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April 2010

Apr 28, 2010

『知的生産の技術』とかなタイプ

 梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)が世の中,特に何らかの文章を書く人に与えた影響は大きかった。内容は,もともと,岩波書店の雑誌『図書』に連載されていたもので,思いつきのメモをとることから文章にまとめるまでの技術を具体的に説いたものである。
 その重要なテーマのひとつは,フィールドワーカーとしての経験に基づくカードの使い方だった。学生だった私はたいした「知的生産」はしていなかったけれど,カードに書いて情報(当時は「文字」「メモ」としか意識していなかった)を小さな量の単位に分け,ある点で共通するものを取り出したり並べ替えたりするという方法は,少なくとも発想としては大いに影響を受けた。
 ずっと後にパソコンを使い始めて,読んだ本や見たオペラの記録をデータにしたが,そういう「データベース志向」は,『知的生産の技術』によって方向付けられたように思う。

 もうひとつ,この本にもっと具体的な影響を受けて一時使ったのは「かなタイプ」である。ワープロなど考えもつかなかった時代で,英文だったらタイプライターできれいな文書を作れるのに日本語では…という思いはだれにもあった。
 この本がきっかけになって,70年代半ばまでに,ひらがなのタイプライターが何種類か発売され,私は76年ごろになって高校の先輩からお古のかなタイプを譲り受けた。かなだけだと印刷される文章の原稿には使えないので,用途は私的な手紙が主であり,出演する演奏会のチラシを同封した手紙をよく書いた。タイプはカーボン紙で複写が取れるので,当時,後の同居人に宛てた演奏会の案内状の控えが,その後10年ぐらいたって見つかったこともあった。
 かなタイプを実際に使っていたのはほんの1年ぐらいで,その後しばらくはドアストッパーとなっていた。

[追記] 梅棹忠夫氏は,2010年7月3日死去,享年90歳。

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Apr 17, 2010

新国立劇場『神々の黄昏』その2

承前
 『神々の黄昏』のことをもう少し書こうと思いつつ,やはり引っ越しの混乱の中でのことだったせいか,たちまちにして印象が薄れ,遠い過去のことになってしまった。それでも,振り返れば,無理して見てよかったと思う。
 歌手はかなりの水準の人たちで,しかも大きな穴がない。ハーゲン(ダニエル・スメギ)は,サルミネンほどではないが,前回の人よりハーゲンらしいワルぶりを発揮していた。ほかに,しっとりした声が印象に残ったのはグートルーネの横山恵子さん。初めて聞いたと思いつつ記録を見たら,実は2004年の二期会『エジプトのヘレナ』のヘレナを歌っていた人だった。前任者ほど細くはないが,このリングでもっとも鮮やかな色の衣装であるピンクのミニのスーツがなかなか似合っていた。ヴァルトラウテは,前回の藤村美穂子さんにかなわなかった。
 ラインのおばさんたちは,前回と同じくコートの下はレオタードで,太さも似たようなものだった。
 ダン・エッティンガーの指揮はなんだかよくわからないままだったが,音楽の運びは去年ののんびりもっさりよりはだいぶマシになっていた。

 今回のリング再演は,昨年と今年半分ずつだった。演出家は四部作の一挙上演を望んでいたという。一挙上演はもちろん見てみたい。そして,やるからには,最低3回,できれば4回,チクルス上演したいところだろう。
 しかし,以前勝手に考察したように(→参照),必要な間隔をとりつつ,適切な曜日に配置すること(ライン以外の3作のうち平日は1つにしてほしい)などを考えると,公演の期間だけで,3回の上演に4週間以上,4回の上演では5週間以上必要である。世界中で引っ張りだこのワグナー歌手を,リハーサルを含めると2か月半ぐらい拘束しなければならないことになるが,それは果たして可能かどうか。
 今回のフランツ(ジークフリート)やテオリン(ブリュンヒルデ)も,日本に合計2か月ぐらいいたはずだが,間に一時帰国することは可能だったのではないかと思う。幸い4部作全部に登場する役はないし,ダブルキャストでもいいわけではあるが,大勢の歌手の調整はパズルを解くような難しさがありそうだ。

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Apr 14, 2010

神保町雑話

◇二段論法
 古人曰く――うちから富士山が見える。故に,富士山からうちが見えるはずだ。

◇歴史をひもとく
 コリーン・マクダネル,バーンハード・ラング 著,大熊昭信 訳『天国の歴史』という本がある。その第1章には,「天国は紀元前2360年に創設された」と書いてある。(←ウソです。)

◇メニュー
 神田錦町1丁目の居酒屋Chの名物メニューは,ホタテ貝とチンゲンサイを炒めたものである。なかなかおいしい一品だが,頼みにくくするためか,「チンタテ炒め」と名付けられている。(←ホントです。)

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Apr 10, 2010

名付けの体系

 兄弟・姉妹の名前は,何らかの「体系」を意図してつけられているのが普通である。たとえば,昌一郎,浩二郎…という「番号順」だったり,賢治,順治…と2字目は「治」で統一されていたり,という具合である。また,上の娘が漢字1字に「子」がつく名なら,次の娘にも同じタイプの名をつけることが多いだろう。
 中国では,古典的には,兄弟(同じ世代)の名は共通の字(「輩行字」という)を持つのが原則だという。たとえば,台湾のある知人の家は3人兄弟で,全員名前の1字目は「豪」という字である。日本のように,父親の名から1字とるということはしない。

 高校の後輩の某兄弟は,共に1字目は「康」だが,兄はこれを訓読みするのに対し,弟は音読みにする点がちょっと変わっている。漢字の伝統に則りつつ,少し逆らってみた,というところか。
 親戚に兄弟が6人の家があって,4人までは漢字1字を訓読みにする名だが,5人目はどういう気まぐれか「五郎」と名付けられた。6人目はこんどは漢字2字である。父親の体系を保とうとする気力がなくなってしまったようだ。

 昔々のテレビドラマ『お荷物小荷物』では,中山千夏扮するお手伝いさんが住み込んだ家の5人兄弟の名が「仁」「義」「礼」「智」「信」となっていた。5人が「閉じた集合」をなすこうした名はフィクションなればこそだが,双子だったら対になる名を付けることができる。私が直接知っている唯一の双子は恭子さんに順子さんという名である。

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Apr 09, 2010

博報堂旧本社取り壊し 続報

 博報堂旧本社取り壊しのレポートを本ブログに書いてから4日後の4月7日,『東京新聞』夕刊トップに,「築80年 解体中の旧本館 博報堂が復元を検討」という記事が出た(同紙サイトではここ参照)。解体作業中の博報堂旧本館につき,「同社がアールデコ調の塔屋や玄関などの復元計画を検討していることがわかった」という内容である。
 建物がもう完全に姿を消したこの時期になぜこういう記事が出たのかと思うが,取り壊しのかたわら,「一帯の再開発の中での復元も視野に」一応の準備をしてきた,ということらしい。どういう復元なのかは記事ではわからないが,同じ建築家による歌舞伎座のように前面全体を再現するということではなく,「お印程度」なのだろうと想像される。

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Apr 06, 2010

ハイボール・ルネサンス

 ここ1年ぐらいだろうか,ハイボールの復権が著しい。これまでウィスキーにあまり力を入れていなかった飲み屋などにも「ハイボール」という貼り紙が見られるようになった。
 ネットを飛び交う情報によれば,これはどうやら,サントリーが角瓶のキャンペーンで仕掛けたものらしい。和風のつまみ,特に魚にはあまり合うとは思われないが,炭酸のさわやかなイメージでそういう固定概念を打破するキャンペーンだったのだろう。

 「Pronto」チェーンでは,元から「Dハイ」という大きなグラスのハイボールがあり,ウィスキーはバーボンなども選ぶことができる。
 池袋の大衆酒場「」でも今年からハイボールを出すようになった。この店では,チューハイもホッピーも,ガラスのとっくり入りの焼酎と炭酸またはホッピーのびんが別々に出てくるので,好みの濃さにできるし,アルコールの量も把握しやすいのだが,ハイボールも同様で,ウィスキーのポケットびん(180ml)と炭酸のびんが出てくる。また,ホッピー割りにもできる。英語の highball は少し範囲が広くて,ウィスキーやブランデーを炭酸水,ジンジャーエール,水などで割ったものを言うようなので,ホッピー割りも立派な highball といってよさそうだ。

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Apr 03, 2010

フォト日記――博報堂旧本社取り壊し

  ・写真をクリックすると大きい写真が出ます。

 博報堂旧本社の取り壊しは,3月になってから急速に進み,月末にはまったく姿がなくなって,シートが平屋の高さになった。

◇3月17日P3171159
 
 
 
 
 
 同日,南側からP3171170
 
 
 
◇3月18日 近隣のビルからP3181181
 
 
 
 同上P3181190
 
 
 
◇そして29日 向こうは電機大P3291269
 
 
 
 同日,南側から 向こうは神保町三井ビルP3291273
 
 
 
 
 ★「本拠地」の「神保町昼食ニュース4月号」は4月3日に掲出しました。

 [追記] →続報

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Apr 02, 2010

新国立劇場『神々の黄昏』

 引っ越しの動乱の最中に,新国立劇場の『神々の黄昏』に出かけた。14時開演だと思ってその30分前に着いたのだが,まず傘立てががら空きだった。なんだか変だなと思って中へ入ったら,しんと静まりかえっている。あわててチケットを確認したら,14時でなく4時開演だった。(逆でなくてよかった。)
 『神々の黄昏』を見るのは5回目である。実際にはもう1回,1991年7月の二期会の公演のチケットを買ってあったのだが,その日に引っ越しをすることになって,チケットは知人に譲った。『神々の黄昏』はどうも引っ越しに縁がある。

 新国立劇場の「トーキョー・リング」初演は2001年から2004年まで1作ずつ行われ,今回の再演は昨年と今年で2作ずつの上演である。したがって,各曲同士の間隔は,『ラインの黄金』が8年,『ワルキューレ』『ジークフリート』が7年,『神々の黄昏』が6年ということになる。(→参照
 『神々の黄昏』がもっとも短い間隔で見たわけで,全体として覚えていないことが多いことには変わりがないが,覚えている断片の数が少し多いような気もした。
 そもそも,同じ演出の「リング」を再び見るということ自体,昨年・今年の再演が初めてで,覚えている・いないという次元を超えて貴重な体験だった。

 肉体的には引っ越しの疲れ休みということで,寝てしまってもやむを得ないと思っていたのだが,実際には第1幕で少しうとうとしただけだった。休憩は45分が2回で,終演は10時20分,これを中2日で5回上演し続けるのは,歌手がいちばん大変だが,劇場としての体力が重要ということになるのだろう。今回の「リング」後半の大曲2曲の連続上演で,劇場としてステップアップした,ということであってほしい。
                 (この項続く

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