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Nov 03, 2011

名古屋泊と武豊線

 先日,名古屋に初めて泊まった。名古屋へは何度も行っているが,いつも地下鉄で目的地へ行ってまた戻り,夜東京へ帰るということばかりで,宿泊する必要が生じたことはなかった。今回も,名古屋に朝集合だったので,6時台の新幹線に乗れば間に合ったのだが,前の晩に行っておく方が楽で確実なので,泊まることにした次第。これで久しぶりに「経県値」(→参照)が上がった。
 しかし,泊まったのは駅前で,翌日は車で名古屋の中心部を避けるようにして目的地まで行ったので,名古屋城など市内の名所を知らない状態に変わりはない。

 用事はなんとか無事に済んで,その翌日の昼前に名古屋駅に戻って解散となった。旅先で時間ができると,まず鉄道の路線図を思い浮かべるのが乗り鉄の習性である。当初の漠然とした予定では静岡県の天竜浜名湖鉄道に乗ろうかと思っていたが,もう少し早く帰れるよう,もっと短くてまだ乗ったことがないJR武豊線に乗ることにした。
 武豊線は,東海道線の新快速で14分の大府(おおぶ)から分岐し,終点の武豊まで19.3km の地方交通線で,1886年建設という古い歴史を持つ。それというのも,東海道線建設のための資材を港から運ぶために建設されたからだという。
 大府では,隣のホームにすでに武豊線の列車が入っていた。2両のディーゼルカーで,座席はクロスシートである。20分ほどの接続時間で発車し,すぐに田園地帯となる。土地は広々しているが,2つめの緒川(おがわ)では駅のそばに巨大なイオンのモールが忽然と姿を現した。Pa294766a

 しばらくすると田園は遠のいて町になり,古そうな町並みの隙間に,有人駅の亀崎,半田があった。半田駅の手前の公園に蒸機が保存されているのが見えた。東成岩(ならわ)には引き込み線や長い側線があって,貨物列車の時代を思わせる。起伏のない線路を淡々と走って,約30分で,終点・武豊着。
 天気がよいせいもあって,何もないけれど明るい雰囲気の終着駅だった。海は近いはずだが,見えない。駅前に,「高橋煕君之像」という銅像があった。昔,台風の際にこの近くで殉職した駅員の像らしい。こんな立派な銅像が作られるというのは明治か大正の話かと思ったが,後で調べたら戦後の1953年のことだという。Pa294767a

 帰りは数分歩いて知多武豊駅から名鉄に乗った。こちらは複線電化で,クロスシート車の急行が名古屋まで直通していた。

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