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Sep 21, 2010

若乃花と谷啓――9月の訃報

 この9月,初代若乃花と谷啓が死去して,昭和はますます遠くなった感がある。

 相撲に関する「物心」がついたときは,鏡里,吉葉山,千代の山,栃錦の4横綱時代だった。そこに挑戦者として登場した若乃花は,人気は大関のころから一番で,若乃花の取り組みを前に,テレビのある近くの伯母の家に行くと,近所の人がたくさん集まっていた。
 栃若時代になってからの千秋楽決戦は,常に一場所のクライマックスだった。若乃花の長男がちゃんこ鍋でやけどして死んだというニュースは,子供にも衝撃を与えた。
 「明かりをつけましょ100ワット,お花をあげましょ若乃花」という意味不明の替え歌がはやったのも,人気力士ならではのことである。(この歌は,鳥越信『子どもの替え歌傑作集』にもちゃんと出ていて,どうやら全国的に歌われていたらしい。)

 ハナ肇とクレージーキャッツがブレークしたのは若乃花が横綱だった1960年代初めだった。ある時期からは,クレージーキャッツがバンドであることは忘れられてしまったが,最初は,コミックバンドとして楽器を持ってテレビに登場することも多かったと思う。進駐軍相手に場数を踏んでいたから,腕は確かだった。
 谷啓はトロンボーン。このころ,落語家の春風亭柳昇も,テレビの「お笑いタッグマッチ」でトロンボーンを吹くことがあった。柳昇の方はトロンボーンは趣味だったようだが。
 昔テレビで「エド・サリヴァン・ショー」がずっと放送されていたが,だいぶ後になって久しぶりにNHKがエド・サリヴァンの番組を放送したときに,ゲストとして谷啓が出たことがあった。「(エド・サリヴァンは)昔よくご覧になっていましたか」と聞かれた谷啓は真面目な顔で,「ずーっと昔のことですね。なにしろエド時代っていうくらいで」と言っていた。
 これで,クレージーキャッツのメンバーで健在なのは犬塚弘,桜井センリの2人になった(→参照)。

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