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October 2010

Oct 30, 2010

船員から雑誌編集者へ

 池袋の居酒屋で出会った背が高い鳥打ち帽の男は,船員と雑誌編集者をしていたと言った。その店にはずいぶん前から来ているということだったが,私は彼とは話をした記憶はなかった。年はたぶん七十少し前のはずだが,見た感じはもっと若く見える。
 飲んだ上で聞いたとりとめのない話の断片をつなぎ合わせると,彼は北陸の生まれで,高校を中退して大手の船会社に入り,当時まだあった貨客船の船員になったという。何年かして,雑誌で旅行記の募集があったので,船員として世界中に行った経験を書いて応募したところ入選した。原稿の依頼が来るようになり,本も出た。しかし,そういう形で世間で話題になると,地味な会社では波風が立って,結局辞めざるをえなくなった。
 その少し前から,仲間とヨットに乗るようになっていて,やがてヨット関係の雑誌や書籍の編集を手伝うようになった。少ししてSh社でマリン・スポーツの雑誌を出すことになり,スカウトされて,三十になる前にその初代編集長になった。
 最初は順調だったが,間もなくオイルショックとそれに伴う紙不足に見舞われて状況はにわかに厳しくなり,Sh社は同誌を3年あまりで休刊とした。それで彼は雑誌の権利を譲り受けて独立し,会社を興して雑誌の編集・発行を続けた。その雑誌は今も続いている。

 以上の「本筋」も十分波瀾万丈だが,そこにちりばめられた「挿話」も多彩だった。中でもおもしろかったのは,貨客船の船員をしていた17歳のときのこと,パナマ運河を越えて初めてニューヨークへ行き,2週間停泊したので,思い立ってメト(メトロポリタン・オペラ)へ行った。タクシーに乗ってメトと言ったら,運転手が「オペラを見るのか」というので「そうだ」と答えたら,「それじゃこれを使え」と言って,なんと蝶ネクタイを貸してくれたのだそうだ。

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Oct 24, 2010

ある指揮者の映像

 今のところは爆笑系だが,もしかしたら神童ぶりを示す貴重な映像になるかも。
 誰の映像を見て覚えたのだろうか。

http://www.youtube.com/watch?v=0REJ-lCGiKU

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野球と鉄道――反比例説

 昭和30年代には,プロ野球の球団の半数は鉄道会社が持っていた。
  西鉄  >西武
  南海  >ダイエー >ソフトバンク
  阪急  >オリックス
  近鉄  >阪急と合併
  阪神  (チーム名は61年まで「大阪」)
  国鉄  >サンケイ >ヤクルト
である(>以下はその後の主な変遷)。その前は,自分での記憶はないが,さらに
  東急  >東映 >日本ハム
があり,過半数を占めていたことになる。

 「半数」の時代,パリーグで強かったのは西鉄,南海,弱かったのは阪急,近鉄だった。大学の何の先生だったか,脱線して「鉄道が小さいと野球が強くて,大きいと弱いんですよね。つまり,野球の強さと(親会社の)鉄道の規模は反比例する。」という説を唱え,「このごろ阪急が強いから,電車がダメになるんじゃないかな」と付け加えた。セリーグでも,阪神は優勝回数は少ないながらいつも上位にいたのに対し,国鉄はたいてい最下位だった。
 その後,「電車がダメに」なったわけではないが,上記のようにいろいろな変遷があり,現在球団を持っている鉄道会社は西武と阪神の2つになった。しかも,阪急と阪神が同一グループになるという以前には考えられなかった状態になっている。

 今年の日本シリーズを戦うことになったロッテと中日は,共に,一貫して「非鉄道系」の球団である。

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Oct 15, 2010

3人のマサコサマ

 友人Aはお兄さんと2人兄弟である。お母さんの名はマサコさんという。Aはお兄さんより早く結婚したが,その相手もマサコさんだった。友人たちは,これがほんとのマサコンだとからかった。
 そして,その翌年,あろうことか,お兄さんもマサコさんと結婚したのである。
 A一家は自宅を改築して,両親と兄弟がワンフロアずつの3階建ての家に住んでいた。フロアごとに生活は独立しているが,なにしろAマサコさんが3人同居しているわけで,ややこしい。区別する呼び名として「マサコ1号」「マサコ2号」…という提案もあったが,「2号さん」ではあんまりだとして却下され,結局「大マサ」「中マサ」「小マサ」が採用された。
 その後,残念ながら「小マサ」が若くして病没し,三人マサコ体制は長くは続かなかった。

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Oct 09, 2010

死んだはずだよ,お富さん

 アナログ・レコードの時代,特に昭和40年以前は,大ヒット曲ともなると,若者だけのものではなく,老若男女だれでも知っていたような感じがする。個人の録音手段がないから,レコードを買う人以外はみなラジオで聞いて覚えたのだろう。
 私は「リンゴの唄」や「青い山脈」のころのことは知らないが,春日八郎の「お富さん」のことはかろうじて知っている。これが大ヒットしたのは,幼稚園のころだった。幼稚園児でも「いきなくろべえ みこしのまーつに,あだなすがたの あらいがみー」と歌っていたのである。
 自分では覚えていないが,幼稚園である日,私が先導,というか扇動して,「お富さん」をみんなで大合唱し,先生は呆然として歌うにまかせるしかなかったということを,後から繰り返し聞かされた。
 もちろん,歌詞の意味などわからない。「みこしのまーつに」というのは「神輿のマークに」ということかなと思っていた。後から考えると,歌舞伎の物語の一場面に基づく歌詞であり,「死んだはずだよ,お富さん」というのはどういうことなのかは,大人だってわかっていない人が多かったに違いない。

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Oct 07, 2010

創痍録

 8月下旬に引っ越しの「補遺」があってかなりの段ボールを運んだが,そのときに右腕をひねってしまい,肘のすぐ下が痛むようになった。何もしなくても痛いというわけではないのでうっかり重いカバンを持ち上げてしまい,あっ,しまった,腕を痛めていたんだ,と思い知らされる。
 1か月ぐらいたっても,例えば,生ビールのジョッキを持つとき,肘を張って右腕を水平に近く上げると痛かった。それで,にわか「左党」になって生ビールは左手で飲むようになった。朝の紅茶の大きいポットもなるべく左で持つ。
 ほかに,歯磨きのときも,歯ブラシ(電動)を持って肘を持ち上げるので痛む。これは左手ではどうもうまく磨けないから,肘を上げなくていいように,顔を必死に右へ傾けたりする。
 それでも,今週あたりからやっとだいぶマシになった。

 腕を痛める2週間ぐらい前には,包丁で左親指をかなり深く切ってしまった。早くビールが飲みたくて,冷や奴の薬味にするネギをあせって刻んでいるときだった。
 何事も回復が遅いのは年のせいだろうが,なんとももどかしい。

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Oct 05, 2010

続・スポーツ紙対決

 スポニチ,ニッカンスポーツのサッカーの日本代表監督についてのスクープ対決(→参照)から1か月,今度は楽天の次期監督を巡り,9月30日の第1面で,スポニチは星野,ニッカンスポーツは桑田を「有力」と書いて,対立した。私がスポニチびいきだということを別にしても,監督の経験がない桑田というのはないだろうと思わざるを得なかった。
 それが,10月5日には,両紙とも1面で「楽天・三木谷会長が阪神のオーナーと極秘会談 星野(阪神シニア・ディレクター)“譲渡”を要請」と報じた。特にスポニチは「決定的」(見出しの「的」の字は小さくしている)と書いている。
 今季,楽天は6位だったが,上位との差はセリーグの横浜よりはだいぶ小さかった。来季もパリーグは大混戦になるような気がする。一方,横浜は身売り話が大詰めだという。「住生活ベイスターズ」となる??
 それにしても,「極秘会談」という大見出しというのはある種の形容矛盾ではないか。

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