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Dec 02, 2009

『カプリッチョ』――マドレーヌの幻想

承前
 『ヴォツェック』の翌日は,二期会・日生劇場の『カプリッチョ』。若杉弘指揮,東京オペラ・プロデュースによる日本初演(1980年)以来,見るのは2回目である。一転して優雅なサロンが舞台で,人が死ぬこともなく,「言葉が先か音楽が先か」という芸術論争が繰り広げられる。
 しかし,演出家(ジョルジュ・ローウェルス)としては,この美しいオペラが書かれたのが第二次大戦真っ最中の1942年であるということを意識せざるを得ない,ということなのだろう。舞台は原作どおりパリのサロンだが,時は戦時中で,屋敷は占領したナチに破壊されている。弦楽六重奏の前奏曲の間に,そこに人が集まってきてサロンを修復し,シャンデリアを灯してオペラが始まる。後半で芸術論争が終わると,最初の破壊された状態に戻り,老いた伯爵令嬢マドレーヌが最後の長大なモノローグを歌って,それまでのすべてはマドレーヌの回想または幻想だったことを明らかにする。音楽のあくまで優雅な表情と作曲当時の時代背景の「折り合い」をつけるための卓抜なアイディアだった。

 リヒャルト・シュトラウスは作曲当時78歳で,これが最後のオペラとなった。このとき作曲者が戦争の状況をどの程度超越していたのか,あるいは脳天気でいたのかはわからないが,ほどなくしてミュンヘン,ウィーン,ドレスデンの歌劇場の焼失の報を聞き,悲痛な「メタモルフォーゼン」を書くことになる。
 歌手はそれぞれ水準以上の好演。長いドイツ語の歌詞との戦いでいちばん立派だったのは,女優クレロン役の加納悦子さんだった。あと,技巧をこらした長い室内楽を舞台上で奏でた楽士3人の演奏が光っていた。

 『カプリッチョ』の1週間後の29日,テレビ朝日「題名のない音楽会」を途中から見たら,95歳のピアニストが弾いていた。フランス人のすてきなおぼさまで,さすがに高度な技巧を要する曲は弾かなかったが,まったく自然でしっかりとした音楽だった。名はマドレーヌ・マルロー ――なんとアンドレ・マルローの夫人だった。
 レジスタンスの闘士だったマルローの夫人,そして名は同じマドレーヌというのは,おもしろい偶然だった。

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Comments

しばらくです。御元気ですか。さすがにこの頃はオペラ観ていません。郡愛子さんを聴く位です。

カプリッチオ、昔、ザルツブルクの小劇場で観たので懐かしくてペンをとりました。

その時のポップ、しばらくして亡くなり、残念です。

洒落た舞台でした。

Posted by: ザックス・杉本 | Dec 09, 2009 at 03:39 PM

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