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October 2011

Oct 22, 2011

チャイナタウンとしての神保町

 『東京人』の11月号は,「孫文、魯迅、周恩来――留学生からはじまった チャイナタウン神田神保町」という特集である。神保町が一種のチャイナタウンだったということは以前から少しは言われていたが,この視点からこれだけまとまった紹介が行われたのはたぶん初めてだと思う。
 執筆者は,辻井 喬,楊逸(芥川賞作家),森まゆみなど,なかなか豪華。神保町から少し離れた湯島聖堂も扱われている。飲食店も重要な要素で,周恩来の詩が飾られている漢陽楼はもちろん何度も出てくるが,ほかに源来軒,揚子江菜館,スヰートポーヅ,威享酒店などが登場する。

 神保町の「チャイナタウン時代」は戦前の話だが,1970年代半ばでも古い感じの中華料理の店が何軒かあって,そう言われればちょっと中華街風だった。すずらん通りの今は郵便局のある場所にあった「廬山菜館」,すずらん通り中程で赤い窓枠で向かい合っていた「禮華楼」「楽楽」,ひとつ裏の「大雅楼」,もう少し東の明治45年創業の「萬楽飯店」,神保町三丁目の「源興號」などが点在していた。このうち,萬楽飯店以外は現存しない。
 廬山菜館は,当時少なかった四川料理の店で,5種類ぐらいあるランチのひとつはいつも麻婆豆腐だった。会社の先輩たちは,麻婆豆腐というものをここで初めて知ったという。
  (→参照:「本拠地」の「神保町昼食ニュース」2000年2月号)

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Oct 16, 2011

驚嘆のサロメ――エリカ・ズンネガルド

 新国立劇場の『サロメ』を見た。『サロメ』を見るのは13回目で,モーツァルトの4大オペラに次ぐ回数になる。今回のタイトルロールのエリカ・ズンネガルドは,歌・演技・容姿ともこれまでで最高ランクだった。この公演はあと2回ある(19日・22日,共に15:00)ので,迷っている方はぜひ,ということで急いで書いておく次第。
 特に演技面では,まあ15歳というのは無理にしても(顔をオペラグラスで子細に観察しなければ)20歳ぐらいには見えるほっそりした女性がだんだん妖しくなっていくさまは圧巻で,最後にヘロデが「この女を殺せ」と叫ばずにはいられなかったのは当然と思わせる。しかも,声は透明だが強靱かつしなやかで,7つのヴェールの踊りを踊った後の長丁場もぐいぐいとクライマックスに持って行く。
 新国立劇場のこの演出(アウグスト・エファーディング)は2000年4月のプレミエ以来なんと5回目で,同じ演出のオペラを5回見るというのも初めての経験だった。これまでのサロメは,シンシア・マークリス,ジャニス・ベアード,エヴァ・ヨハンソン,ナターリア・ウシャコワで,細かいことは覚えていないが,みな水準以上の容姿で,踊りも最後は全部…だった。でも,今回ほど少女らしく,かつ歌も良いのは初めてである。
 少女らしいという点では,デッサウのオペラの来日公演(2001年11月;「本拠地」参照)のエイラーナ・ラッパライネンに少し及ばないが,歌との総合力で今回のズンネガルドが圧倒的にトップである。

 新国立劇場は,その前の『イル・トロヴァトーレ』(新制作)で2011-12シーズンが開幕した。これも引き締まった舞台で,ボローニャのヴェルディの直後だったが,安心して見ることができた。
 オペラの「シーズン」というのは,新国立劇場ができて初めて体験することになった概念である。それと共に,上記『サロメ』のような同じ演出の再演というのも,新国立劇場という常設のオペラならではの楽しみである。

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Oct 15, 2011

7か月後

 2か月に1度ぐらいの頻度で行く繁華街の飲み屋に行ったら,カウンターはそこそこ埋まっているものの,テーブル席はかなり閑散としていた。帰るまでに客の出入りはあったが,全体としては空席が目立つ状態が続いた。
 帰りがけに店主に,今日はちょっと寂しいね,と言ったら,「いやあ,ずーっと良くないね。これでも震災直後よりは戻ったんだけど,人通りがこの程度だから。まあ,明日は金曜だから今日よりはマシだと思うけど」という。確かに,通りは客引きの姿ばかりが目立つ。
 その日の昼,昼食に寄った別地域の和食店でも,主人が常連客に「震災このかた,みなさん,少しでも早く家の近くまで帰ろうっていうことらしくて,このへんでは飲まないんですね。」と言っていた。
 先日,京都でも,タクシーの運転手に「外人観光客はどうですか」と聞いたら,お盆前ぐらいから少し良くなったが去年の三分の一にもいかない,とのことだった。

 10月10日に,常磐線の不通区間のうち,いわきのすぐ北の久ノ浜~広野が開通した。ほんの2駅だが,ずっと進まなかった復旧が再開されたのは喜ばしい。次は,だいぶ北へ跳んで原ノ町~相馬の開通が見込まれるとのこと。
 さらに,その北の新地・坂元・山下の各駅は,元の場所でなく,線路ごと内陸へ移設することになったという。となると,まだかなりの時間がかかるが,道筋がついたというのは大きな前進である。
 9月23日から,東北新幹線のダイヤが震災前に復した。3月5日がダイヤ改正だったので,6日間だけ実施されたダイヤに戻ったということになる。12月に開通した八戸~新青森の区間を乗りにいかなければと思う。

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Oct 02, 2011

バイエルン州立歌劇場『ローエングリン』

 9月29日,平日4時開演のバイエルン州立歌劇場『ローエングリン』(NHKホール)に出かけた。
 タイトルロールは元々ヨナス・カウフマンだったのだが,メト,ボローニャに続いて降板し,代役にはヨハン・ボータがやってきた。ボータを初めて聞いたのは,実は2005年12月ウィーンのローエングリン(→参照)だった(そのあと2009年のスカラ座公演のラダメスで初来日した)。美声だけど,騎士というよりは力士という体型がどうもねえ,と思っていたが,今回はまったく騎士らしくない現代的な服装だったので,見た目はあまり気にならなかった。

 最初から幕が開いていて,人が後ろ向きに立っている。この人が,家の図面を描いていく。1幕が始まると,人々がこの図面に沿って石を積んでいくのだが,そのなかのつなぎを着た女性がエルザなのだった。以下,2幕では壁ができ,2幕の最後に屋根が乗っかって,新居が完成する。主役の2人は歌う前から舞台でペンキを塗るのに忙しく,通常より長く舞台に出ていた。
 上記のウィーンの『ローエングリン』はそのとき新演出になったもので,真っ暗な中で蛍光塗料がうごめき,エルザは盲目で,最後には(ゴットフリートの?)胎児が登場するという珍妙な舞台だった。それに比べると,今回の演出ははるかにまともで,特に好まないけれど,まあこういうのがあってもいいと思った。ただ,最後の場面で合唱が全員ピストルを頭にあてるのは,まったく意図不明。合唱のメンバーのKさんに後で聞いたら「あの場面でいつもしらける」とのこと。

 エルザ(新国立劇場で何度か聞いたエミリー・マギー)もローエングリンも,最初がちょっと不安定だったが,間もなく立ち直り,声楽の水準は総じて高かった。ボータは,よくコントロールされた無理のない美声で,上記Kさんは「声の若さと強靱さで現時点では最高のローエングリン歌いだと思う」という。考えられるいちばん大物の代役がやってきたことになる。
 震災後,というより原発事故後の状況下で,メトもボローニャもバイエルンも,歌手の交代その他いろいろなドタバタを経て,これだけのレベルの公演を実現させてくれたことについては,各歌劇場とその関係者に感謝あるのみである。

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