終試合」を終えた楽天・野村監督のことを大きく報じていた。敵地・札幌で野村コールがわき起こり,両軍選手によって胴上げされて,野村は「野球屋冥利に尽きる」と語ったという。
 今年限りということについて,本人は不服を口にしているが,「解任」ではなく契約の終了であり,年齢的にもやむを得ないところだろう。監督としての試合数は三原脩に44試合差の2位に迫っていたから,もう1シーズンあれば1位になれたわけだが,野村の南海の監督としての8年間は選手と兼任であり,その積算による「激務度」は他を大きく引き離している。通算の勝敗は,今年の楽天の活躍により,1565勝1563敗と辛くも勝ち越しになった。

 2004年から,日本ハムは本拠地を札幌に移転した。今から思うと不思議なことだが,それまで,所沢より北には球団がなかったのである。同じ2004年の6月に近鉄とオリックスの「合併」が発表され(→参照),すったもんだの末,2005年,半世紀ぶりの新球団として東北楽天イーグルスができた。
 その結果,球団が一応全国に分布するようになり,フランチャイズというものが実質的な制度になった。今回のクライマックス・シリーズ第2ステージを戦ったこの2チームの功績は大きい。

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Oct 24, 2009

フォト日記――神保町の10月

  ・写真をクリックすると大きい写真が出ます。

◇台風一過の青空(8日)Img_2924
 
 
 

◇錦町更科の新蕎麦メニュー(8日)Img_2921
 
 
 
 
◇「博報堂に囲いができたってね」「へー」(22日)
  表はネットをかぶっている。下は西側の側面。Img_3062
 
 
 
 
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◇さくら通りでビルの取り壊し(21日)
  奥に古い木造家屋が現れた。Img_3055
 
 
 
 
 
 
◇その隣の古いビルは孤高を保っている(21日)Img_3057


 
 
 
 
 
 

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Oct 21, 2009

6週間で

 先週の加藤和彦の死には驚いたが,今週は,会社の元同僚でかつ退職(6年前)の後もオペラ友達だった女性Kさんの訃報に接して,さらに大きな衝撃を受けた。なにしろ,9月6日のスカラ座の『アイーダ』のときに会ってからたった6週間しかたっていなかったのである。
 Kさんはずっとがんと闘っていて,抗がん剤や治療の具合によって体調に波があったが,『アイーダ』のときは,元気いっぱいというほどではないにせよ,ごく普通にしていて,短時間だったが話をした。そもそも,今年のスカラ座のチケットは,オペラシリーズ会員であるKさんに会員先行予約でとってもらったものだった。
 昔は逆で,私がKさんの分も買っていた。あるとき,私が手配したチケットで,Kさんは立派な紳士と共にやってきて,私たち夫婦と4人連席でオペラを見た。Kさんがその紳士と結婚したのはそれから3か月後で,同い年の熟年婚だった。もともと美人の誉れ高いKさんの美しいウェディング・ドレス姿の写真が,社内で回覧されたりもした。Kさんはその後いつも2人でオペラにやってきた。
 遺影は,センスの良いKさんらしく,帽子をかぶってちょっと斜めを向いてほほえんでいた。

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Oct 17, 2009

負け投手の意味

 野球は,攻撃側と守備側が画然と区分されているのが大きな特徴である。得点するのは攻撃側だけであって,反則をしたから守備側に点が入るということはないし,守備側が突然カウンター攻撃を始めることもない。
 投手は守備側の中心であり,がんばって0点に抑えることはできても,勝てるかどうかは攻撃側になったときの味方の得点次第である。したがって,勝ち投手になるかどうかは,負け投手の場合に比べて,運に左右されるところが大きい。リリーフした直後に味方がサヨナラ勝ちして1球投げただけで勝ち投手になったり,好投していても味方が打てなくて負けたりというのを見るにつけ,勝ち投手というのは,投手の力を測るうえで大した意味がないと思うようになってきた。
 この点,負け投手の方はずっと意味があるが,それでも,エラーなど自責点でない失点で負け投手になることがある。そもそも,野球規則で勝ち投手・負け投手の規定が非常にややこしいのは,規定しにくいからだろう。
 投手の力の指標としては防御率がいちばん明快だが(実はその前提となる自責点の規定もけっこうややこしいけれど),自責点以外の失点も含めて試合での勝負強さといったことを考慮すると,「負け数/投球試合数」の少なさがひとつの指標になるのではなかろうか。

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Oct 16, 2009

アワモリ・マンション

 昔,出先で泡盛をもらったことがあった。手提げ袋に入れて,当時住んでいた集合住宅に深夜に帰ってきた。ところが,その玄関を入って郵便受けをのぞこうとしたところで手が滑り,泡盛の袋が床に落ちて,あわれ瓶が袋の中で割れてしまった。当然,泡盛の強烈な臭いが立ちのぼる。
 袋の中なので割れた瓶が広く散らばることはなかったが,袋に破け目ができて,泡盛が玄関ホールに流れた。すぐ脇のゴミ置き場(当時は24時間開いていた)に運び,袋に残った泡盛は排水口に捨て,ゴミ置き場の新聞紙で玄関の泡盛を吸い取った。この間誰にも見られずにすんだ。
 翌朝,家(2階)から廊下に出ると,わずかに泡盛臭い。2階ではわずかだったが,玄関へ降りると,誰でも少し変だと思うくらい臭っていて,出かける人がちょっとけげんな表情をしていた。なるべくふだん通りに,管理人さんに「おはようございます」とあいさつをした。

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Oct 12, 2009

バス通りまでの3分間

 昨年書いたように,今住んでいるところはバスが便利で,両方向の循環線が利用できる。自宅を出て30メートル行ったところから徒歩で約3分の間,つきあたりのバス通りが見えている。朝のバスはそれぞれが8分間隔で,両方向で平均4分おきにやってくるので,バス通りが見えている3分の間にバスがどちらかへ行く姿を見る確率は高い。
 間隔は実際にはまちまちだが,たいていは交互に来るので,左向きのバスが見えたときは右向きのバスのバス停に行くということになる。ただし,たまには左向きのバスの2分後に右向きのバスを見たりすることもある。
 バス通りに出ると,両方向とも,到着の2分前ぐらいからバスの姿が見える。右回りの方が乗っている時間は少し短いが,左回りの方が地下鉄の入口までは近い(交差点の反対側に到着するので)。バスの中では iPod touch で数独をするという都合(?)もあり,ほとんど同時にやってくると,どちらに乗ろうかとちょっと迷う。
 先日の台風の朝は,ふだん徒歩や自転車の人がみなやってきて,バスが空前の混雑だった。

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Oct 10, 2009

The ハプスブルク――エリザベートの肖像も

 国立新美術館の「The ハプスブルク」展に出かけた。
 たぶん2か月ぐらい前から「ベラスケスもデューラーもルーベンスも,わが家の宮廷画家でした」というコピーの入ったポスターが駅に出ていた。このポスター以外,内容はよく知らずに行ったら,地下鉄・乃木坂駅にある案内に有名な皇妃エリザベートの肖像(→参照)があって,うわっ,これも来てたのか,と入る前にまず驚いた。
 入って最初が宮廷画家たちによる肖像画の部屋で,中野京子『<名画で読み解く> ハプスブルク家 12の物語』(→参照)を読んだ者にはおなじみの「ハプスブルク家のあご」を持つルドルフ2世の肖像が最初にあり,11歳のマリア・テレジアがそれに続く。その向かい側が,ヴィンターハルターによる皇妃エリザベートの肖像で,初めて見る実物は天地3メートルもあって,なにしろでかい。前に立つと,ドレスの細かい描写が圧倒的な美しさと力となって迫ってくる。
 ウィーン美術史美術館所蔵のものが多いが,二重帝国のもうひとつの中心ブダペストの国立美術館からも出品されている。上記の宮廷画家3人のほか,ティツィアーノ,ティントレット,クラナッハ,ムリリョ,ヴァン・ダイクなどもあり,華麗なラインナップである。工芸品も見応えがある。
 ほかにおもしろかったのは,二重帝国と国交が樹立された1869年に明治天皇からフランツ=ヨーゼフ皇帝に贈られた2帖の画帖である。明治維新前後の日本の風景・風物・風俗を描いた50枚ずつ計100枚が綴じられたもので,初めての里帰りとなった。保存状態もいい。誰のセンスか知らないが,日本は良い贈り物をした。

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Oct 04, 2009

芭蕉と同月同日――『鉄道奥のほそ道紀行』

 芦原 伸『鉄道奥のほそ道紀行――週末芭蕉旅』(講談社)を読んだ。東京から週末に計10回出かけて,「奥の細道」のルートになるべく近い鉄道路線を鈍行でたどるという旅の記録である。それだけなら似たようなことをした人は何人もいたと思うが,この本の一番のミソは「名句が生まれた場所に,それぞれ,芭蕉と(新暦換算で)同月同日に立つ」という旅をしたことである。
 芭蕉が深川の庵を発ったのは旧暦3月27日,新暦だと5月16日のことだったが,著者はそれから319年後の2008年5月17日に出発した。行程は約2400キロ,芭蕉はところどころで長期滞在するので155日かかっていて,月平均2回の週末に出かけるとちょうど芭蕉と同じペースになるというわけである。なるほど,こういう旅もあるのか。芭蕉の歩みと,鈍行列車の速さ,そして新幹線での往復にかかる時間が絶妙にかみあってこうしたことが可能になっているのだが,これを実行するにはかなりの努力を要する。
 小さめの活字で300ページ以上あり(芭蕉当時の俳諧をめぐる状況,「奥の細道」成立の事情,連句というものなどの説明がちょっと長い),10回の旅を1日1回分ずつ詠んだ。地図・写真多数,「鉄」関係の脚注もついている。旅の内容もそれを語る文章も,ふつうの鉄道紀行とは大いに違う主張がある。

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Oct 03, 2009

昔聞いた話

◆1◆
 九州にいる友人の医師が急死した。葬式に間に合うよう,寝台特急で東京を夕方出発した。明け方,目を覚ますと,まだ岡山付近だった。事故でもあったのだろうか,かなり遅れている。その後ものろのろで,遅れは広がるばかり。うーん,寝台車ののろいこと,これは死んだ医者の呪い。

◆2◆
 どんより曇って冷え込んだ晩秋の朝,閉ざされた重い扉の前に,黒ずくめの粗末な服の老婆がひとり。首には小さな十字架をかけている。道行く人はだれも関心を示さない。扉の前を行ったり来たりしながら,ときどきつぶやいている――悪の十字架,開くの10時か。

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