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March 2010

Mar 28, 2010

仮住まいを脱出

 12日間,間が空いてしまったのは,リアル引っ越しのためだった。前回の引っ越しのときはネットの開通が遅れたこともあって22日間の空白となったが,今回は光ファイバーがすぐ引けた。今までのADSLも速度に大きな不満はなかったが,光の通信速度はさすがに速く,快適。
 今までの場所は,当初1年足らずの仮住まいの予定だった。それが,思わぬトラブルで2年半以上になり,いろいろ苦闘の末,今回やっと仮住まいを脱出した。
 旧居の近くの風呂屋にあいさつしようと思っていたのに,引っ越し前日に帰宅が遅くなって行かれなかったのがちょっと心残りだ。

 引っ越しは,結婚したときから数えて5回目である。荷物の量は多く,予定の場所に入りきらずに引っ越し屋さんを右往左往させてしまって申しわけなかった。見積もりが他より大幅に安かったので頼んだ会社だったが,夜遅くまで実によくやってくれて,最後はひたすら最敬礼。AマークのH社さん,ありがとうございました。
 しかし,大変なのはこれから。引っ越し屋さんはやってくれない。

   片付けても片付けても段ボールの山   三等か

 [注]仮住まい関係の記事:
  →クアパレス
  →右回りと左回りの循環バス

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Mar 16, 2010

横須賀線の武蔵小杉駅が開業

 横須賀線の武蔵小杉駅が3月13日に開業し,成田エクスプレスを含む全列車が停車するようになった(→参照)。横須賀線の新駅の開業は,東海道線と分離して新ルートを通るようになった1980年に新川崎,東戸塚,次いで1986年に西大井駅の開業して以来のことになる。西大井駅の後,横須賀線にさらに新駅ができるとは,少し前まで予想していなかった。(ちなみに,新川崎,東戸塚の次に「新しい」駅は,東逗子(1952年開業)である。)
 開業の翌日に湘南新宿ラインに乗る用事があり,降りる時間はなかったが,武蔵小杉駅停車を初体験した。南武線・東横線との間には暫定連絡通路ができたという。通路ができてもホームまでの距離は変わらず300メートル以上あり,乗り換えにはそれなりの時間がかかるのだろうが,南武線沿線と横浜・鎌倉などの間の行き来はかなり便利になった。
 神保町からも,新川崎・鎌倉などへ行くのに,三田線の目黒線直通日吉行きに乗って武蔵小杉乗り換えというバイパスルートができた。

 この後,今年から来年にかけて,鉄道の“大型”開業がいくつかある。まず,京成の成田空港線(愛称は成田スカイアクセス)の開業が,7月17日と発表された。京成上野―成田空港は最速36分になるという。JRは先制攻撃として,今回のダイヤ改正で成田エクスプレスを増発した。
 さらに,東北新幹線の八戸―新青森は12月,九州新幹線の博多―新八代は来年3月の開業が予定されている。


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Mar 14, 2010

年年歳歳花相似――ブログ6周年

 今日3月14日は「ブログ記念日」である。このブログは,6年前の2004年3月14日に始めた。
 この年の3月27日に,新国立劇場の『神々の黄昏』を見て,トーキョー・リング(キース・ウォーナー演出の『ニーベルンクの指輪』)が完結した。それからちょうど6年後の今月,その再演がある。
 6年前には,3月12日に神保町三井ビル南側の3本のアンズが咲き始めたと記してある。その1年前に完成した三井ビルの主は当時は会計検査院だったが,2008年に旭化成本社となった。アンズは,今年も12日にはいくつかつぼみがほころび始めていた。

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Mar 12, 2010

大イチョウの「倒伏」

 鎌倉の鶴岡八幡宮の大イチョウが,3月10日未明に倒れた。鎌倉は第2にふるさとであり,特に八幡宮は子供のころからなじみの場所だったし,その後もすぐ脇の県立近代美術館によく行っているから,そのシンボルが倒れたことには少なからぬ感慨がある。
 樹齢1000年というのが本当だとすれば実朝暗殺(1219年)当時のままということになるが,「2代目」である可能性が高いという。「400年ぐらい」という説もある(→参照)。なお,木が倒れることを「倒伏」というらしい。
 当日は確かに風が強かったが,台風ではないし,ここ数年でもこれより強い風は何度も吹いていた。何百年も生きてきて,なぜこの時点で急に,と思ってしまう。八幡宮は「修復」を目指すというが,命には限りがあるのだから「ご苦労さま」ということで,3代目を育てる方がいいのではないか。

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Mar 08, 2010

「トリオ」という言葉

 中学で吹奏楽を始めて最初に演奏した行進曲「双頭の鷲の旗の下に」(→参照)は,中間部で転調してフラットが1つ増え,その後最初に戻って主部を繰り返す三部形式になっていた。このとき,行進曲の中間部をトリオというのだと教わった。
 そのころすでにお笑いのトリオがあったし,トリオ・ロス・パンチョスのレコードがヒットしたりして,「三人組,三重奏」という意味のトリオは子供でも知っていた。しかし,これと行進曲のトリオは関係のない言葉だと思っていた。
 その後,各種ソナタのメヌエットやスケルツォにも,バロックの組曲の中の舞曲にもトリオがあることを知った。
 そして,バロック時代の舞曲の中間部を,全員合奏による主部との対比のために2つの旋律楽器と通奏低音のトリオで演奏したことから,やがて広く中間部をトリオというようになったということを知ったのは,ずっと後のことだった。
 「双頭の鷲の旗の下に」はトリオのあとダカーポするが,行進曲ではダカーポしないで終わるものが実際には多い。特に,マーチ王スーザや,イギリスのケネス・アルフォード(「ボギー大佐」――「クワイ川マーチ」の原曲――の作曲者)などの曲は大部分ダカーポなしである。その場合も,後半部はトリオと呼ばれる。ここでは,トリオは中間部ですらなくなっている。
 「トリオ」という言葉は,なかなかに数奇な運命をたどった。

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