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Jun 18, 2010

ブローニー判・全手動でカメラ入門

 小学校4年の時,父親から譲り受けて,初めてカメラを手にした。最初に撮った写真は,横須賀の実家の裏の東京湾を見下ろす丘(その後整備されて中央公園となった)で,10歳ぐらい年上のいとこを写したものである。うろ覚えのゲルトというブランド名で検索してみたら,戦前から戦後にわたって作られていた国産カメラらしい。これを父は,戦死した兄から受け継いだと思われる。
 ブローニー判のフィルムを使い,セミ判(6×4.5cm)で撮影するカメラだった。フィルムはスプールに巻いてあり,端を引き出して反対側の空のスプールに差し込んで,空回りしないことを確認してから裏蓋を閉め,丸い赤い小窓に1という字が出るまで,(巻き上げレバーではなく)つまみを回す。1枚写した後は次の数字が出るまでまたつまみを回すのだが,巻くのを忘れて二重写しをしたこともあった。

 もちろん「全手動」で,距離と絞りとシャッター速度を自分で決める必要があった。決めるといっても,ASA100だと,晴れた屋外では絞り8,シャッター速度1/100が基準で,曇ってくると5.6の1/50にしてみるか,という程度のことだった。
 現像とプリントは,近所のお茶屋さんが「DPEの店」でもあったので,そこに頼んだ。たしか,中2日ぐらいかかり,できあがるのが待ち遠しかった。プリントは1枚10円した。当時の10円というのは,電車やバスに大人が乗れる料金で,かなり価値ある金だったから,フィルム代も考えるとそうたくさん撮れるものではなく,子供ながらも考え考え撮らざるをえなかった。

 そのころ買って熟読した本に,偕成社図説文庫の『カメラの世界』というのがあった。カメラの種類,写真の撮り方から現像・焼き付けの方法まで書いてあったので,現像はともかく,焼き付け(引き伸ばし)をやってみたいものだと思ったが,引き伸ばし機を買ってもらえる状況ではなく,実現しなかった。この本で,いつも使っているフィルムはブローニー判というサイズで,普通の小型カメラは35mmフィルムを使うということを知った。(その後二眼レフのカメラを使ったことがあり,そのときもフィルムはブローニー判だった。35mmのカメラはその後のオリンパス・ペンが最初だった。)
 偕成社図説文庫のこの本と『天体と宇宙』(野尻抱影著)は,字句を覚えてしまうほど読んだ思い出の書である。

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