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May 2013

May 30, 2013

ホプキンス――広島 1975

 久しぶりに新聞でホプキンスという名前を見た。「お荷物球団」だった広島カープが1975年に初優勝したときの名選手ゲイル・ホプキンスが,日本整形外科学会出席のため広島を訪れた,というニュースでである。
 あのとき,決して広島ファンではなかったが,初優勝へ向けて地元とチームが盛り上がっていく姿に感動した。優勝が決まった試合はデーゲームで,勤務時間中だったが,テレビのある部屋に集まって中継を見た。その試合で勝利を決定づけるスリーランを打ったのがホプキンスだった。
 ホプキンスは,広島に来る前はメジャー・リーグに7年在籍したが,そのころから医学部を志望していて,広島の選手当時も医学書を手放さなかったという。まじめで温厚な人柄はファンに愛され,シーズン終了後日本を離れるときは,広島駅に数千人のファンが見送りに集まった。

 かつて広島カープの選手は,後楽園球場で試合のあるときは,神保町にあった小さなビジネスホテルK館に泊まっていた。今の神保町三井ビルの西南の隅あたりの場所である。玄関の周りは,今ごろの季節はあじさいの花でうまっていた。初優勝の翌年からは,宿舎もめでたくグレードアップし,神保町を離れて行った。

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May 26, 2013

ナポレオン ズボン吊りと頭蓋骨

 オペラで,いつも1階最前列に座るおじさんがいる。たいてい半袖の水色のシャツにズボン吊りをしていて,大きめの角張ったかばんを持っている。真冬はどうだったか思い出せないが,たいてい上着を着ていないので,ズボン吊りが目立っている。先日,たぶんオペラ以外では初めて,あるヴァイオリンとピアノの演奏会でそのおじさんを見かけた。やっぱりいちばん前に座っていた。
 ズボン吊りで思い出したのだが,中学生ぐらいのときに聞いたなぞなぞで,「ナポレオンはいつも緑のズボン吊りをしていた。なぜか。」というのがあった。答えは,「決まってるじゃん,ズボンが落ちないようにさ」という引っかけである。

 ナポレオンといえば,英語の回文に“Able was I, ere I saw Elba.”というのがある。古語の接続詞 ere は before の意味で,「エルバ島に流されるまではなんでもできたのだが」というような意味のナポレオンの言葉だという。これは確か,岩田一男『英語に強くなる本』(→参照)で最初に読んだ。そこでは「ナポレオンが英語で言うなんて変ですね」というツッコミが入っていた。
 これも昔聞いた話――祭りのときかなにかの見世物小屋で,「ナポレオンの頭蓋骨だよ」と客引きをしている。入った客が見て「ずいぶん小さいなあ」というと,客引き氏いわく,「へえ,ナポレオンの子供のころの頭蓋骨でして」。

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May 25, 2013

メト・ライブビューイング『ジュリオ・チェーザレ』

 メト・ライブビューイング(「原題」は Live in HD という)の今シーズン最後の演目,ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』(「主催者側発表」は『ジュリアス・シーザー』)を東劇で見た。客もまあまあの入り。正味229分の長い上演だが,無類のおもしろさだった。
 主要な7人の役のうち,カウンター・テナーが3人,ズボン役が1人なので,倒錯組が多数派。一応タイトルロールのカエサルもカウンター・テナーで,声はあまり勇壮ではない。そんな中で,少数派のひとりクレオパトラのナタリー・デセイが踊りまくるのが最大の特徴だった。最初グラインドボーンで上演されたプロダクションだという。

 前に書いたことがあるが,この曲,1980年のベルリン州立歌劇場(当時は東ベルリン)の来日公演で見たことがある。そのときの曲目は『魔笛』『セヴィリアの理髪師』と『ジュリオ・チェーザレ』(当時の表記も『ジュリアス・シーザー』)で,予想に反して,この伏兵ジュリオがいちばん良かった。テオ・アダム,カサピエトラ,フォーゲル,ロレンツという東独のベスト・メンバーと指揮(!)のシュライヤーによる上演は,かなり大胆な演出(クレオパトラが半裸でシーザーを誘惑したりする)とあいまって,長丁場を飽きさせなかった。それ以来,生の舞台には接していない
 今年になって,メトと同じくナタリー・デセイがクレオパトラを歌ったパリ(ガルニエ)での上演のDVDを買った。こちらは,白い衣装をはだけて,透明度80%のぴったりした薄いシャツ(?)のみの身体をあらわにする。これに比べると,今回のメトでは外見は控えめだったが,歌はより充実していた。
 メト・ライブビューイングでは,これまでに『オルフェオとエウリディーチェ』(グルック),『ロデリンダ』(ヘンデル),『魔法の島』(ラモーほかの音楽)といったバロックのオペラを見た。新しい扉が開いて,老後の楽しみが増えた。

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May 14, 2013

野尻抱影『天体と宇宙』再び

 2009年4月の当ブログに,子供のころ野尻抱影『天体と宇宙』を暗記するほど読んだと書いた(→参照)ところ,それから3年半後の昨年秋に,「オペラ大好きの天文学者」さんからコメントをいただいた。『天体と宇宙』を「暗記するほど読んだ」方で,結局本職の天文学者になったとのことだった。
 それから半年後の今週5月12日の朝日新聞の読書欄の「思い出す本 忘れない本」というコーナーで,多くの著書のある天体写真家がこの『天体と宇宙』を紹介している。その文中に「全頁の文章をそらんじられるほど,しつこく何度も読み返しました」という一節があり,思わず「あ,またひとり」とつぶやいてしまった。

 最近の宇宙論関係で(もちろんわからないところはたくさんあったがそれでも)おもしろかったのは村山斉『宇宙になぜ我々が存在するのか』(講談社ブルーバックス)だった。この著者は,大学のオーケストラでコントラバスを弾いていた人らしい。

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May 06, 2013

2つのアトリエ記念館――連休短信(4)

 連休後半のある日の午後,2つのアトリエを訪ねた。西武新宿線の下落合駅を出発し,まずは聖母坂を上って左に入った路地の奥の「佐伯祐三アトリエ記念館」である。アトリエとその隣の小部屋を復元し,母屋の一部を管理棟・ミニギャラリーにして整備したもので,周囲は今はぎっしり住宅が建ち並んでいるが,かつては武蔵野の面影を残す林だったという。
 この地での作品である下落合風景の連作(複製)が展示され,ミニギャラリーには現在の同じ地点の写真もある。昔の雰囲気がいちばん残っているのは山手線の煉瓦の高架の風景だった。Aap5058463


 目白通りを目白駅方向へ歩き,少し南側に入ったところに,この3月に開館した「中村彝(つね)アトリエ記念館」がある。こちらはアトリエのみの復元で,周囲に少しゆとりがある。赤い屋根と窓の白枠が今見てもしゃれている。Aap5058470

 中村がここにアトリエを作ったのは29歳のときである。佐伯はその7年後で,佐伯は当時23歳で新婚だった。いろいろな苦労をしながらも,画家がほぼ絵だけで生活し,この若さで自分のアトリエを持つことができたのは,今とは質の違う豊かさがあったからという気がする。これは,当時の作家についても言えることである。
 そのまま池袋まで歩き,なじみの居酒屋に「休日出勤」した。

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May 05, 2013

シュタルケルとパイヤール――連休短信(3)

 チェロのヤーノシュ・シュタルケルが4月28日に88歳で亡くなったというのを,数日後に知った。訃報は私の読んでいる新聞には出ていなかったように思う。
 シュタルケルは,70年代後半に一度来日公演を聞いたことがある。シュタルケルといえばまずはコダーイの無伴奏ソナタで,このときも当然演奏された。長い旋律の途中に左手のピチカートが2回ずつ入るところは,馬子唄の「シャン,シャン」というお囃子とそっくりでおもしろいと思った――ということぐらいしか覚えていないが,貴重な体験だった。

 シュタルケルの訃報をネットで探していたら,ジャン=フランソワ・パイヤールも4月15日に85歳で死去したのを知った(新聞では今日5月5日になって訃報が出た)。パイヤール室内管弦楽団のレコードは一般には「四季」が有名だったが,それよりもオーボエのピエルロ,フルートのランパルらとのバロックの協奏曲やモーツァルトの演奏で親しんだ。
 今確認できる資料が見当たらないが,1975年に初めてヨーロッパに行ったとき,パリの教会でたまたまパイヤール室内管弦楽団の演奏会があるのを知って聞いた。オーボエのジャック・シャンボンのソロで,ヴィヴァルディの協奏曲が演奏された。残響が長く,レコードにもましてつややかな音だった。

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May 02, 2013

短篇小説各駅停車――連休短信(2)

 東武東上線の某駅の改札内の書店で,曠野すぐり『東上線各駅短編集』(まつやま書房 ISBN978-4-89623-078-9)という本を見つけて買い,タイトルにちなんでなるべく電車の中で読むようにした。タイトルのとおり,東上本線の池袋から寄居までの全駅を題名にし,かつ舞台 and/or 題材にした短編小説集である。ただし,東松山は前篇・後篇に分かれている。また,本線と別に,坂戸から分岐する越生(おごせ)線は,全線で1篇となっている。
 それこそ電車の1駅の間に読めるような短いものが大部分である。各篇はまったく独立していて,主人公もばらばら(沿線に住むサラリーマンが多い)であるが,それぞれが各駅の個性の中で息づいている。短いので,そうたいした「事件」が起こるわけではなく,またすべて同じようにおもしろいとはいえないが,かなり手慣れた書きぶりで,そういうことあるよなと思いながら読んだ。
 著者はこれより前に,『だいだい色の箱―中央沿線物語』というやはり1本の鉄道に題材をとった短編集を出しているが,こちらは「各駅」ではないとのこと。

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May 01, 2013

映画『舟を編む』――連休短信(1)

 三浦しをん『舟を編む』が出たときは,辞典の編集という地味な仕事をテーマにした小説というのがありうるのかと驚いたが,それが映画になると聞いてもっと驚いた。どんな具合になるのかなと,連休初日の夜遅い回の上映を見にいった。日本映画を封切りすぐに見るのは何年ぶりだろう。少なくともシニア料金になってからは初めてである。
 とてもうまくできていた。今の映画でどういう細かい工夫をするのが標準なのかよくわからないが,ほんの短いシーンにもかなりの手間がかかっている様子だった。主人公・馬締(まじめ)の恋文に香具矢(かぐや)が応えるシーンは,原作ではかなり幻想的だが,やむをえないことだろうが映画ではまったく現実的だった。途中で,原作通り突然13年後になるのだが,みなあまり年をとらない。
 八千草薫がかわいいおばあさんになっていた。八千草薫は,高校のころテレビで見て名前を覚えた。後から考えると,そのときすでに三十ぐらいになっていたはずだが,回想シーンでは女子高生の役も演じていて,それが美しく,かわいかった。

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