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March 2012

Mar 29, 2012

春乱鰻

 3月26日(月)のスポーツ新聞の1面トップは,優勝決定戦の末白鵬が逆転優勝した大相撲春場所ではなく,大リーグのチームが来日してオープン戦を行ったプロ野球でもなく,サッカーでもなく,なんと AKB48 メンバーの「卒業」発表だった。スポーツの新聞であることを放棄したと非難されてもしかたがない。

 今年は梅の花も遅くて,湯島天神の梅が見ごろになったのは3月も半ばを過ぎてからだった。
 気温はまだ平年以下の日が多いが,春分を過ぎて日差しはずいぶん春らしくなってきた。東京の桜の開花予想も間もなくである。P3166162


 鰻が高騰している。鰻は,養殖といっても天然ものの稚魚を捕獲して育てるのだが,2,3年前から稚魚の漁獲が著しく減っているという。
 赤羽の鰻屋兼居酒屋Mでは,たしか1月下旬,つまりこのブログでランク名なしのロコツ表示のことを書いた直後に,蒲焼が800円・1000円・1200円・1500円だったのが1200円・1500円・1800円 に上がり,ランクがひとつ整理された。

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Mar 25, 2012

オペラ500回

 先回書いた3.11の『さまよえるオランダ人』は,私が見た500回目のオペラだった。37年で500回なので,1年平均13.5回ということになる。
 詳細データは「本拠地」の「オペラの章」に掲出してあるとおりで,かつては外来ものがかなりの割合を占めていたが,近年は「初台率」が急増し,2010年のように外来ゼロの年もあった。
 作曲家別では,ヴェルディ,ワグナー,モーツァルト,プッチーニ,リヒャルト・シュトラウスの5人の巨人が500回のうちの約6割を占める。この状態は80年代から変わっていないが,上位3人の順序には変転があった。長年MVWの順だったのだが,ヴェルディが1997年にモーツァルトを抜いてVMWとなり,さらにワグナーが2007年に抜いて,現在はVWMの順となっている。
 一方曲目別の回数では,モーツァルトの4大オペラが4位までを占めている。モーツァルトは,4大オペラに集中して曲目が少ないのが特徴で,しかも,『フィガロ』が15回,他が14回と,4作の回数はきわめて均一である。

 オペラの記録は,最初は『名曲解説全集』のオペラの巻の目次に「これは見たことがある」という意味で○印をつけたのが始まりである。そのうちに○印が2つ,3つ付く曲も出てきて記憶がこんがらかることもあり,80年代半ばにワープロ(専用機)を買ったときに,記録をまとめることを思い立った。
 このデータを後にMS-DOSのテキストファイルにし,Windows時代になってからはAccessに入れて今日に至っている。上記のような作曲家・曲目別の回数がすぐ出るのはデータベースソフトならではである。

 上記の500回目の『さまよえるオランダ人』は,最近きわめて高水準で安定している新国立劇場としては,残念ながら不満の多い公演だった。でも考えてみるとオランダ人とは相性が悪いらしく,これまで,迷わずこれは良かったと言えるような公演が思い当たらないのは残念である。

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Mar 20, 2012

新国立劇場の舞台裏

 震災から1年の3月11日,国立劇場では追悼式が行われたが,そこから5.2kmほど西の新国立劇場では『さまよえるオランダ人』の公演が行われた。
 新国立劇場では公演の終了後にときどきバックステージツアーをやっているが,この日初めてそれに参加することができた。『さまよえるオランダ人』の開演前に申込み,終演後に抽選結果が発表された。定員30名で,今まで何度も応募したがいつもはずれ,今回初めての当選だった。倍率は7倍ほどだったという。

 案内されてあらためて客席に入ると,ステージの中央奥には幕切れの時のままオランダ船の舳先があり,その手前では,4月公演の『オテロ』で使う水槽を奈落に降ろす作業が行われていた。この『オテロ』は舞台はヴェネツィアに設定され,ステージには常に水が張られている。その水槽を奈落に保管しておくのだそうだ。

 上手側からステージに上がった。オランダ船の舳先は,傾斜が30度と40度の2段階に変えられるようになっていて,裏側には律儀に2本階段があり,それぞれの角度のときに踏み板が水平になるように作ってあった。階段の間には,前方に出るタラップがあり,すべてリモコンで操作する。
 メインの舞台のほかに,同じ大きさの脇舞台(左右各1)と奥舞台があるから,緞帳の向こう側の面積は客席の平面積より大きい。奥舞台の後ろには搬入口があり,大道具を運ぶトラックが横付けされているのが見えた。
 面積も大きいが,奈落は深いし,天井は高い。2幕のゼンタの家は,前が開いた箱型の壁・天井からなるが,これも高いところにあるバーに吊り下げて「保管」されているのだった。これはけっこうしっかりした木で作ってあって重そうだ。袖には,2月の『ラ・ボエーム』のパリの建物の一部が置かれていた。
 小道具もそれぞれ工夫があり,例えばオランダ人の絵は,落ちても傷まないように,額縁が風船のようなクッションでできていた。オランダ船に向かって投げる酒瓶も,見かけはガラスだが,触ると柔らかい(投げられた物は,舳先の裏側でタラップ等の操作に当たる人がすぐに拾い集めるという)。棚には女達が食料や酒を入れて持ってくるバスケットが置かれ,合唱のメンバーの名札がついていた。

 今回見学したのは舞台周りだけだが,この部分だけでも相当な手間と金がかかっていることは見てとれた。オペラの上演には,このほかに少なくとも照明関係,衣装・かつらの製作が必要であり,これに加えて演出関係と音楽のスタッフがいるわけで,「総合芸術」というのは,金と手間を総合してやっとできる芸術という意味でもあるようだ。P3116134


   →舞台から見たオケピットと客席


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Mar 14, 2012

曜日と日付――ブログ記念日に

 今日3月14日はブログ記念日――このブログ開設から8年になる。
 開設15年目の「本拠地」ページの方は,当時はHTMLファイルのことを一から勉強する必要があって,開設までにけっこう準備を要したのに対し,ブログはかなり突然の思いつきで始めた。
 これまでの記事は731本で,昨年ぐらいから週刊誌状態も危うい状況が続いているので平均4日に1本のペースになってしまったが,こうして心にうつりゆくよしなしごとがそこはかとなく書きつけられて残され,読んでくださる方がいるというのは,まことにありがたいことである。

 曜日を基準にした活動は「日常」であるが,日付を基準とした活動は「特殊」または「非日常」である。
 はるか昔の学生時代のこと,大学紛争で授業がない状態が長く続いて,授業の時間割と結びついた曜日の感覚が希薄になってしまったことがあった。その年には,6・15,11・22など,記憶に残る日付がたくさんあった。
 会社員の生活は全面的に曜日による生活で,個人的な記念日以外に特に意味のある日付が増えるということはこれまでほとんどなかったが,10年前に9・11が,昨年は3・11が特別な日付となった。今後,勤めを引退すると「毎日が日曜日」となり,再び曜日がなくなることになる。

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Mar 12, 2012

走る・歩く

 2月26日の東京マラソンに知人(女性)が出たので,応援および見物に出かけた。スタート地点から近い場所だったので,ランナーが密集していて知人を見つけることができるかどうか心配だったが,事前に服装を知っていたので無事あいさつを交わすことができた。
 ランナーが全員通り過ぎて,そろそろ交通規制が解除になるかなと思っていたら,最後に2台のクリーム色のバスがぬーっと現れた。正面には「収容」と大書してあった。走れなくなった人を乗せる収容所バスだった。

 前に書いたが,高校の時に40kmを歩く会があった。今のようなウォーキングシューズなどはなく,普通の運動靴で歩いた。途中から足の裏がひりひりすると思っていたが,ゴールして靴下を脱いでみたら,直径4cmぐらいの生涯最大のマメができていた。東京オリンピックで,アベベ選手が甲州街道を裸足で快走してから1年余り後の冬のことである。
 その日はマメだけだったが,翌日には体のあちこちが痛くなった。歩くというのは,こんなにいろいろな筋肉と関係しているのかと思った。

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Mar 11, 2012

震災とマーラー ――1周年の日に

 大地震から1年,いろいろなことがあって,長い1年だった。去年のこのブログでは,その直前には「菜の花とホタルイカ」などというのんびりした季節の話題を書いていたのが遠い世界のことになった。
 地震の1年と10日前に自宅の引っ越し,3か月前に会社の引っ越しがあった。仮に地震がちょうど1年早かったら,自宅の引っ越しはできず,会社ではうずたかく棚に置かれていた積年の資料や本が崩れ落ちて惨憺たる状態になっていたところだった。もうひとつ,税金の申告を3月7日にすませてあったことが個人的には大きな幸いだった。

 あの日,東京の大部分では電気,水道は止まらず,インターネットもほぼ無事だったのでなんとか一応の秩序が保たれたが,交通機関はほぼ全面的にストップした。そんな中で,当日19時15分からすみだトリフォニーで行われた新日フィルの演奏会のことを扱ったテレビ番組が,昨日(3月10日)夜,NHKで放送された。指揮はダニエル・ハーディング,曲はマーラーの5番,集まった聴衆は105人。当日の固定カメラによる記録映像(一部は6月に開かれた同じ曲・指揮者によるチャリティー・コンサートの映像も使用)と,指揮者・楽員・事務局,そして当日聞いた客の証言で構成した番組である。
 新日フィルが当日演奏会を行ったというのはその直後に聞いた(→参照)。その時,楽員はどうやって会場に行けたのだろうと不思議に思ったが,実際には,会場でのゲネプロが3時15分からなので,地震のときには大部分が会場入りしていたのだった。なるほど,2日連続の演奏会の初日なので,ゲネプロがある。
 ホールが無事であることを確認して,事務局は4時半ごろに演奏会の実施を決断し,Twitter で情報を流したという。指揮者が老大家でなく若いハーディングだったのも,演奏会決行に背中を押した要素だろう。もしあと2時間ぐらい時間があったら周囲の状況ももう少しわかって,実施にはならなかったのではないか。
 楽員の大部分と聴衆の一部は当然帰宅困難者となり,ホールで一夜を明かした。翌日の演奏会は中止になった。

 マーラーの演奏は珍しいことではなくなったと言っても,2番・3番・8番の演奏は依然として特別な祝祭である。よりによって震災の10日後の3月21日,かつて所属していたオーケストラが,マーラーの2番《復活》の演奏を決行した(→参照)。それは,聴衆にもオーケストラのメンバーにも,そして当日の指揮者にとっても特別な経験になった(→参照)。

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