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Jan 26, 2014

クラウディオ・アッバード死去

 1月20日,クラウディオ・アッバードが死去した。年をとってもあまり「老成」という感じではなかったが,もう80歳だった。
 最初は,1973年春の初来日のときに聞くはずだった。ウィーン・フィルとのモーツァルト・プログラム(ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲,交響曲40番・41番)のチケットを買ってあったのである。しかし,入社直後の研修合宿があって,泣く泣く友人に譲った。もっとも,このときは指揮者は二の次だったが。
 初めて実演に接したのは,1981年9月のミラノ・スカラ座の初来日公演(→参照)で,以後,一部記録がない部分もあるが,オペラを7回
 1981 ミラノ・スカラ座 『シモン・ボッカネグラ』『セビリャの理髪師』
 1989 ウィーン国立 『ランスへの旅』『ヴォツェック』
 1994 ウィーン国立 『フィガロの結婚』『ボリス・ゴドゥノフ』
 2000 ベルリン・フィル 『トリスタンとイゾルデ』
コンサートを3回
 1981 ミラノ・スカラ座 ヴェルディ:レクィエム
 1983 ロンドン交響楽団 マーラー5番ほか
 1988 ヨーロッパ室内管弦楽団 モーツァルト:木管の協奏交響曲ほか
聞いた。
 最初のスカラ座の印象は強烈で,前にも当ブログに書いた(→参照)ように,特に『シモン・ボッカネグラ』は歌手もベストメンバーで,オペラが「総合」芸術だというのはこういうことなのかと思った。このときの歌手のギャウロフもカプチルリも,演出のジョルジョ・ストレーレルもすでに鬼籍に入っている。
 83年のロンドン交響楽団のマーラーでは,オーケストラの能力の高さもあって,アッバードの動きに合わせて,まるでアンプのボリュームを操作するように音量と表情が自在に変わった。

 最後は,ザルツブルクのイースター音楽祭を再現した『トリスタン』で,細部は覚えていないが,あまりどろどろしていなくて,透明感のあるワグナーだった。最後に音が消えてから拍手がわき上がるまでの沈黙が10秒近くに及んだのは,体験した TBS(=Tokyo Bravo Service)前の沈黙の最長記録である。これも,アッバードの「人徳」という要素が大きかった。

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Comments

1973年は、アバドの何たるかを知らず、せっかくのウィーンフィルなのになんでこんな指揮者にするのかと感じたものです。演奏の印象は記憶していません
シモンボッカネグラは余りに素晴らしく、追加で切符を購入して二度聞きました。
昨年ルツェルンを聞きたいと思って叶いませんでした。

Posted by: P.O. | Jan 26, 2014 at 12:46 PM

私はなんといっても「ランスへの旅」ですね。
ロッシーニ観がかわりましたよ。ロンコーニの演出も、歌手陣も素晴らしかった。

Posted by: リンデ | Feb 15, 2014 at 02:22 PM

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