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July 2014

Jul 28, 2014

歴史の記憶――サラエボ事件から100年

 今年6月,第一次世界大戦の引き金となったサラエボ事件から100年を迎えた。第一次大戦は4年後に終結したが,そのわずか21年後に,第二次世界大戦が始まった。今日までの100年のうち,最初の31年が大戦の期間だった。
 私の祖母は1885年生まれで,100年前には29歳。さっき気づいたのだが,私が生まれたときには,祖母は今の私の年齢だった。この年代の人は,日清戦争が9歳,日露戦争が19歳,太平洋戦争が56歳で,日露戦争以降は大人としての記憶があるはずだ。
 祖母が昔,笑い話として話をしていたのだが,祖母より少し年上のおばあさんが「戦争のときに」と言うので直近の太平洋戦争のときのことだと思ったら,実は日露戦争のことだったとのこと。若いときの記憶が鮮烈だったのだろう。

 私が小学生のころ,戦後のサンフランシスコ平和条約あたりまでが,すでに「歴史」の中のできごとになっていた。祖母が大人になったころ,明治維新は37年前のことで,もちろん歴史の中のことになっていただろうが,体験者はまだたくさんいたはずで,町並みも江戸時代の面影が濃かったことだろう。
 今から37年前といえば1977年,有珠山の噴火や王貞治の756号ホームランの年であり,当時東ベルリンのベルリン国立歌劇場が初来日した年である(→参照)。
 100年といえば長い年月で,たくさんの歴史が詰まっているが,3世代の記憶でカバーできる年月でもある。
   (→参照:「作曲家の没年」――これももう10年前)

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Jul 21, 2014

雨後の修善寺,雨中の軽井沢

 7月某日,台風が駆け抜けた直後の伊豆の修善寺に行った。子供のころに狩野川台風というのが来て恐ろしかったという記憶があるので,出かける前には心配もあったが,台風は予想より早く行ってしまって,当日は暑くなった。
 町の中央を流れる川の岸に大型のクレーンが出ていた。川の中にある「独狐(とっこ)の湯」の小屋が台風に備えて避難してあったのを,元に戻す作業をしているのだった。地元の人に聞いたところ,この川は狩野川の支流で,狩野川台風の時は氾濫しなかったが,その後2回かなりの水害にあっているので,台風のときなどは独狐の湯の小屋を外して避難させるのだという。Aap7111251


 その2日後,こんどは軽井沢へ軽井沢高原文庫の立原道造展を見に行った。いつもは駅から自転車を借りて行くのだが,駅を降りるとわずかながら雨が降っていたので,やむを得ずタクシーを使った。
 見終わったときにはどしゃ降り。しばらく待ったが小雨になる気配はなく,またやむを得ずタクシーを呼んで,中軽井沢駅へ。駅前では,お祭りを敢行してしていて,立派な神輿が雨の中できらめいていた。それにしても,雨で気の毒。
 駅前の蕎麦屋「かぎもとや」で昼食。雨でも混んでいたがすぐ座れた。後で調べたら,かぎもとやは17年ぶりだった。蕎麦には漬け物がついてくるとか酒類は一人1本だけといったすっかり忘れていた掟を,ああそうだったなと思い出した。
 帰り,新幹線は満席で,高崎までの自由席特急券を買う。予想通り自由席もいっぱいで,高崎からは在来線でゆったり寝て帰京した。

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Jul 16, 2014

ロリン・マゼール氏死去

 7月14日のこと,昼休みにスマホを見たら,「指揮者ロリン・マゼール氏死去」というニュースが目に入った。享年84歳。一昨年N響を振ったときはまったく元気で,ズビン・メータ,ダニエル・バレンボイムと共に現代の3大不死身指揮者のような気がしていたのだが。そういえば5月のボストン交響楽団日本公演の指揮者がマゼールからシャルル・デュトワに交代したりしていた。
 新聞に載ったのはその日の夕刊で,各紙とも訃報欄ではなく,ある程度の大きさの記事になっていた。

 マゼールの実演に接したのは3回。
 ・1988年10月 スカラ座 『トゥーランドット』
 ・1996年 1月 バイエルン放送交響楽団 ツァラトゥストラ,ドン・キホーテ他
 ・2012年10月 N響定期 言葉のない「指輪」(マゼール編)
 30歳でバイロイトに出演したり,最初の来日がベルリン・ドイツオペラの公演だったこともあるので,オペラ指揮者というイメージがあったのだが,実際にオペラを見たのは1回だけだった。ウィーン国立歌劇場の総監督をしていたのは1982年から84年で,ちょうど初来日(1980)と2回目の来日(1986)との谷間の期間だった。
 2012年のN響定期は,今となってはほんとうに聞いておいてよかった。結果的にN響への最初で最後の客演となった。(→参照

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Jul 11, 2014

夢ははるかかなたに――ザック退任

 前回のエントリーを書いた翌日,日本サッカー協会のビルの壁面からザックと代表選手たちが消えた。どうやら貼ってあったものをはがしたらしく,一夜にして「退任」は完了した。商店街の応援のぼりは健在である。Aap7101246


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Jul 08, 2014

夢はかなたに

 明日からいよいよ準決勝。また5時に起きなくては。
 サッカー協会本部のビルの壁面では,ザックはまだ「退任」していません。塗り替えるのもたいへんそう(「登場」のときのことは →参照)。
Aap7081244


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Jul 06, 2014

速報 リヨン歌劇場『ホフマン物語』

 7月5日,フランス国立リヨン歌劇場の『ホフマン物語』初日を見た。長年海外のオペラの来日公演を見ているが,フランスの団体を見るのは初めてだった。指揮は首席指揮者の大野和士。この日の未明,ワールドカップ準々決勝でフランスが敗れるというタイミングの悪い初日だった。
 もうひとつ,ヒロインの4役を一人で歌うのを見るのも初めてだった(歌手はパトリツィア・チョーフィ)。これまで4回見た『ホフマン物語』のうち3回は同じ演出(フィリップ・アルロー@新国立劇場)なので,もともと経験値が高いわけではないが,いずれも4役を別々の歌手が歌っていた。(当日会った知人は,ミュンヘンでダムラウが一人で歌うのを見たことがあると言っていた。)
 適度に刺激的な好演だった。土曜日の初日なのに空席が見たところ1割以上あった。3回公演だが,3回目はなぜか平日の午後なので,どうなることか――と心配になったので,珍しく「速報」した次第。

 3階のサイドの前の方の席だったので,ピットの中がよく見えた。オケの音も明快に聞こえる。
 チューニングのとき,オーボエ奏者が立ち上がって,最初に木管,次に金管,次いでコントラバス,そして他の弦楽器の方に向かってAを吹いていた。バソンでなくファゴットを使用。コントラバスはフレンチボウとジャーマンボウが混在していた。

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Jul 02, 2014

新国立劇場 シーズン最後は『鹿鳴館』

 新国立劇場は,6月下旬の『鹿鳴館』で2013-14シーズンを終えた。シーズン後半は特に,先に書いたように『死の都』『Cav & Pag』『アラベッラ』と上質の上演が続いた。

 池辺晋一郎作曲の『鹿鳴館』は中劇場での上演で,初演から4年後の再演だった。私の見た日のヒロイン腰越満美は前回と同じで,歌声も,また着物姿もドレス姿も美しく,適役。昔の大河ドラマ『三姉妹』での岡田茉莉子のドレスへの変身を思い出した(→参照)。
 原作が戯曲なので,オペラ台本の作成(演出の鵜山仁による)にあたっては,原作のせりふを一部省略したが,生かした部分の改変はしていないという。これは『サロメ』(原作はオスカー・ワイルドの戯曲)の場合と同じ方法である。言葉が聞こえるようよく工夫された作曲だと思うが,典雅華麗な言葉がちりばめられているので聞いてすべてを理解するのは無理で,母語字幕がありがたかった。
 舞台の設定は明治19年の天長節(明治時代だから天長節は11月3日)の鹿鳴館の夜会である。これは,昔,国語の教科書に出ていた芥川の短篇「舞踏会」(およびその下敷きになったピエール・ロティの小品)に描かれているのと同じ日の夜会だという。

 終演後舞台には作曲者も登場,何かダジャレをいうかと思ったらそういうことはなく,作品中のキーワードのひとつの菊の花を,ポケットから取り出して指揮者にプレゼントした。

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