« December 2016 | Main | February 2017 »

January 2017

Jan 31, 2017

ポケベルの第1期/直前の2場所に優勝していなくても横綱

 移動中に連絡がつく手段を,一般人が歴史上初めて手に入れたのは,ポケットベルによってだった。ネット上の資料によると,携帯電話の前身の自動車電話(→参照)が登場する10年前の1968年ことだというから,もう50年近く前のことである。
 最初は,後の自動車電話と同じく,ごく限られた人が利用するものだったが,やがて料金も下がってきて,勤務先の取引先の人たちがポケットベルを持つようになったのは1970年代の後半だったと思う。いつも出歩いている営業担当の人に電話をすると,それ前は「帰りましたらお電話させます」だったのが,「呼び出してすぐお電話させます」「はい,いまポケットします」という返事に変わった。
 同じころ,ある演奏会の会場で産科医院の開業医に会ったら,「いやあ,ありがたい時代になりました。ポケベルがあるとなにかあったら連絡が来るんで,臨月の人がいても安心して演奏会に出かけられます」と言っていた。
 ずっと後に大流行したポケベルは数字なども送れるものになったが,当時のポケットベルは単に合図のベルが鳴るというだけだったから,持っている人は,ベルが鳴ったら自分の「本拠地」(自社,自宅など)に電話して伝言を聞くというのが普通の使い方だった。そのころオフィスの電話は代表電話から内線に人間がつなぐのが一般的で,固定電話も1人1台はまだ先の話,ましてケータイなどはドラえもんの世界のものだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~
 大相撲初場所の結びで稀勢の里は白鵬に逆転勝ちし,新聞等の論調の後押しも得て,ともかく文句のない形で横綱に推挙された。正式に横綱に昇進したのは1月25日,たった1週間前のことである。その翌日には綱打ちが行われ,2日後には明治神宮で土俵入りが奉納された。昔からこんなに手際よく,というより慌ただしく,事が進んでいたのだろうか。
 前に蒙を啓いてくれた長山聡『大相撲 あなたの知らない土俵の奥』(実業之日本社)(→参照)によると,横綱昇進のための「連続優勝またはそれに準ずる成績」という内規ができた1958年以降の横綱27人中,「直前の2場所に優勝していないが横綱になった力士」が7人もいるという。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 22, 2017

立川談四楼『声に出して笑える日本語』

 2009年発売なのに去年秋まで知らなかったのが,立川談四楼『声に出して笑える日本語』とその続編『もっと声に出して笑える日本語』(ともに光文社知恵の森文庫)。続編は文庫オリジナルだが,正編は2002年に単行本で出たものなので,もう15年近く前の本だ。主にテレビでの言い間違いなどを集めたもので,糸井重里他による『金の言いまつがい』『銀の言いまつがい』と趣旨は似ているが,こちらは,落語界の楽屋話なども織り交ぜてなかなか読ませるエッセイになっている。ぬかりなく,冗語(→参照)も扱われている。
 こういう本は,内容を紹介するとネタバレになってしまうので,Amazonに書いてある例(帯に書かれているものと同じ)を書いておく。
  悲惨な事件を伝えた女性キャスターがまとめのコメント。
  「ご遺族は今、悲しみの<ズンドコ>に沈んでいます...」

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 もう10回以上準優勝していた大関・稀勢の里が,ようやく初優勝を決めた。去年は後輩大関の琴奨菊,豪栄道が優勝したのに,一人取り残されていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 17, 2017

いつまで運転できるか――山梨県立美術館へ

 昨年のニュースで身近なこととして聞いたのは,高齢者の運転による事故の頻発だった。集中力が長時間続かなくなっているのは事実だし,自分はあと何年運転できるだろうかと気にかかる。一方で,私の音楽上の師の一人で78歳まで運転していた人が,「免許の更新のときに認知症のテストを受けたけど,あんな易しいのに通らないようじゃ確かにダメですね」と言っていたのを思い出す。
 私は鉄道が好きだし,酒も好きなので,ふだん出かけるときに車でという発想はほとんどしない。したがって,日ごろたいした距離は走らない。ただし,必要があって,わずかな距離だが少なくとも週に3回は運転している。車の購入費と諸経費よりタクシーを使った方が安いと思うような乗り方だが,近いが故にタクシーもけっこう面倒で,安全に乗れる限りは乗りたい。

 昨年11月,たまには少し長い距離を運転しようと思い立って,一人で甲府の山梨県立美術館まで車で行った。往復250kmほどで,普通の人からするとたいした距離ではないが,私にとっては100km以上運転するのは久しぶりだった。
 ミレーの「落ち穂拾い」で有名な山梨県立美術館へは,開館後間もない1979年に一度行こうとしたことがあった。しかしそのときは,甲府駅からのバスで寝過ごしてしまい,気づいたら駅に戻ってきていて,時間がなくなって行かれなかった。今回は37年ぶりにそのとき以来の宿題を果たしたことになる。
 着いたら1時過ぎだったので,まずレストランへ。甲州みやげの定番・信玄餅の会社の経営だった。次いで,屋外に置かれた彫刻などを見てから,館内に向かう。ありがたいことに,65歳以上は県民以外でも無料だった。
 看板のミレーの作品は「ミレー館」で展示されていた。しかし見るべきはそれだけではなく,常設展で見ることができたのは収蔵品のごく一部だと思うが,国内外の名品が並び,密度の高い展示だった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 14, 2017

海辺の教会で

 成人の日が1月15日固定だったのは1999年までである。1995年は,1月15日が日曜だったので16日が振替休日となった。その連休が終わった17日火曜日の未明に,阪神淡路大震災が起こった。今年は,日付と曜日の関係がその1995年と同じである。
 成人の日が1月15日だと,正月休みの後,生活が通常のペースになるまでのひとつのステップという役割を果たしていたのだが,浮動祝日にってからは,成人の日はいちばん早いと8日で,1日か2日出勤するとまた休みとなり,正月休みのおまけという感じになった。勤め人ではなくなった今年も,頼まれ仕事を1日したら3連休になった。

 もともと世間の休日の方がいろいろ予定が多く,今回の連休も,当初は土曜・日曜に用事があったが,月曜は空いていた。しかし,私より一回り以上年上の従兄が亡くなったという連絡が金曜に入り,その月曜日が葬儀ということになった。
 小学生のころは夏休みには伯母の家に数日泊まりに行き,その従兄にはあちこち連れて行ってもらった。運動神経抜群で健康優良児の見本のような人だったが,ここ数年は入退院を繰り返していたという。
 葬儀は,海のすぐそばの小さな教会で行われた。故人の姪がオルガンを弾いた。司式はアジア系外国人司祭だった。外国人聖職者はかなり見慣れているのだが,アジア系の神父さんにはあまり出会ったことがなかった。
 出棺のときには,前の方の席に「男手」が少なかったので,私も棺をかついだ。この年になって棺をかつぐとは思わなかった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 03, 2017

頌春 2016-2017

  ~~~~ あけましておめでとうございます ~~~~

 今年3月で開設からまる13年を迎えるこのブログを,今年もよろしくお願い申しあげます。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 元日・2日は,雑煮となますを自作し,あとは既製のおせち料理で新年を祝った。雑煮は,袋入りのだしと昆布と干し椎茸を前夜から水につけてとっただし汁による醤油味,具は鶏肉,小松菜,紅白のかまぼこ(なるとを買い忘れたので)に三つ葉と柚子で香りづけ,餅は焼いた切り餅というまあ東京風ということになるだろう。袋入りのだしというのは,ふだん味噌汁に愛用し,雑煮には2年前から使っているもので(→参照),今年は干し椎茸を加えて,われながらうまくできた。
 なますは,紅白にするつもりだったが,大晦日には買っておいたはずのニンジンが見当たらず,やむを得ず白けなますになってしまった。元日の夜になって,いろいろ詰め込んで混乱している冷蔵庫の中をよく見たらニンジンを発見し,あらためて紅白なますを作った。
 年末は,30日から1日まで,わが家としては最大規模の超特大大掃除をした。掃除は1日夜に長男と長女のカップルを迎える直前まで続き,家の一定部分は画期的にきれいになったが,客に見えない部分はごみ袋の山になった。新年のごみ収集は4日からだが,引っ越しのごみのように大量なので,全部出すのは来週までかかるだろう。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« December 2016 | Main | February 2017 »