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November 2015

Nov 29, 2015

温度感覚の東西

 郷里・横須賀には米軍基地があったので,町中をアメリカ人が歩いているのは普通の風景だった。子供のころは,米国の景気が良く,ドルも高かったので,アメリカ人は金持ちという感じがしていたが,私の学生時代のころには日本が高度成長を遂げ,ずいぶん様子が変わってきて,もっぱら米兵相手だったドブ板通りも急速に「普通の街」になった。そして,ふと気がつくと,若い米兵はみな自分と同世代の若者なのだった。
 70年代ぐらいから,飲み物の自動販売機がしゃべるようになった。最初のうちは商品が出るときに「ありがとうございました」と言うという程度のものだったが,当時の米兵には非常におもしろいものだったらしく,仲間で飲み物を買うと,自販機の言葉に対して「アリガトゴザイマス」と言ってふざけて頭を下げたりしていた。

 当時気づいたことのひとつに,アメリカ人には寒いときでも半袖で歩く人がいるということがあった。冬はさすがに多数派ということはなかったが,真冬でもちらほら見かけることがあった。
 アメリカ人は寒くても半袖というのは,その後あちこちで見て,けっこう普通のことだとわかった。感覚が鈍いのかと思っていたのだが,もっと後で知ったところでは,そもそもアメリカ人(西洋人一般?)は平熱がかなり高く,寒さに強いらしい。血液の比重が日本人より大きくて,熱を多く蓄えているから,という説明があったと思う。
 これと逆のような感じもあるが,鹿島茂センセイが「西洋料理はぬるい。スープも熱々ということはまずない」という指摘をしていた。確かに,和食の店だと味噌汁だけは常に暖まっていて,冷めにくい木のお椀で出てくるのに対し,スープは表面積の大きい皿で出てきてどんどん冷める。
 究極の冷めない料理はなんといっても鍋。東京にも先週,ようやく鍋にふさわしい寒さが訪れた。

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Nov 24, 2015

『トスカ』主役が途中交代

 11月21日~23日は,ミュージカル,オペレッタ,オペラという3日連続の劇場通いの連休となった。
 22日は,東京二期会オペラ劇場の『ウィーン気質』(日生劇場)。ヨハン・シュトラウス2世「監修」の寄せ集めオペレッタ『ウィーン気質』を舞台で見るのは,1982年のウィーン・フォルクスオーパーの2回目の来日公演以来なんと33年ぶり。ワルツ「ウィーン気質」を9月に演奏したばかりということもあり,なじみのあるシュトラウス節満載だった。
 宝塚歌劇所属だった人の演出で,合唱も含めて歌手をけっこうよく動かす。歌手もこれに応えて動き,よく歌い,笑みを絶やさない。昔オペレッタでそれらしい演技ができるのは立川澄人だけ,というころに比べると隔世の感がある。

 翌23日は新国立劇場の『トスカ』。アントネッロ・マダウ=ディアツ演出による美しい舞台を見るのは4回目で,同じプロダクション見た回数はアウグスト・エファーディングの『サロメ』の5回に次ぐ。ところが,会場に着いてみると,顔写真つきの小さな掲示があり,そのマダウ=ディアツ氏が8月に死去したという。
 タイトル・ロールはウルグアイ出身のマリア・ホセ・シーリで,新国立劇場には初登場,期待通りの美声だった。第1幕の「テ・デウム」の場面は壮観,いつもわくわくする。
 波乱は,好調に第1幕が終わった後起きた。25分の休憩が終わって席に着いていたところ,劇場の制作部の人が緞帳前に現れ,シーリが体調不良で降板,2幕からカヴァーの横山恵子が歌うと告げた。第1幕ではまったく調子が悪そうには見えなかったのだが。衣装の調整等に時間がかかるので,第2幕は30分ほど遅れて始めるという。結局休憩は約1時間になり,終演は40分遅れとなった。得をしたのはホワイエの売店と駐車場か。
 代役の青山さんは,2年前に『ホフマン物語』のジュリエッタを歌った人で,『トスカ』は同じ舞台装置による高校生のための上演で歌ったこともあり,歌は立派で問題なし。スカルピアとのやりとりが,ぎこちないということは決してないが少し固いのはやむを得ないところか。ただし,穏やかな観音様という雰囲気で,悲劇のヒロインという感じはしなかった。終演後,報告文書が配られた(→参照と同内容)。
 40年以上オペラ通いをしていると,上演の直前(数日前から当日)に歌手が交代するというのは何度か経験した。たとえば,1984年ハンブルク歌劇場来日公演の『魔笛』では,夜の女王に予定されていた2人の歌手がいずれも不調で,釜洞祐子が急遽呼ばれて開演40分前に歌うことが決まり,完璧な代役をつとめた。しかし,上演途中での交代には初めて遭遇した。

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Nov 19, 2015

新聞・文庫本の文字,そして新聞紙

 新聞や文庫本の文字は,80年代以降,どんどん大きくなっていった。たまに古い新聞の切り抜きが出てくると,うわっ,昔はこんなに字が小さかったのかと思ってしまう。文庫本は,今は9ポイント(約3.2mm角)で38字詰めというのが普通で,中にはもっと大きい字のものもある(新潮文庫は9.25ポイントを標準にしているという)が,かつては8ポイント(約2.8mm角)43字詰めが相場だった。ハードカバーの本でも,長大なものは8ポイントの活字で詰め込むことがあった。
 金属活字の時代の新聞(80年代初めごろまで)は,15字詰×75行×15段が普通だったという。今は,朝日新聞の場合,12字詰め×72行×12段で,文字の幅は約3.9mm(約11ポイント相当,ただし天地は3.3mmで扁平)である。当然,ページあたりの収容可能文字数は大幅に減って,昔の約61%になっている。記事の実際の文字数の算出には,ページ数,見出しの大きさと量,広告の量などの要素が絡んでくるが,老眼鏡をかけて読めればよいと考えれば,もう少し字を小さくして内容を増やすという方向もありうると思う。
 新聞は,紙質も変化してきている。90年代ぐらいからだったか,カラー化に対応するためだと思うが,昔より平滑度が増し,色が白くなった。その代わりに,吸水性が落ちた。かつては新聞紙は水を吸うとたちまち柔らかくなったから,水洗になる前はトイレの紙としてさえ使われていた。家の中で水をこぼしたときなどもまずは新聞紙でふいた。
 今わが家では,フライパンの油を東京湾に流さないように新聞紙をちぎったものを常備して拭いているが,油を吸い取る能力が十分ではなく,最後はキッチンペーパーで仕上げをしている。

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Nov 08, 2015

くちゃくちゃ vs ほくほく

 食べ物はほぼなんでも食べられるが,あまり好まない食べ物もある。それはふかしたサツマイモ,煮たカボチャを代表とする甘くてくちゃくちゃしたもの(世間ではほくほくというようだが)である。サツマイモはどういう形でも食べる気にならないが,カボチャは,天ぷらなど比較的固いものは,盛り合わせに入っていたりしたときは食べることもある。栗はくちゃくちゃはしていないが,臼歯に詰まるような感じは同様で,できれば避けたい。
 里芋はかつては敬遠していたが,今は時には注文したりする。やはり固めの方がよい。ジャガイモはどういう料理でも好きだが,肉じゃがはあまり甘すぎなくて柔らかすぎないほうが好みである。
 あと,系列は違うが同じくくちゃくちゃのゆで卵(まるごと)もあまり食べない。煮卵はラーメンの全部入りなどに入っていれば食べるが,自分で注文することはない。
 今秋の『暮しの手帖』は,「いも・くり・かぼちゃ」という強烈な特集だった。

 居酒屋によくあるメニューで,私が注文する気がしないのは,しょっちゅう自分で朝食に作って(または切って)食べている目玉焼き,ハムエッグ,(単に焼いた)ソーセージ,そしてトマト。

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Nov 01, 2015

つい違う表記を思い浮かべてしまう言葉

虎馬
  恐ろしいのか,意外とおとなしいのか。
鼻水木
  美しい花なんですがね。
紙を噛んで
  ノーベル賞で話題に 「やぎさんゆうびん」を思い出します。
最高楽譜
  ピッコロの譜面か。
丸チーズ
  マルタ島ははるかかなた。

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 今年は土曜日だったせいもあるのか,30日はハロウィーンの仮装をした人を東京の街でずいぶん見た。大衆的な居酒屋にも仮装グループがやってきて,他の客が写真を撮ったりしていた。

 ハロウィーンといえばカボチャ。そこで,英語のジョーク集で見たなぞなぞ:
  カボチャの周りの長さと直径の比率は何という?
   (カタカナで考えてもわかりますね)

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 9月月9日・10日の豪雨による不通区間で最後まで残っていた小湊鉄道の月崎~上総中野間(9.3km)が,10月24日に運転を再開した。

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