« 続・CD 発売から30年 | Main | Memory in December »

Dec 27, 2012

運転免許証の昔話

 先日,運転免許証の更新手続きをした。軽微な交通違反の年季が明けて,新しい免許証は有効期間5年なので,次の更新の期限はなんと平成30年1月である。
 私のころはすでに学生時代に運転免許を取るのが普通になっていたが,金とヒマのうち主に金がなくて,取らないまま卒業した。三十を過ぎてから,結婚して子供が生まれることになって,あわてて教習所に通い始めた。
 通ったのは,今はもうないが,赤羽駅の北西の荒川の土手下にあった小さな教習所である。平日夕方と休日の教習所通いは1週間以上間隔が空くこともしばしばで効率が悪く,当然時間がかかった。休暇をとって「集中講義の日」にしたりもした。教習コースは狭く,教官は「所内ではサードまで入れてる暇はないから」などと言っていた(まだオートマ限定免許はなかった)。
 かつて自動車学校の教官は,特に男に対しては態度の悪いのも多かった。私の一回り年上のいとこなど,四十近くなって自動車学校に入ったところ,教官に「これ,ハンドルっていうんだぞ。知ってるか」などとからかわれて腹を立て,やめてしまったと聞いた。私のときは,そのへんはだいぶ改善されてきたころで,教官のうちの何人かは今も名前を覚えている。

 休日など,教習の間に空き時間ができることがあって,近くを歩いていたら,囲われた土地でコンクリートの柱を作っていた。看板は「国鉄用地」,東北・上越新幹線と埼京線の工事なのだった。(埼京線開通後,その教習所は北赤羽駅から徒歩5分の好立地になった。)

 教習に時間がかかったが仮免・卒業の検定は一発でパスして,結局,子供の誕生に1週間ほど遅れて修了証を手にした。その2日後,鮫洲の運転免許センターに手続きに出かけた(東陽町のセンターはまだなかった)。当時,京浜急行の鮫洲駅はまだ地上にあり,高架化工事の真っ最中だった。
 手続きを終わって免許証ができるまでの間,昼食に近くの食堂に入ったところ,テレビが報じていたのは「大韓航空の旅客機がサハリン付近で行方不明になった」というニュースだった。後に「大韓航空機撃墜事件」と呼ばれることになるが,昼の時点では,ソ連機に撃墜されたことは判明していなかったのである。

|

« 続・CD 発売から30年 | Main | Memory in December »

Comments

私はとても苦労して中型二輪までとってたのですが、引っ越しのどさくさで失効してしまって。
でも、事故を起こしそうなひやりがあったので、神様の配剤だと思ってます。

Posted by: リンデ | Dec 28, 2012 at 02:06 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23118/56405857

Listed below are links to weblogs that reference 運転免許証の昔話:

« 続・CD 発売から30年 | Main | Memory in December »