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September 2013

Sep 29, 2013

最年長優勝監督

 楽天がリーグ優勝を決めた。特に楽天のファンというわけではないが,プロ野球の活性化を願っている者にとってはまことに喜ばしい。
 このブログを始めたのが2004年だったが,その年の大事件がパリーグ再編だった。6月に近鉄とオリックスが「合併」を発表,パリーグが5チームになりそうになって(→参照),ライブドアと楽天が新規参入に名乗りをあげた。ライブドアも楽天も仙台を本拠地とすることを打ち出していたが,選ばれたのは楽天だった。2005年3月,楽天は初ゲームには勝ったが,2戦目で26-0で大敗,結局シーズン97敗,首位から50ゲーム以上離された苦難の第1年だった。
 その後も2009年(2位)以外はずっとBクラスで苦難は続いたが,パリーグ6チーム制を維持し,日本ハムと共にフランチャイズというものを実質的なものとし,震災後の地元に力を与えてきた功績は限りなく大きい。

 今回意外だったのは,星野監督(66歳)がリーグ優勝の最年長監督だということ。昔の大監督はかなりの年齢のような感じがしていたが,最後に優勝したとき川上は53歳,三原,水谷はもっと下,野村も62歳(ヤクルト,97年)だった。

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Sep 23, 2013

ひげともみあげ

 私は鼻の下やあごのひげは濃い方ではないが,伸ばせば一応それらしくはなる。ただし,実際にはちゃんと生やしたことはない。これに対してもみあげは,ひげより濃く,会社に入ったころはかなり伸ばしていた。
 当時もみあげについては,自分ではそれほど目立つものとは思っていなかった。しかし入社後少しして,同じセクションに同時に入ったM君がひげを生やしていたので,職場のおねえさまたちがM君を「ひげの方の人」,私を「もみあげの方の人」と呼んで区別しているのを知った。
 特徴として認識されているならそれもいいかなと思っていたのだが,夏になって社員旅行という伝統行事に参加したときにサングラスをかけたら,もみあげのせいで「お,なんだか人相悪いね」と言われてしまった。それを潮に,その後床屋へ行くたびに短くした。

 毛根の位置と数は一生変わらないのだという。だとしたら,わが前頭部と頭頂部の毛根には,早期退職をしないでもう少しまじめに働いてほしかった。

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Sep 14, 2013

五能線に沿って

 9月の某日曜日,青森県の知人夫妻の車で,日本海に沿って鰺ヶ沢から十二湖へ走った。鉄道でいうとちょうど五能線のハイライト部分にあたり,国道101号線は海沿いを五能線と何度も交錯した。
 曇りときどき雨という天気予報だったが,雨は降らず,短時間だが青空も見えた。少し山に入って十二湖を散策。十二湖は実際には30以上の湖からなり,大きさも色もさまざまである。
 少し戻って,黄金崎の不老ふ死温泉へ。日本海へ沈む夕日を見ながら入れる海辺の露天風呂で有名(ただし,日没時に入れるのは宿泊客のみらしい)。温泉は黄土色で,海の中にもわき出していると見えて,海も一部黄土色になっていた。

 地方を車で走ると,東京とは感覚が大いに違う。東京では目的地まで30キロというと,1時間ちょっとプラス余裕の時間を見て1時間半かなという計算をするが,地方では30キロなら30分だという。カーナビも,「この先5キロ以上道なりです」などという東京では聞けないせりふをしゃべる。
 五能線には3回乗ったが,本数が少ないので途中下車ができず,十二湖や不老ふ死温泉は懸案のひとつだった。今回はその懸案を果たし,しかもその日のうちに新青森から帰京することができた。(五能線の旅については,本拠地の「鉄道の章」の「その後の断片」の「津軽・秋田 海を見た旅」を参照)

 ◇岩木山が出迎え(奥羽本線から)――クリックすると大きい写真が出ます
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 ◇十二湖のひとつ鶏頭場(けとば)の池,沸壺の池にて
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Sep 05, 2013

『量子革命』『文人悪食』

 7月のほぼ全部を使って,マンジット・クマール 著,青木薫 訳『量子革命――アインシュタインとボーア,偉大なる頭脳の激突』(新潮社)を読んだ。内容が難しいから,断片的な時間に読んですぐ中断するとわからなくなってしまうので,まとまった時間が30分以上あるときに限って読むというルールを自分に課したために,時間がかかった。
 こんな本に手を出したのは,毎年何冊が読んでいる宇宙論の本につながるものだからだが,名著『宇宙創成』『フェルマーの最終定理』の名訳者である青木薫氏が原著に惚れ込んで訳している(「訳者あとがき」による)ということが大きい。
 話題の中心は量子力学が成立する過程での激しい論争だが,それはしだいに哲学的な様相を帯びた論争になっていく。素人考えでまとめれば,極超ミクロの世界では,素粒子の運動は直接「見える」わけではなく,運動の何らかの痕跡を観察することになるが,その痕跡を残すことによって元の素粒子の運動が変わるから,痕跡を残さないときの運動は決して観察できない,というのが論争の片方の派の主張である。これがさらに進んで,物理現象は観察・測定方法を伴って初めて存在し,測定方法を伴わない「客観的」な現象というのは存在しない,と言っているらしい。うーん,そう言われても…。

 その少し前に,まったく毛色の違う嵐山光三郎『文人悪食』(新潮文庫)を読んだ。漱石,鷗外から檀一雄,三島由紀夫に至る37人の文人の「食」をたどった力作・労作で,同じ著者による『文人悪妻』の姉妹作である。これを読んで思ったのは,「文人」は世間の枠にははまらない奇行の人ぞろいであり,個人的お友達にはなりたくない,ということである。友人たちから借金をして刹那的に贅沢をするというのはほんの序の口で,意地汚く,どろどろ,ねとねと。
 それは,前にルーペルト・シェトレ 著,喜多尾道冬 訳『指揮台の神々――世紀の大指揮者列伝』(音楽之友社)を読んだときに,天才とはつきあいたくないと思ったのと同様である。

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