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September 2010

Sep 30, 2010

ヱビス・彼岸・ホルスト――9月の日々

 9月の連休中に,恵比寿ガーデンプレイスで恵比寿麦酒祭というのがあった。
 100年前の山手線の電車がホームに入っていくるところをCGで再現するというのが予告されていたので,まず行ってみた。しかし,要するに,来場者(多くは親子連れ)のリアル映像と古い電車のCGを組み合わせた画面の写真を撮るというもので,観光地で歴史上の人物の衣服を描いた板の穴から顔だけ出して写真を撮るのと似たようなものだった。
 ビール博物館内のラウンジでは,120年前のヱビスビール開業当時のおつまみの再現メニューが供されていた。薄切りの大根,エンドウ豆,フキ煮,小海老の佃煮というセットだった。おいしいけれど,江戸風なのか,味がやたら濃かった。

 東京は22日まで真夏日だったが,23日から「はい,お彼岸ですよ」と手のひらを返したように涼しくなった。
 神保町の角のたばこ屋には,「たばこ値上げまであと○○日」というカウントダウンが進んでいる。

 吹奏楽誌『バンド・ジャーナル』10月号には,予定通りホルストの「組曲第1番」の自筆譜に基づく校訂譜の第2曲のスコアが付いてきた。

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Sep 21, 2010

若乃花と谷啓――9月の訃報

 この9月,初代若乃花と谷啓が死去して,昭和はますます遠くなった感がある。

 相撲に関する「物心」がついたときは,鏡里,吉葉山,千代の山,栃錦の4横綱時代だった。そこに挑戦者として登場した若乃花は,人気は大関のころから一番で,若乃花の取り組みを前に,テレビのある近くの伯母の家に行くと,近所の人がたくさん集まっていた。
 栃若時代になってからの千秋楽決戦は,常に一場所のクライマックスだった。若乃花の長男がちゃんこ鍋でやけどして死んだというニュースは,子供にも衝撃を与えた。
 「明かりをつけましょ100ワット,お花をあげましょ若乃花」という意味不明の替え歌がはやったのも,人気力士ならではのことである。(この歌は,鳥越信『子どもの替え歌傑作集』にもちゃんと出ていて,どうやら全国的に歌われていたらしい。)

 ハナ肇とクレージーキャッツがブレークしたのは若乃花が横綱だった1960年代初めだった。ある時期からは,クレージーキャッツがバンドであることは忘れられてしまったが,最初は,コミックバンドとして楽器を持ってテレビに登場することも多かったと思う。進駐軍相手に場数を踏んでいたから,腕は確かだった。
 谷啓はトロンボーン。このころ,落語家の春風亭柳昇も,テレビの「お笑いタッグマッチ」でトロンボーンを吹くことがあった。柳昇の方はトロンボーンは趣味だったようだが。
 昔テレビで「エド・サリヴァン・ショー」がずっと放送されていたが,だいぶ後になって久しぶりにNHKがエド・サリヴァンの番組を放送したときに,ゲストとして谷啓が出たことがあった。「(エド・サリヴァンは)昔よくご覧になっていましたか」と聞かれた谷啓は真面目な顔で,「ずーっと昔のことですね。なにしろエド時代っていうくらいで」と言っていた。
 これで,クレージーキャッツのメンバーで健在なのは犬塚弘,桜井センリの2人になった(→参照)。

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Sep 20, 2010

2人の2冊目

 元N響の鶴我裕子氏の『バイオリニストは目が赤い』に続く2冊目のエッセイ集『バイオリニストに花束を』(中央公論新社)を読んだ。書き慣れて,肩の力が抜けた感じ。定年退職前後のことがいろいろ出てくるのと,小学校から高校までのことが書かれているのが,前作と違う点である。

 『ハプスブルク家 12の物語』に続く中野京子氏の「絵画王朝史」の第2作『<名画で読み解く> ブルボン王朝 12の物語』(光文社新書)を読んだ。こちらもますます快調,テンポのよい文章で,16世紀から19世紀のブルボン家の歩みすなわちフランス史が簡潔にわかりやすく語られる。
 ブルボン王朝の時代は,秀吉のころからの200年で,徳川幕府の時代より短い。その中で太陽王ルイ14世が70年以上,ルイ15世も60年近く君臨し,王は全部で5人しかいない(革命後の王政復古の時代を除く)。この本で肖像画が紹介される人物も王様・王族だけでは足りず,意外なところでは,ベンジャミン・フランクリンが登場したりする。
 この本によれば,君主は常に孤独で,後継者問題に悩まされ続けた。星新一の『さびしい王様』は,孤独でも周囲の目は暖かかったのだが。

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Sep 08, 2010

仙台空港アクセス線初乗り

承前
 胡堂・あらえびす記念館の後は,当初の予定では,秋田へ行って平野政吉美術館で藤田嗣治を見ようと思っていた。しかし,東京駅出発が予定より遅れたので,これからでは到着が4時ごろになり,すぐ閉館の時間であわただしい。それなら少し「鉄」風に,ということで,東北の唯一の「未乗」区間である仙台空港線に乗ることにした。
 「乗り始め」が遅かったから,もはや全国のJR線を「完乗」しようとは思っていない。幹線やそれに準ずる線には大部分乗ったから,乗った距離は90パーセントを超えているはずだが,それ以外の線は各地に散在し,どれも乗るのは容易でない。そんな中で,関東地方と東北地方のJRには全部乗り,特に東北の鉄道はJR以外も含めて2002年までに完乗した(→参照)。
 その後,2007年に仙台空港線が開通したので,完乗状態を維持するためには,いつかは行かねばと思っていた。

 仙台空港線は,東北本線で仙台から南へ10kmの名取から分岐して仙台空港まで7.1kmの第三セクター鉄道である。全列車が仙台からの直通する。仙台駅で,どこから発車するのかときょろきょろ探したら,「仙台空港アクセス線」という愛称で表示されていた。
 大都市・仙台だが,ここでは空港へ行く方向が「上り」だった。東北本線は東京方向が上りだから,これと合わせる必要もあったのだろう。たまたま,1日に4本しかない快速に乗ることができた。2両のボックスシート車のワンマン運転で,途中停車駅は分岐駅の名取のみ。名取からが新線で,単線の高架となる。途中の2駅を通過して快走し,最後は空港施設の下にもぐって,出ると終点,所要17分だった。P8282336

 千歳空港などと同じく駅は空港直結で,簡素な空港だから,搭乗手続き締め切りの10分前に着けば間に合いそうだ。しかし,今回は空港自体には用がないので,こんどは各駅停車ですぐ折り返す。途中の2駅では行き違いができるようになっているが,行き違いのないときはホームの片側(下りの場合ホームの右側)のみ使用しているようだった。帰りは24分かかって,仙台に戻った。
 仙台では,新幹線に乗る前に,牛タンをつまみにビールを飲んで,今日の締めくくりとした。

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Sep 02, 2010

猛残暑には

 2004年7月,東京では観測史上最高の39.5度を記録した。あまりに暑かったので,その夏は,33度ぐらいだと大したことないという感覚になったという記憶が残っている(→参照)。
 しかし,今年の暑さはこれとは違って,8月半ばから猛暑になり,9月に入っても衰える気配がない。それまでは,まあ「普通の夏」だったから,これはこたえる。
 気象庁の発表する気温は百葉箱の中で測るが,都会では地面が熱くなっているから,実際の気温は優に40度を超えている。しかも,日によるが,夜になっても風がなくてねっとりした空気に覆われていたりする。

 先日,テレビで紹介されていた缶ビール用の「ビアスムーザー」を,デパートの台所用品売り場で見つけて買った。ビールの泡をクリーミーにするセラミックの注ぎ口である。
 暑くて,外で飲むビールの量が増えていたが,家のビールがうまくなったので,少しは減らすようにするか。

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