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Jun 24, 2012

あなたは尊敬されていない

 印欧語(の全部かどうかは知らないが)の人称代名詞は,話者・相手・それ以外という関係のみで決まるきわめて「事務的」な言葉なのに対し,日本語ではそうではない。一人称が「わたし」「わたくし」「あたし」「あっし」「おれ」「おいら」「僕」などたくさんあるというだけでも印欧語とは違うが,いちばん特徴的なのは二人称代名詞を目上の人に対して使えないという制約である。
 「あなた」「おまえ」「君」はもちろん,字面は非常に尊敬しているかのような「貴様」も,同等または目下に対する言葉である。一生懸命尊敬しようとして「社会的地位のあるあなた様に…」というようなDMが届くことがあるが,無駄な努力である。かつて妻は夫に「ねえ,あなた」などと呼びかけたが,これも,他に適当な言葉がないということもあろうが,夫にかなり丁寧な言葉を使っていた人にとっても夫は目上というわけではないということなのだろう。

 ラテン語の Te Deum laudamus は「神であるあなたを(われわれは)讃える」という意味で,昔この歌詞の意味を知ったとき,神様さえも二人称代名詞で呼ぶことができるのかと驚いたことがある。
 同様に「天使祝詞」(アヴェ・マリア)は,大天使ガブリエルのマリアへの受胎告知のあいさつなので,マリアを二人称代名詞で言うが,これは日本での祈りの言葉では「主,御身と共にまします」のようにかつては「御身」と訳されていた。御身は第一に「おからだ」の意味で目上に対して使う言葉で,あまり代名詞然としていないからまだよかったが,今はこれも「主はあなたとともにおられます」となっているとのことだ。

 そこへいくと,たとえば「先生」という言葉は便利だ。だれにでも安心して「先生」と呼びかけることができ,「先生の著書」のように所有格にも使える。年のせいで固有名詞を思い出せないことがときどきあるが,先日も,先生がたくさん集まる場所に行って,「あ,先生,ごぶさたしてます。お元気そうですね。」ととりあえずあいさつしてから,えーとあの先生だれだっけ,と考えたりした。

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