« 驚嘆のサロメ――エリカ・ズンネガルド | Main | 名古屋泊と武豊線 »

Oct 22, 2011

チャイナタウンとしての神保町

 『東京人』の11月号は,「孫文、魯迅、周恩来――留学生からはじまった チャイナタウン神田神保町」という特集である。神保町が一種のチャイナタウンだったということは以前から少しは言われていたが,この視点からこれだけまとまった紹介が行われたのはたぶん初めてだと思う。
 執筆者は,辻井 喬,楊逸(芥川賞作家),森まゆみなど,なかなか豪華。神保町から少し離れた湯島聖堂も扱われている。飲食店も重要な要素で,周恩来の詩が飾られている漢陽楼はもちろん何度も出てくるが,ほかに源来軒,揚子江菜館,スヰートポーヅ,威享酒店などが登場する。

 神保町の「チャイナタウン時代」は戦前の話だが,1970年代半ばでも古い感じの中華料理の店が何軒かあって,そう言われればちょっと中華街風だった。すずらん通りの今は郵便局のある場所にあった「廬山菜館」,すずらん通り中程で赤い窓枠で向かい合っていた「禮華楼」「楽楽」,ひとつ裏の「大雅楼」,もう少し東の明治45年創業の「萬楽飯店」,神保町三丁目の「源興號」などが点在していた。このうち,萬楽飯店以外は現存しない。
 廬山菜館は,当時少なかった四川料理の店で,5種類ぐらいあるランチのひとつはいつも麻婆豆腐だった。会社の先輩たちは,麻婆豆腐というものをここで初めて知ったという。
  (→参照:「本拠地」の「神保町昼食ニュース」2000年2月号)

|

« 驚嘆のサロメ――エリカ・ズンネガルド | Main | 名古屋泊と武豊線 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23118/53054119

Listed below are links to weblogs that reference チャイナタウンとしての神保町:

« 驚嘆のサロメ――エリカ・ズンネガルド | Main | 名古屋泊と武豊線 »