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September 2011

Sep 29, 2011

上海 四半世紀前

 1988年3月に中国(大陸)へ行った(→参照)。北京に着き,だんだん南へ行って最後は上海から帰国する旅だった。
 今週地下鉄が追突事故を起こした上海だが,当時は人口1200万の巨大都市に地下鉄はまったくなく,何百万人もの人がバスと自転車と徒歩で移動していた。蚊の大群のような感じで無数の自転車が広い通りを埋め尽くし,その間を車やバスがクラクションを鳴らしながらけっこうな速さで走っていくのは壮観だった。
 バスは,当時日本ではあまり行われていなかった「アイドリング・ストップ」をしていた。これでガソリンは少し節約できるだろうが,エンジンを起動するときの電池の消耗は激しいはずだよな,などと考えてしまった。

 それから四半世紀,上海は今や路線の長さ世界一の地下鉄都市だという。中国版新幹線もものすごい早さで建設されたが,それを上回る急成長である。空港との間には,高速のリニアモーターカー(磁気浮上式)もある。

 上海からの成田への飛行機は,前に書いたように(→参照),飛行時間の半分以上は日本の領空を飛んでいるのだった。同行メンバーの中に四国から来た人がいて,途中で「このへんで飛び降りると(家に)近いんだけどなあ」と言っていた。

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Sep 19, 2011

ボローニャ歌劇場『エルナーニ』

 ボローニャ歌劇場来日公演の『エルナーニ』初日を見た(18日,東京文化会館)。ボローニャは93年以来5回目の来日で,これまで大部分の演目を見たが,常にレベルが高く,しかもこの歌劇場に仲間意識のある歌手が集まっていて,毎回楽しく見ている(→参照)。今回行くのはこの1回のみの予定である。
 入口で,通常2000円以上する分厚いプログラムが無料で配られていた。歌手の大幅な変更などを考慮したもののようで,6月のメトのときと同様である。早くキャンセルになったカウフマンを除いては当初予定のメンバーが掲載されていて,代役(なんと計7名)の紹介は別冊になっていた。
 上演前に歌劇場総裁が登壇した。その名はなんとエルナーニ氏。この公演を,急逝したサルヴァトーレ・リチートラ(タイトルロールを歌うはずだった)と震災の犠牲者に捧げるという表明があった。

 『エルナーニ』を生で見るのは初めて。ヴェルディ30歳のときの作品で,見たオペラの中では『ナブッコ』に次いで早い時期のオペラである。開幕の合唱がまずすばらしい。以後も合唱の出番が非常に多く,合唱の合間にアリアがあるという感じである。若々しい音楽をレナート・パルンボの指揮が引っ張った。
 リチートラの代役はロベルト・アロニカ。最初は危なっかしかったが,やがて調子が上がった。他の歌手も,それぞれ徐々に良くなって,総合力では立派だった。
 劇中で,ドン・カルロ王が神聖ローマ帝国皇帝に選ばれ,カール5世が誕生する。カール5世の子がフェリペ2世,孫がドン・カルロ王子,すなわち後の『ドン・カルロ』の登場人物である。
 印象的だったのはバンダ(舞台裏で演奏するアンサンブル)の活躍で,トータルでのバンダの演奏時間の長さは,オペラの中でもトップクラスだろう。表オケとのかけあいなどもおもしろかった。休憩時にオーケストラ・ピットをのぞいてみたら,トロンボーンはイタリアでよく使われるバルブではなく,普通の楽器(スライド)だったが,チューバはバルブ・トロンボーンの形をした楽器だった。

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Sep 18, 2011

9.11 10年と半年と

 2001年の8月から9月にかけて,帰宅が遅い日々が続いていた。テレビのニュースも時々しか見なかったが,9月1日の歌舞伎町ビル火災はかなり衝撃的な事件だった。
 9月11日夜も12時近くに何も知らずに帰ってきたところ,当時受験生だった息子が珍しくテレビを見ていて,「アメリカが大変だ」という。ワールド・トレード・センターに1機目の飛行機が突っ込んでから2時間たっていて,テレビはすべての番組を中断してこのニュースをやっていた。その後,2機目が衝突するシーンとビルが崩壊するシーンの映像が繰り返し流された。
 物心ついてから最大の歴史的なできごとは,ベルリンの壁崩壊とドイツ統一・東欧の大変動,およびそれに続くソ連の崩壊だったが,これに次ぐのが 9.11 の事件ということになる。

 それからの10年はあっという間だった。まる10年の日は,震災から半年の日に重なるという偶然も加わって,祈りの日となった。

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Sep 12, 2011

夜ごと天体望遠鏡

 8月某日,希望小売価格12万4千円の天体望遠鏡が今なら19800円,という宣伝メールが来て,反射的に注文してしまった。凝り出せばきりがない世界だが,繁華街から近い都内のこととて,とりあえず月と惑星が見えればよいと割り切れば,アイピース3個(つまり倍率が3種類になる)と三脚と赤道儀がついているので,まあお手頃かなと思った。
 到着して10日ぐらいしてようやく開梱し,説明書を頼りに組み立てたが,月齢は「月末」になってしまい,続いてのろのろ台風がやってきて天気がすぐれず,9月7日になってようやく,天体望遠鏡で「月見」ができた。ちょうど視野いっぱいに月が広がり,まぶしいくらいの明るさである。11日夜には月齢が14日となった。月の2つの名峰ティコとコペルニクスが特に輝いているのは特に壮観である。
 月以外では木星を見ている。いま木星は深夜の東の空でひときわ明るく,四大惑星が日々位置を変えているのが見える。ガリレオは402年前に初めて望遠鏡で木星を観察して四大衛星の姿に太陽系の縮図を見たという話を読んでから50年以上たって,ようやく自分の天体望遠鏡を手にすることができた。
  (→参照P9104436a

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Sep 04, 2011

続々キャンセル

 テノールのヨナス・カウフマンが,6月のメト日本公演をキャンセルしたのに続き,9月のボローニャ歌劇場(『カルメン』のドン・ホセ)とバイエルン州立歌劇場(『ローエングリン』のタイトルロール)の日本公演をキャンセルした。胸部のリンパ節の切除手術のため,とのこと。私は『ローエングリン』の切符を買ってあるのだが,その代役はヨハン・ボータだという。
 ヨハン・ボータは,日本では2009年秋のスカラ座『アイーダ』に出たが,私は2005年暮れにウィーンでローエングリンを歌うのを聞いたことがある。よくコントロールされたいい声なのだが,騎士でなく相撲取りにふさわしい体型なのが困りものだ。ウィーンではボータを想定した新演出だったためか,剣でなく念力で戦っていたが,今回はどうなるのだろう。

 ボローニャの方は,ウェブサイトによると,カウフマン以外にもアルベルト・ガザーレ,フアン・ディエゴ・フローレスがキャンセルし,サルヴァトーレ・リチートラ(テノール)が交通事故で出演不能になって,男声陣は満身創痍の状態になった。リチートラとフローレスはまだ代役が決まっていないようだ。
 リチートラは私が見る『エルナーニ』のタイトルロールを歌う予定だった。一部報道では「重態」ということで,今回はともかくとしても,心配。2000年のスカラ座など,これまでに3回聞いたことがある。最初の時は,一瞬「リーチ・ドラ」と読んでしまった。

【9月6日追記】リチートラは意識が戻らないまま6日に死去したとのこと。享年43歳。ボローニャ歌劇場の公演は,その後他のキャンセルもあったが,5日までに代役が決まった。フローレスの代役は,一日だけだが,なんとアントニーノ・シラグーザ。

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Sep 03, 2011

『Bloghissimo 神保町便り 3』――ブログ本3冊目

 ブログを本にするサービス「MyBooks」を利用して,これまでに2回本を作った。最初が2006年6月,2冊目が2008年7月で,それぞれ,このブログの約2年分の記事をまとめたものである。2冊目から3年が過ぎ,このたび,3冊目『Bloghissimo 神保町便り 3』を作成した。昨年暮れに会社が移転して神保町地区を離れるまでの約2年半の分をまとめたため,これまでのものより厚くなった。
 この3冊目の本の最後は,昨年11月28日の記事である。そこに書いたように,もともと神保町についての記事が多かったわけではなく,神保町はいわば気持の上での発信地だった。P7284234a


 MyBooks のシステムが前より進化して,ネット上で専用のエディタが使えるようになり,文字の大きさや写真の位置が変えられるようになるなど,自由度が増した。(ただし,目次の形式が1項目必ず2行になってしまうのは,不自由。今回ページが増えたのはこれも一因である。)
 さらに今回は,epub形式の電子書籍ファイルをボタン一つで作成できるようになった。本は製作費がかかるのでそう皆に配るわけにもいかないが,ファイル(大きさは 1MB ほど)なら気軽に知人に送ることができる。(epubファイルは読書端末用の形式だが,PC上では一部のブラウザや espur などのリーダーで,iPod/iPad では iBooks で読むことができる。)

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