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February 2011

Feb 28, 2011

ナセルとハイレ・セラシエ

 中学で海のキャンプに行き,泳ぎの特訓を受けた。水の中で目を開いて声を出す練習をしたのだが,そのとき「なせばなる,なさねばならぬ何事も,ならぬは人のなさぬなりけり」と水中で唱えるように言われた。何度かやっているうちにパロディする余裕が出てきて,「何事も」の後は「ナセルはアラブの大統領」と唱えて短く終わらせたりした。約50年前には,エジプト(途中からアラブ連合)のナセル大統領の名は子供にも知られていた。
 もう一人,小学生も知っていたアフリカの元首は,エチオピアのハイレ・セラシエ皇帝である。この皇帝の名が蘇ったのは,後にマージャンをするようになったときで,ツモるときにカンチャンが入ることを願って「入れ・セラシエ」と唱えるのが一時仲間うちで流行したのである。

 エジプトの大統領は,ナセルの次がサダト,その次が先日辞任したムバラクである。55年間に,大統領はわずか3人しかいなかった。

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Feb 27, 2011

ニュージーランド――時差,紅茶,鳥

 地震のニュースを聞いて,あれ,ニュージーランドって時差が少なくて楽というのがウリだったはずなのに,4時間もあるんだっけ,と思った。調べたら,時差は標準3時間で,今は夏時間だから4時間なのだった(といっても,夏時間の期間が半年以上あるのだが)。すべてにおいてしばしばオーストラリアといっしょにされるが,オーストラリア東部とも2時間の時差がある。
 たぶん70年代の終わりごろのことだったと思うが,友人がニュージーランドへ行った。今思うとクライストチャーチだったような気がするが,ホテルで朝6時ごろドアがノックされ,紅茶が届いたという。当時すでにイギリス本国では廃れかけていた early morning tea,すなわち「目覚まし紅茶」のサービスである(このあと,朝食のときにももちろん紅茶が出る)。ニュージーランドが,イギリスよりもイギリスらしい,と言われる所以である。
 お茶の習慣だけならいいのだが,野鳥に詳しい知人によると,イギリス人は植物や鳥をイギリスから持ち込んだという。生物帝国主義というべきか。

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Feb 22, 2011

目玉焼きと焼き芋

 2週間ほど前の某日の夕食は,目玉焼きに始まり,焼き芋で終わるセットだった。というと和食のようだが,これが実は,ミシュラン1つ星のイタリアンの店での会食のコースだったのである。
 目玉焼きは2つの前菜のうちの1つ目で,さすがに単なる目玉焼きではなく,高級食材の黒トリュフを添えたものだった。(しかし,添える相手は何も目玉焼きでなくてもいいのにという気がした。)一方,デザートの焼き芋は,皮をむいて「切り身」にしてあってナイフとフォークで食べるようになっていたが,もろに焼き芋で特に変わった味ではなかった。(サツマイモは私の最大の苦手種目だが,なるべくフツーの顔をして食べるようにした。)
 両者の間には,前菜がもう1つ,パスタ,魚料理,肉料理があって,質・量ともに充実した食事だった。もちろん安くはないが,贅沢な空間で2時間半過ごし,サービスも洗練されていたことを考え合わせれば,特に高いとはいえない。料理の付け合わせなどいろいろな面で,やや凝りすぎで,少々疲れたが。

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Feb 19, 2011

わがディスプレイ史

 最初に買った自宅のパソコンはNECの98NOTEで,画面はモノクロ液晶だった。次がデスクトップの「DOS/V機」で,モニターは15インチのCRT(ブラウン管)にした。当時のモニターの最高峰のナナオ製のよりは安かったが,それでも7万円ぐらいしたと思う。モノクロからいきなり何万色だかのカラーになって目が覚めるようだった。モニターはそれから計9年使い,本体はその間2回買い換えた。
 カラーの液晶ディスプレイは,最初のうちほぼノートパソコン専用で480×600ドットのものしかなく,それ以上の大きさのデスクトップ用はとんでもなく高かった。それが,手ごろな値段になってきたのは今世紀になってからだっただろうか。2003年に本体を買い換えたときに15インチの液晶にした。液晶の15インチはCRTの17インチとほぼ同じ大きさである。

 以来8年,それでまあ十分だと思っていたのだが,先日,パソコンに向かっているときの姿勢が良くないという指摘が約1名からあったので,まず姿勢を保ちやすそうな椅子を買うことにした。続いて,ほとんど行ったことがなかったパソコンのディスプレイ売り場に行ってみたら,23インチ,25インチといった大きな画面の液晶ディスプレイが2万円ぐらいからあるのに驚いた。ただし,主流のものは縦横比がブルーレイディスク用の横長画面で,23インチといってもタテの長さはあまり長くない。ブルーレイはパソコンで見る必要はないんだけどなあと思いながら見ていたら,従来型の19インチのが19000円でひっそりと売られているのを見つけた。3秒考えて買うことにした。
 19/15の2乗で,面積は1.6倍になった。ドット数が増えたので表示される文字一般がそれほど大きくなったわけではないが,ソフトごとに大きめの表示にすると非常に見やすい。特にブラウザは,レイアウトをだいたい保持したまま文字だけ大きくすることができる。おかげで,家でパソコンに向かう時間が増えてしまった。

 かつての日本では DOS/V で動くIBM-PC互換機とNECの9801は不倶戴天の敵だった。そのIBMのパソコン事業を買収したレノボとNECが提携するという。昨日のライバルは今日のパートナー,か。

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Feb 13, 2011

ノンフィクション2冊――『反音楽史』『嬉遊曲,鳴りやまず』

 12月から1月にかけて,何年も前に買ったきり読まずにいたノンフィクション2冊,石井 宏『反音楽史――さらば,ベートーヴェン』,中丸美繪『嬉遊曲,鳴りやまず――齋藤秀雄の生涯』(共に新潮文庫)を読んだ。正確には,『反音楽史』は前に単行本で買ったのに読んでいなくて,このたび,去年秋に出た文庫本で読んだのだった。
 『反音楽史――さらば,ベートーヴェン』は,ドイツ人が19世紀後半から20世紀初めにかけて作り上げ,それを輸入した「西洋音楽史」に異を唱えたもの。音楽への関心の中心がオペラになって久しい者にとっては非常にまっとうと思える主張で,特に意外な話ではないが,存命中まったく無名だったバッハの生活の様子や,モーツァルトが神童としては名を上げたが作曲家としてはそれほどでもなかったことなどが具体的に語られていて,おもしろい。
 著者によると,ドイツ中心の音楽史観の「創始者」はシューマンだという。前掲の『シューマンの指』を読んだ直後だったので,そのあたりの経緯が特に印象に残った。

 『嬉遊曲,鳴りやまず――齋藤秀雄の生涯』は,副題にあるように,サイトウキネン・オーケストラ(ただし,改名予定だとのこと)に名を残す音楽教育者・チェリストの斎藤秀雄(1902-1974)の生涯を綴ったもので,500ページを超える大冊。直接接するのはうっとうしそうで,できればつきあいたくないと思わせる斎藤だが,物語としてはおもしろい。
 著者はソプラノの中丸三千繪のお姉さん。話の運びがいまひとつぎこちないのが残念だが,特に戦前の部分は波瀾万丈でどんどん読めた。戦後は教育者として一筋に突き進むので,やや単調になる。
 これを読んでちょっと自慢したくなったのは,この本の著者は斎藤に会ったことがないのに対し,私は,死の前年の斎藤にインタビューしたことがあるということである。この本によると当時すでに病気がかなり進行していたのだが,そのときは一応元気に話をしてくれた。聞いたのはどちらかというと,父上の英語学者・斎藤秀三郎のことが中心で,教育者として父の影響が大きかったことを語り,「音楽にもグラマーがある」と話を締めくくったのだった。

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Feb 12, 2011

音楽ミステリー2冊――『シューマンの指』『おやすみラフマニノフ』

 12月から1月にかけて,日本のクラシック系演奏家を主人公にした2冊のミステリーを読んだ。奥泉 光『シューマンの指』(講談社)と中山七里『おやすみラフマニノフ』(宝島社)である。
 『シューマンの指』は,天才ピアニストの高校時代と「現代」が重層的に語られる「幻想ミステリー」。主に扱われる音楽はシューマンの「幻想曲ハ長調」で,ほかに「子供の情景」「ピアノソナタ第2番」「アベッグ変奏曲」などが登場する。シューマンにならって「ダヴィッド同盟」を結成している主人公が,ショパンに比べて冷遇されているシューマンを正しく評価してほしい,と語る。
 最後の部分で,結末に向けていろいろな流れが合流し,クレッシェンドする。ミステリーをあまり読み慣れていない者にとっては,こういう結末もあるのか,と驚かされた。

 これに対し,『おやすみラフマニノフ』はずっと普通のミステリーで,主人公はヴァイオリンの音大生,舞台は名古屋にある音大である。普通でないのは,扱われる事件が殺人ではなく,ストラディヴァリウスの盗難,および演奏会が開催できるかという問題であるという点だ。
 音楽上の設定やオーケストラの練習のディテイルには変なところが多かった。まず,日本人の「ラフマニノフ弾きとして世界的なピアニスト」というのはまあいいとして,それがいま70歳台というのは時代錯誤だ。1950年代という設定なら少しはいいかもしれないが,現代ではこういう扱い方をされることはありえない。しかもそれが,ある時期のホロヴィッツやミケランジェリのようにめったに演奏しない「幻のピアニスト」で,自らが学長を務める音大の大学祭の演奏会に久しぶりに出演する,ということになっていたりする。
 しかしそれよりも,ラフマニノフのピアノ協奏曲の練習に,音大のオーケストラが「あと3か月しかない」といってやたらあせって練習で指揮者が怒鳴り散らしたり,たかが大学祭での演奏会への出演がプロへの登竜門だったりしているのは,まったくリアリティがない。と文句をいいながら,話はだんだんおもしろくなって,最後まで読んでしまった。

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Feb 11, 2011

川のない町

 小学校の国語や社会の教科書に,典型的な小都市の様子の絵が載っていた。駅があって駅前に商店街があり,役所や学校があり,寺や神社があり,川が流れていて田畑があり,少し離れて山と海がある,といった鳥瞰図である。
 故郷・横須賀には,こうした絵の中のアイテムがなかなかよく揃っていた。かつては近所に田畑があったし,学校は海のそばで,裏の岡にのぼれば三浦半島でいちばん高い(といっても標高248メートルだが)大楠山も見えた。
 そうした中で,唯一,自分の町で身近でなかったのは川である。横須賀でいちばんちゃんとした川は平作(ひらさく)川だが,上記の大楠山の水源から久里浜湾の河口まで長さは7キロほどしかなく,しかも私のところからは京浜急行で数駅離れていて地元という感覚ではなかった。そのほかの地域は高台が海に迫っているところが多く,川らしい川はなかった。

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Feb 06, 2011

誤解される歌詞――今こそ分かれ目,ウスが棲む

 「仰げば尊し」は,小学校の卒業式で歌い,次は高校の卒業式で歌った。幸か不幸か「誤解仲間」はけっこう多いようだが,高校3年のある時期まで,1番の4行目の歌詞を「今こそ分かれ目」だと思っていた。係り結びということがあるのは古文の授業で知ったが,それと「仰げば尊し」とは結びつかなかったのである。
 「祝ふ今日こそ楽しけれ」(「一月一日の歌」)なら迷うことはないが,たまたま「分かれ目」という言葉があって,それでも意味が通るような気がするから生じた誤解だろう。

 「鉄道唱歌」の3番に「海のあなたにうすがすむ 山は上総か房州か」という歌詞がある。「うすがすむ」というのは「薄霞む」なのだが,海の向こうにウスという怪獣(?)が住んでいる(棲んでいる,と書く方がいいかも)と思っていた人がいたという。
 これは歌詞そのものの問題というよりは,メロディが歌詞のアクセントに沿っていないからという要因が大きい。東海道線だけでも66番まであるから,すべてにわたってアクセントを考慮してはいられないというのも当然ではあるが。

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Feb 03, 2011

節分の次には

 「節分の次には何が来る?」と聞かれて,普通は「立春」と答えるが,国語辞典の関係者は「接吻」と答える,という小話を昔聞いた。

 春は待ち遠しいけれど,冬と夏とどちらがいいかと聞かれると冬の方がずっとよい。冬の寒さには衣類を着ることで対抗できるが,夏は脱いだところでそれ以上はどうしようもない。

 立春,立夏,立秋,立冬は,現代の暦では実際の季節の始まりよりかなり早い。特に立夏は,「目にはさやかに」もなかなか見えず,暑さが本格化する時期だったりする。そこへいくと,立春の方が,ちゃんと春の兆しが見え始めるような気がする。

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