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Jun 20, 2010

京急蒲田高架化の歩み

承前
 京急蒲田駅付近のこれまでの歩みを,自分のための覚え書きを兼ねて,以下にまとめておく。

 京急蒲田駅は,京急の本線と空港線の分岐駅で,昔からずっと空港線の線路は本線の下り線から分岐していた。空港線ホームは1本で,発車してしばらくは単線である。その単線の部分に第1京浜国道の踏切があり,箱根駅伝のときは選手の通過に合わせて電車の出発を調整していた。

(等幅フォントで見てください)       空港
                      /
           __________/
     _____/__[ホーム]_________
  品川 _____________________ 横浜
             [ホーム]

 昔々は,空港線とは名ばかりで空港のはるか手前が終点であり,通常は3両ぐらいの古い車両が空港線内のみを往復していた。ただし,朝の通勤時間帯に本線下りからの直通電車が走っていた時期もあったように思う。あとは,正月に,穴守稲荷への初詣のために直通があった。
 がらりと様子が変わったのは,1998年に空港の地下に羽田空港駅ができて空港アクセス機能を担うようになってからである。品川から空港への直通電車が多数走るようになり,本線のすべての快特(いちばん速い種別)が停車するようになった。空港線上りも品川方面へ直通するため,空港線からの電車は下り本線を横切って上り本線に入るようになった。
 その後さらに,空港線ホームから下り本線へ行く渡り線と,上り本線から(下り本線を横切って)空港線ホームへ行く渡り線が設置され,横浜方面と羽田空港との間の直通運転(空港線ホームで運転方向が変わる)が本格的に始まった。運転系統は,

 (1a) 本線下り(品川 → 横浜)
 (2a) 本線下りから空港線下り(品川 → 羽田空港)
 (3a) 本線上りから空港線下り(横浜 → 羽田空港)

と,その逆

 (1b) 本線上り(横浜 → 品川)
 (2b) 空港線上りから本線上り(羽田空港 → 品川)
 (3b) 空港線上りから本線下り(羽田空港 → 横浜)

になったわけである。
 空港線のただ1本のホームに,このうちの羽田空港行き((2a)(3a)),品川方面行き((2b)),横浜方面行き((3b))の3方向の電車が発着していた。また,上記のように,(2b)は下り本線を,(3a)は下り本線を横切るため,神業的な過密ダイヤになっていた。

                      空港
                      /
           __________/
     _____/__[ホーム]__\\_____
  品川 __/____________\_____ 横浜
             [ホーム]

 高架化工事は2001年から始まり,工事の進展に合わせて線路やホームの位置がめまぐるしく変わった。2008年には,横浜寄りの環八との交差部分の下り線が先に高架化され,渋滞が大きく減った。
 そして今回,いよいよ上りの線路とホームが2階へ移動したわけである。

 1階と2階の線路配置は,基本的な部分は同じ形で,2階は本線上り(1b)が6番線(山側;下図で下側)に,空港線から本線上り(2b),および本線上り横浜方面から空港線下り(3a)が4番線(海側;下図で上側)に発着する。(5番線は本線普通電車の待避のための切り欠きホームで,すでにできているが,今はふさいである。)
 1階は同様に,本線下り(1a)が2番線(山側;下図で下側),本線下りから空港線下り(2a)および空港線上りから本線下り横浜方面(3b)が1番線(海側;下図で上側)に発着する。したがって,1階も2階も,1つのホームに空港線の上りと下りがやってくるし,空港線下りは1階と2階両方から発車することになる。
 駅は実は3階までできていて,3階ホームへの階段が見えている。今の1階が,3階に引っ越すと上下線とも高架化が完成ということになる。

                    空港
                    /
                   /
        __________/___
  品川 __/_____[ホーム]_____\____ 横浜

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Comments

品川から旧羽田空港への直通(普通、230+280+230)は、鮫洲の待避線が出来てから都心乗入れ迄の間でしたね。鮫洲の跨線橋から眺めたのを鮮明に憶えています。鮫洲の用地拡幅には隣のお寺が協力してくれたと当時聞きました。
蒲田は特急が6輌の時代迄は、空港線から下り線を横切って直接上り線へも継がっていました。あの踏切も複線だったと思います。その頃、大森海岸の向こうは海で、海苔養殖の竹竿が沢山突き立っていました。
大井競馬開催日には立会川に特急が臨時停車もしていました。
高架化された蒲田の本線の写真を見ると、かなりカントが強くつけてある様に見えます。完成の暁には急行も両方向から10分間隔となりますから、本線快特も蒲田通過に戻り、京浜間15~16分運転になるのでしょうかね。

Posted by: あづまもぐら | Jun 20, 2010 at 05:22 PM

 あづまもぐら様
 いろいろご教示ありがとうございました。私は大森の海苔の竹竿はあまり覚えていませんが,富岡のあたりで海苔を干していたのは記憶にあります。
 本拠地
http://www.ne.jp/asahi/iizuka/toshiaki
の「鉄道の章」の『車窓伴影』をご笑覧いただければと思います。

Posted by: 家主IZK | Jun 21, 2010 at 11:16 AM

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